ちょうど客間に移動しているときに、ニナの家族が訪ねてきたと報告があった。
客間に入ると、鬼気迫る形相で四人がソファーに座っている。
そのソファを横切り、私が長椅子の真ん中に、隣にハリー、後ろにウィルがついてくれた。
メイドにより紅茶が運ばれてきて、それぞれの前においてくれる。
家長であるニナの父親が代表して話を進めるようだ。
コホンとひとつ、咳ばらいをし話始める。
予想通りの内容で、特に何とも思わず、ただ、ニナの家族の言い分を静かに聞く。
「召喚により、家族で参りました。息子たちのパルマとカルマです。
……アンナリーゼ様、今回のお話、大変恐縮ですが、お断りさせていただきます……」
「そう。断るのね。
聞いてもいいかしら?それは、私がニナを断罪したからかしら?」
沈黙の後、口を開いたのは憔悴しきったニナの母親だった。
「お嬢様は、まだ、お若いので、子供が親より先に死ぬことがどれほど親にとって辛いことなのか、
お知りにならないのです。手をかけたというその手で、我ら家族に手を差し伸べるとおっしゃるのは、
酷というものです……」
目には、涙も浮かんでいる。カルマが、母に寄り添い慰めていた。
それだけを見ても、仲の良い家族であることがわかる。
「そうね、私が親でもそうでしょうね。
子供への愛情は、山より高く、海より深く、空より広いですものね。
でも、ニナがどんな思いで私を最後にみとらせると決めたかわかっているのかしら?
私は、ニナの最後をみるようなことは、しなくてもいい立場なのよ?」
ニナの父親は、苦虫をつぶしたかのようだ。
ニナの母親は、カルマにもたれかかって泣いているのだろう。
パルマは、こちらをただ見ている。両の手をしっかり握って……
「確かにバクラー侯爵家に対して、多大な迷惑と損失をもたらしたことは、死罪に値するのよ。
罪人として死んだからといって、領主や領民の生活が元に戻るわけではないのだけど……
バクラーの領民は、苦しい生活をせざる得ない。その損失をあなたたちは、賄えるの?
領地丸々なくなっててもおかしくないのよ?領民が死んでしまっていたかもしれないのよ?
その重みを分かったうえでこちらの提案を蹴るというのね。
それなら、それでいいけど……損失補填は、この資料の通り。
バクラー侯爵は、まだ知りませんが、これを公にします」
ハリーがチラッと資料を見て、驚愕していた。
バクラー侯爵領の損失は、忘れられた地方貴族が賄える額であるはずもなく、親、子、孫の代でも返しきれず、下手をすれば、5代も10代も後まで追い続けて行かない程の損失額であった。
もちろん一緒に行っていたウィルは知っていたが、その数字を見るのは、何回見ても気持ちのいい数字ではないらしい。
「待ってください!!こんな額、うちではとても返せません!!」
双子の片割れが、私に意見する。
意見されても、これがバクラー侯爵領を立て直すために私が立て替えた金額だ。
「そのお金は、私個人のお金です。
ある程度、ワイズ伯爵からも取り立てましたが、いかんせん、ニナが出した損失が桁外れでした
ので……全てを取り戻すことができなかったのですよ?」
さすがに個人のお金でどうこうできる金額ではないのだが、私には、潤沢な資金があったためどうこうできるのでやってのけただけだ。
それを、今後、エレーナとなったニナにエルドア国の情報提供という形で返してもらう予定なのだが……この親子は、果たしてどうなのだろう……?
娘の死だけを嘆くのか、娘が残した道を進むのか……出す答えに興味はあった。
「僕は、アンナリーゼ様の話を受け入れたいと思います。
学園での教育も受けさせてもらえると聞いてます。
また、アンナリーゼ様のお兄様であるサシャ様に直接ご指導願えるのであれば、辛くとも……」
「パルマ!!」
ニナの母親は、双子の片割れであるパルマを叱る。
真っ当な考えができているのは、この中でパルマ一人なのだろう。
悲しみに暮れ、現実さえ見えていない家族に対し、パルマは一人でも立ち上がろうとしていた。
「母さん、もし、止めるのであれば、ここで決別だ。姉さんが犯したのは、歴史的犯罪なんだよ。
それでも、手を差し伸べてくれるのであれば、僕は、受け入れて、苦しんだバクラー領の方へ
償いたい……」
なかなかパルマは、優秀なようだ。
私は、パルマの答えに感心して聞き入っていた。
そこへ扉がコンコンとこぎみよくノックされる。
「エレーナです」
「入りなさい」
そこに入ってきたのは、エレーナと名を変えたニナだった。
「こちらに座りなさい」
「はい、アンナ。こちらの方たちは?」
エレーナは、エレーナとして、初めて会ったというふうに上手に立ち回ってくれている。
ニナであることを隠して……
「あなたがエルドア国へ行くときについて行ってもらおうとしている方たちですが、交渉決裂
しちゃいました。ごめんなさい……」
「いえ、大丈夫ですわ。あの、もし、アンナが許してくれるのであれば、私からお願いしても
いいでしょうか?」
「ええ、もちろんいいですよ」
私は、本物の娘に交渉の役を渡す。
もちろん、ニナの両親は、『エレーナ』と呼ばれるニナを見て、度肝を抜かれたようだ。
放心して、じっとエレーナを見ている。
「あの……そんなに私は、ニナという娘に似ているのでしょうか?」
両親に聞くと頷いている。母親は、すすり泣きだした。
「では、こうしませんか?私の従者を受けてください。もし、ついて行った先で、ダメだと思ったら、
辞めてもらって結構です」
話し方も考え方もニナとは全く別もの。侯爵家の娘として上級貴族の一員へと押し上げるために、母の厳しい淑女レッスンをニナも受けたのだ。
唯一残っているのは、顔だけ。
装いも格段に違う侯爵令嬢となったエレーナをニナだと悟れるのは、真実を知らない者の中では、両親だけだろう。
「わかりました……私どもは、あなた様とともにエルドアへ向かわせてください」
とうとう、父親が折れたのだ。
その様子にエレーナは、ありがとうと微笑む。
「私も隣国での生活は不慣れなのです。一緒に頑張りましょう!」
そう、両親に伝えると喜んでいた。
「アンナリーゼ様……たくさん失礼なことを申しました。重ねてお詫び申し上げます。
娘が生前、お世話になったとのこと、エレーナ様をご紹介していただき、従者にしていただいたこと、
感謝申し上げます。ありがとうございます……」
ニナの父は、目に涙をため、セバスの作った誓約書にサインをしてくれた。
「エレーナ、しばらくこの部屋は任せます。好きにしてかまわないわ!
ハリー、ウィル。お茶会会場に戻りますよ!!」
私は、誓約書を握りしめ、客間を後にした。
「なぁ、アンナ。あのエレーナは、もしかして、エリザベス嬢の侍女だったニナか?」
「他の人には、内緒だよ?」
「あぁ。それにしても、エレーナの登場は、はかったようなタイミングだったな……」
「もちろん、はかったタイミング。
最初から同席させるのではなく、途中から参加させることに意味があったのよ!」
「それにしても、姫さん。あの額は、本当に姫さんが出したの?」
「もちろんそうよ。これは、バクラー侯爵にもエリザベスにも内緒だからね!
くれぐれも口を割らないように!」
「「了解です」」
サロンに行こうか迷ったが、疲れたので、私は、自室に向かう。
ハリーとウィルには、みながいるサロンへ向かってもらった。
私は、自室でそのままコロンと転がると、夕方まで眠りについたのだった。
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