「そなたが、トワイス国のアンナリーゼなのか?」
後ろから急に声をかけられたので体ごと後ろを向くと、そこには、学園で今話題の中心にいる美少女ローズディア公国第二公女のシルキーと護衛たちがぞろぞろと立っていた。
一緒に歩いていた殿下もハリーも、さすがに廊下でよく知りもしない私へシルキー自身から声をかけてきたことに驚いただろう。
公族から直接声をかけられることなど、よっぽどの用事でない限り、ほとんどないのだから。
殿下と私は幼馴染なので特別である。
「はい、トワイス国フレイゼン侯爵の娘、アンナリーゼと申します。
お初にお目にかかります、シルキー公女」
私に名前を言われ驚いているシルキーとその従者たち。
「何故、わらわの名前を……?」
「あら、シルキー様は、今、学園で話題の人ですから、知っていて当然です!」
そうなのか?と従者に聞いている。
従者は、そんな私の答えに戸惑っているようだ。
うん、学園の噂や話題くらい集められないなんて、なかなか使えない従者のようだ。
「シルキー殿、トワイス国第一王子ジルベスターだ。
従者が戸惑っているようだが、アンナにかかれば、そなたの身元くらいすぐ調査されてしまいますよ。
それこそ、好きなお菓子も把握済みでしょう!」
シルキーに言いつつ、殿下は私をチラッと見た。
うぅ……もう、そんなこともバレているのかしら?反論できないじゃない!
図星を言われ反論できない私を他所に、向こうの従者は私への警戒を強める。
「殿下、それくらいにしてあげてください。アンナは別に個人情報を集める趣味はないのですから……
ただ、仲良くなりたい人へのリサーチをしているにすぎないのですよ?
貴族として、それは当然のことですし、上位者へ対しては当然の行いですからね!
殿下もアンナからもらうものは、殿下が嫌いなものや苦手なものをもらったことなんてないでしょ?」
貴族では、上位者の趣味趣向は把握しておく必要がある。
嫌いなものを贈って、上位者の気分を害するとか気を遣わせるとかはご法度だ。
できる貴族とは、ここの情報収集が違うのだ。
これも情報を武器として扱う応用編で、我が家の女王様直伝のうまく貴族の中で好かれるためのひとつの工夫でもある。
好きなものを贈られて悪い気はしないが、苦手なものを贈られたらその時点で相いれない関係になることだってあり得るのだ。
貴族社会とは、ちょっとしたことで何もかもがひっくり返ってしまうような世界である。
ハリーの言うとおり、私にそんな個人情報を暴く趣味はない。
ワイズ伯爵みたいな愚行を行うような輩がいれば、仄暗いところまで調べ白日の下に……
公女のあれこれを暴くつもりは、全くない。
そんなの調べたところで、なんの得にもならないし、殿下の未来の奥さんにケチをつける気なんてないのだ。
「悪かった、アンナ。そんなつもりじゃなかったんだ……」
「大丈夫ですよ!シルキー様の好きなお菓子は確かに調べていますので……
これも、貴族の嗜みです。
殿下は、常に贈られる側なのでわからないかもしれませんが、こういう下調べは大事なのですよ!」
私は、シルキーに向き直りニッコリ笑う。
すると、従者にさらに警戒されてしまうが気にしない。
「シルキー様、生クリームがお好きだと伺っています!」
そう言った私を殿下とハリーがゲッという顔で見てきたが、そのまま続ける。
「城下ではあるのですが、とっても美味しいケーキを出しているカフェがありますの!
それはそれは生クリームがたっぷり乗っていて、さらにお願いすると乗せてくれるのです!」
殿下もハリーも生クリームたっぷりケーキは、ウィルが成績を上げた私のご褒美にと連れて行ってくれたときのことを思い出しているのだろう。
二人とも今にも吐きそうで、片方の手で口を押さえ、もう片方の手で胃の辺りを押さえている。
顔色もかなり悪い。
その反面、生クリームという言葉にシルキーは目を輝かせていた。
「それは、まことか!?
生クリームたっぷりのケーキに、追い生クリームをしてくれるような店があるのか?」
「あります!!ぜひ今度、ご一緒にどうですか?」
シルキーにニッコリ笑うと、ニンマリという笑顔が返ってきた。
よほど好きなのだろう。
決まったなとほくそ笑む。
「行こうぞ!その店!!なっ!いいであろう?市政を知るのも、わらわには必要なことじゃ!!」
従者たちは、学園の外へ行きたいと言われ渋面であるため、シルキーはすごく機嫌が悪くなってきた。
「いいのじゃ!アンナリーゼに連れて行ってもらうゆえ。
トワイス国のジルベスター殿ももちろんいかれるのであろう?」
先にシルキーに言われれば、断ることのできない殿下は、顔色の悪く気分が悪すぎて返事ができないのかコクコクと頷くだけであった。
そして、チラッとハリーを見ているところ、道連れにされることが決定したらしい。
「殿下、楽しみですね!!」
私は、わざと殿下にニッコリ笑顔を向ける。
おっと、さらに顔色が……青く変わっていく。
「大丈夫ですか……?殿下もハリーも」
「だ……大丈夫だ……案ずるな……た…………楽しみだな!」
これっぽっちも楽しみそうでない殿下へそうですかと興味無く返事をして、シルキーの方へ向き直る。
「いつにしようぞ?」
「そうですね……せっかくお近づきになれたので、さっそく次の休日はいかがですか?」
もうワクワクが止まらないようで、シルキーは従者に予定を聞いている。
特に予定はないようなのですんなり決まった。
「では、ルールを決めましょう。
あまり多くで出歩くのも目立ちますので、護衛は一人だけでお願いします」
「なっ!何を申されるか!?公女様が市政を歩かれるのに護衛を一人しかつけないと……
そなた、気は確かなのか!!!!!」
何を考えているのか!とシルキーの従者は私に怒りをぶつけてくるが、いつも私たちは従者を付けない。
なぜなら……こっそり城下へ抜け出すからなのだが、従者をつけなくても大体何も起こらないし、私が街を歩いて襲ってこようなんて勇猛果敢な人間は、ここにはいない。
まぁ、王都以外から流れてきたらわからないが……それも珍しい。
「殿下は、市政に出るとき護衛ってつけますか?」
「いや、つけぬ。物々しいからな。それだけで、襲ってくださいと宣伝しているようなもんだ。
アンナがいれば、護衛の必要もないしな……護衛より強いから」
「しかし、公女様……」
「構わぬ。トワイス国の王子が護衛をつけぬというのに、こちらがぞろぞろつけるわけにも
いかぬだろ?」
シルキーの従者に厳しく言っている姿はさすがであるが、やはりまだ幼いと従者は聞いてくれないようだ。
なので、シルキーを敬いつつも私たちにも聞こえるような声で揉めている。
ケーキ1つ食べに行くくらいでこんなに揉めるのであれば、シルキーはさぞ窮屈な生活をしているのだろう。
殿下のほうが、まだ、のびのび生活しているのではないだろう?
このまま揉めるのも今後、ローズディアへ嫁ぐ身としては何か困ることがあっては困るので、ササっと解決できることを提案することにした。
単純に、私が今のシルキーたちのやり取りがめんどくさくなってきたのだ。
「そちらの従者で1番強い方はどなた?」
私の意図を読み取れないローズディアの従者たちは顔を見合わせていたが、その中で視線を集める男性がいた。
「あなたね。では、私と模擬戦をしましょう。私が勝てば、従者はあなただけ。
私が負ければ、邪魔だけど、ぞろぞろと連れて行っていいわ!」
その従者は困惑顔でこちらを見ていたが、シルキーから許可がでたので場所を移動することになった。
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