「ウィル!審判してくれる?」
二階の教室の窓から背中が見えていたので、私はウィルを呼ぶ。
「姫さん、何するんだ?審判って模擬戦?」
「そう。あなたの国の近衛の方と模擬戦をするの!セバス達もよかったら見に来て!
あと、その辺にお兄様もいたら呼んできてくれるかしら?」
令嬢らしからぬ私の行動を見て、驚くシルキー達一向。
審判を頼んだ級友以外にも他の友人たちにも見学に来てと呼んでいるのも驚いている要因だろう。
「あの、お嬢様は、本当に私と模擬戦をされるつもりですか?」
「えぇ、そのつもりで今から場所を変えるのだけど?」
「それでしたら……その……ドレスは着替えなくていいのでしょうか……?」
ドレスを着た私を見ながら勝負することになった護衛は、とにかく私のいろいろを気にしてくれている。
貴族令嬢である私に剣なんて振ってもいいものか、ドレスを汚してしまっても大丈夫なのか、ケガなんてさせてしまったら……と、本当にいろいろと考えてくれているようだ。
私としては、有難迷惑ではある。
「全く問題ないし、構わないわ。
いつも模擬戦ならドレスでしているし、少々御転婆が過ぎるからコテンパンにされたい気分なの!
できるものならね!」
はぁ……とため息交じりの諦めたようなどうしたらいいのかあべこべな顔を護衛はしている。
「気の毒だけど、アンナが一度言い出したら聞かないから、手合わせしてあげて。
それも手加減なしのあなたの全力で!じゃないと、アンナは満足しないから」
護衛はハリーに肩に手を置かれ、お気の毒にというような視線を向けられている。
それにしたって、ハリーの言い方が気に入らないわねと思い、睨んでおく。
この鬱憤は、護衛に受けてもらうことにした。
ウィルに声をかけたおかげか、ぞろぞろと野次馬までついてきた。
その数、小さな訓練場において、立見席まで出るくらいだ。
私とウィルと護衛が訓練場の真ん中に立つ。
それぞれにウィルが用意してくれた模擬剣を手渡され、模擬剣を確認しているところだ。
今日、渡されたものは、一般的によく使う両刃片手剣である。
私は馴染みの重さを軽く振って感触をつかむ。
「では、何を掛けているか知らないけど、模擬戦を始めまぁーす!
審判はローズディア公国サーラー子爵家のウィルが務めます」
模擬戦において、審判は大事である。
不正が行われた場合、審判が公平性を持たせるため、どの位の者でどの役職で誰が当たるのか、戦う本人たちより重要視される。
今回、ウィルを選んだのには理由があった。
まず、私の学友であるが、ローズディア公国の貴族の息子であることで、目の前の近衛が有利に見えることがひとつ。
次に、私の友人の中で、ウィル程模擬戦において、目がきくものが他にいないこと。
最後に、どうしても、ウィルを自分の未来に必要だから、目の前で近衛をブツのめして、やっぱり姫さんのところで働いてやってもいいぜ!的になるように持っていくこと。
いろいろと企むには、ウィルは適材であったわけである。
そして、この観客。
明らかに職業近衛である目の前の護衛が勝つことを前提に見に来ているだろう。
いくら、私が強かったとしても、そこまでではないと踏んでいるに違いない。
そういう人たちを裏切ることは、とてもとてもおもしろい!
見た感じ、シルキーの護衛の中では1番強いであろうが、ウィルにも劣るように私には見えていた。
ただ、やはり鍛えているので、体はウィルの比ではないので、舐めてかかれるほどではないこともわかっている。
「では、開始!!」
ウィルの号令により、始まった模擬戦。
静まり返った訓練場の真ん中で、私とシルキーの護衛は模擬剣を構えている。
二人とも距離をはかっているところだ。
うーん、やっぱり、近衛だけあってなかなか隙がないわ。
ウィルとは、また違う感じね……
じっと見つめて、とにかく観察する。
癖はないのかとか、どこか弱点はないのかとか。
初見でそれを見抜ける方が難しいのはわかっているが、距離があるのであれば観察することは大事だ。
小手調べってことで、視線で誘導……は、ダメね。
それに小手先で惑わされるような護衛なんて正直がっかりよね!
なら、一気にいきましょっ!
私は、一足飛びに護衛の前まで駆けていく。
遮蔽物のない上に、ドレスで目につきやすいため目で追うのは楽なものだろう。
「はっ!」
スカートだから、普通の近衛との訓練とは違い足元は見えないので、最後の一歩が気付けなかったようだ。
急激に目の前に現れたと錯覚したに違いない。
護衛は体の前に模擬剣を引き、私の一撃に備えた。
私は、自分のほうはスキだらけに右上段から左斜めに剣を振ったのだが、護衛の行動と相まって、ガンっと音がなり護衛の模擬剣と切り結んでいる。
切り込んだ勢いそのままに、模擬剣に体重をかけ、私は左足を軸に右足を顔面向かって思いっきり蹴飛ばしてやる。
まさか、スカート履いた令嬢が、顔面を蹴り飛ばしてくるなんて思ってもいなかったのだろう。
そういう固定概念を持って戦うのはいけないのだと常々ウィルには説いているのだが、そんなことを知らない護衛は、見事にはまってしまったようだ。
カン、カラン……と音がしたときには、模擬剣は護衛の手にはなく自身も座り込んでしまった。
頭がぐらんぐらんとしている最中なのか、若干目を回しているような感じであった。
そして、護衛の首元に、余裕をもって私の模擬剣が数ミリのところで止める。
「勝者!アンナリーゼ!」
ウィルによって勝者が呼ばれる。
静まり返る訓練場。
誰もが予想していなかった出来事に、言葉が出ないようである。
その様子からいち早く立ち直ったものがいた。
私が勝ったことに納得できなかったのか、シルキーの文官が正式な模擬戦へ水を差してくる。
他の護衛たちもなだれ込むように訓練場に入ってきた。
「なっ!」
審判を立てた正式な模擬戦だ。
殿下が止めようとした……時すでに遅し。
私とウィルは取り囲まれてしまったのである。
八人はいただろう護衛達は、この後、一瞬のうちに意識を刈り取られることになるのだが……
「姫さん、俺も暴れてもいい?」
「えぇ、いいわよ!」
対戦した護衛の模擬剣を拾ってウィルに投げる。
私とウィルの剣舞かのような剣技で、一人、また一人、沈められていく。
それを目の当たりにしたギャラリーは、絶句である。
ただの侯爵令嬢とただの子爵子息が、職業近衛の護衛を次から次へと倒していくのだから。
公族の護衛は、近衛の中でも選りすぐられた者達が揃っているはずなのにだ。
「ねぇ、ウィル? 本当にローズディアで近衛になるつもり?」
「そうっすよ? 姫さん?」
下を見ながら、私はもったいないと……呟いてしまった。
「でも、今、あなたがのしたの、憧れのローズディアの近衛よ?」
「えっ……それは、参ったね……推薦取り消されたりしないかな……」
「逆だと思うけど……寧ろ、こんなに強いあなたを取らないわけがないと思うわ!」
訓練場のど真ん中で、近衛をのして立っている二人はのんびり会話をしている。
「アンナリーゼ嬢はまこと強いのじゃ!!うちの近衛をのしてしもたぞ!!」
シルキーの驚きの声が響き、割れんばかりの歓声へと変わる。
「公女の護衛より強いって問題ありよね……」
「そぉーっすね……」
二人は、しまったなという顔になっているが、意外と簡単に倒れた護衛は、護衛としてかなり問題だろう。
でも、とりあえず、生クリームたっぷりのケーキは、シルキーと一緒に行けそうだ。
「そうだ、生クリームたっぷりのケーキ食べに行くけど、ウィル達も行く?」
「それを賭けてたんすか?ごちになります」
「えっ?私が奢るの?」
「当たり前!俺、巻き込まれたのね?わかってる?」
転がる護衛を見ながら、ウィルは嘆いている。
「まぁ……いっか。ちなみになんだけど、賭けていたのは護衛の数よ!」
「護衛なら、姫さんと俺で十分ってこったね!」
なるほどとウィルは納得してくれ、楽しみにしているとニコニコしていた。
◇◆◇◆◇
さて、この模擬戦の結果は瞬く間に、学園に噂として流れるようになる。
『アンナリーゼ学園最強説』
これまた呼び出しが増えて困る原因になった。今度は、校舎裏ではなく、訓練場にだが……
そのほとんどをウィルが代わりに受けてくれていた。
嬉々として模擬剣を持って訓練場に通っているそうで、ウィルも強くなって、私もめんどうごとから逃れられて一石二鳥である。
全くもって、ありがたい話だ。
今年も、平和な日常とは、程遠い1年間を送ることになりそうだと、私は一人ごちるのであった。
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