義父と領地へ出かけたりと慌ただしくしていたジョージアと久しぶりの楽しい夕食をともにし、席を立った瞬間、私の視界はぐにゃりと歪んだ。
そのまま私は、床に倒れ込みもがき始める。
あぁ、盛られたな……それにしても、今、なの?
思考の端の方で、思い至ったのは遅効性の毒だった。
油断してたわけではないが、こちらの国にきてから、今まで何もなかったのだ。
そろそろだろうかと準備は怠っていなかったが、さすがにこのタイミングかと思ってしまう。
一人で夕食を取るときは、全てデリアを介していたので、さすがに毒は盛れなかったようだ。
ジョージアの声がぼんやり聞こえる。
「アンナ!アンナリーゼ!!」
揺さぶらないでください……声にならない私の言葉では、ジョージアに伝わらない。
なので、ジョージアに揺さぶられると、毒が少しずつ体中に広がっていくようだった。
「若旦那さま、アンナリーゼ様を揺さぶらないでください!服毒によって倒れられたのに、余計に
広がってしまいます!!」
「なんだって!?」
デリアにジョージアは、叱られている。
あぁ、やっと揺さぶりが停まったと私は安堵した。
「しかし……」
「若旦那さまが騒いだところで、アンナリーゼ様は回復しません!少し静かにしていてください!
あと、皆さん、一歩も動かないように!」
その場をどんどん仕切っていくデリア。
かなり頼もしい……
ジョージアは、デリアに先ほどから叱られてばかりで、ちょっとかわいそうだけど……心配してくれるジョージアの気持ちが私は嬉しい。
現在進行形で、私自身は、苦しんでいるのだが……頭の方はスッキリ稼働しているようだ。
「アンナリーゼ様、飲めますか?」
痙攣をおこし、息もしにくくなってきた私は口をわずかに開くことしかできなかった。
「失礼します」
デリアは、試験管に入った解毒剤を口に含ませ、私に口移しをしてくれる。
コクンと解毒剤が喉に流れていくのがわかる。
ただ、結構な量の毒を盛られたようで、2本目も必要だと判断してくれたデリアが、もう一度口移ししてくた解毒剤を体に流すと、先ほどより断然楽になった。
普通は、すぐに効果があるわけではない。
これは、何年もかけて毒耐性をつけてきた私だからこそと、万能解毒剤のおかげだろう。
大抵の毒は、解毒できるように改良してあるのだ。
本人には言わないけど……ヨハン教授様々。
「……ん」
「気がつかれましたか……?よかった……」
涙を浮かべているデリアの涙を私が親指ではらうと、微笑んでくれた。
事前にデリアには、毒が盛られることがあると言ってあったが、さすがに突然だったため平常心を保ちつつも、解毒剤で回復しなかったらとやはり不安が大きかったようだ。
解毒剤は、いつも持っているようお願いしていたが、功を奏したようでなによりである。
「ごめんね。心配かけたわ。ジョージア様も……」
するとジョージアは、ぎゅっと抱きしめてくれる。
「怖かった……いなくなるんじゃないかって……」
「大丈夫です。これくらいの毒では死にません。それに、まだ、死ねませんから!
死ぬのは、今ではありませんよ!」
ジョージアの耳に聞こえるくらいの声で話す。
「それより、少し痛いので離してもらえませんか?」
もたれかかるようにジョージアが体の位置を変えてくれたおかげで周りがみやすかった。
「どうしますか?」
デリアが問うてくる。
今、犯人を捕まえるのは、次の犯行を考えると得策に思えない。
「今日のことは、ここだけの秘密にしましょう」
「何を言っている!公爵家の者に危害が……」
それ以上は言わせないと、ジョージアの口を手で押さえて黙らせる。
「今ではありません。しばらくは、犯人を泳がせます」
「かしこまりました」
デリアは、今後のことをいろいろと考えなければならないという顔をしている。
この屋敷には、デリアの味方も多いと聞いていた。
今回の毒も盛った者は、すでに検討はついているのだ。
それほど急いで犯人を突き詰めなくていいだろう。もし、今の犯人を捕まえてしまったら、新しい人が送られて来る。
誰が犯人かわからなくなるよりかは、誰が犯人なのか掴んでいる今の方がずっと楽に感じているので、放置することにした。
「あと、明日、ニコライに会いに行くから、用意しておいて!」
「ニコライ?」
ジョージアには、会わせたことがないのだった。
そのうち、屋敷に呼ぼうと思っていたのに、先にニコライのところへ行くはめになってしまったので、説明をすることにした。
「私のお友達です」
「それより!医者を!」
「大丈夫ですよ!大袈裟にしないでください」
「そういうわけにもいかないだろ?」
「いいえ、大丈夫です。今飲んだのも主治医の解毒剤ですから!」
ジョージアの申し出を断ると、とても心配してくれる。
それでも、ヨハンの解毒剤があれば、ケロッとしてしまう私なので問題はない。
「デリア、今日はもう下がります。一緒に来て頂戴」
よろよろとジョージアとデリアに肩を借りて立ち上がる。
まだ、体が重い気がするけど……こんなところで、負けていられない。
「では、俺もついて行こう」
二人に支えてもらい、私は、ゆっくりな足取りで自室へと戻った。
部屋についてからベッドに寝かされたが、ジョージアにしこたま叱られたのは言うまでもない。
一人で真っ暗闇の外をぼんやり眺める。
今日のこれは、まだ、始まりにすぎない。
どんどん、これからエスカレートしていくはずだ。
そっと窓の外を見ると明日には新月になるのだろうか、下弦の月がもう消えかけている。
ハリーにも叱られたな……学都で毒を煽ったときのことを思い出し苦笑いをする。
耐性をつけていた私だから今日のところは助かったが、普通なら死んでいたかもしれない。
なぜ、このタイミングで毒を盛られたのかは、疑問だけど……
「まだ、死ぬわけにはいかないから……」
呟くと耳元のルビーが、ガラス越しにチカッと光ったように見えた。
守ってくれたのね。ありがとう……ピアスを触るとその光は、消えていったのである。
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