卒業式が終わったので、現3年生は退寮となる。
それぞれ退寮の準備をしているので、私は邪魔はしないでおいた方がいいだろう。
部屋で大人しくしていると、扉がノックされる。
「どうぞ、開いてますよ」
「ふふ、不用心ね」
そう言って入ってくるのはエリザベスだった。
「もう片付いたから、今から退寮よ。アンナ、今までありがとう……
サシャとの仲をとりなしてくれて、本当に感謝しているわ!!」
エリザベスに手を握られ感謝される。
お兄様のためでもあったので、エリザベスに感謝されるとなんだかくすぐったい。
「こちらこそ、エリザベスとお友達になれてよかったわ。
そして、来月からは我が家にいるのだもの。早く本当のお義姉様になってくださいね。
うちの兄をどうぞよろしくお願いします!」
そう、エリザベスは兄の婚約者として、我が家で教育を受けることになっている。
家に帰れば、大好きなエリザベスがいるので毎週家に帰ろうかとも思っているくらいだ。
こちらでもいろいろしないといけないこともあるから、そういうわけにもいかないのがとても残念である。
「そうそう。アンナは、サシャの進路ってもう聞いているかしら?」
兄からは、国の中枢に入ったと聞いていた。
それ以上は、そのうちわかるともったいぶって話してくれなかったのだ。
「卒業後もサシャと一緒に学園で過ごせるなんて、アンナが羨ましいわ……」
エリザベス、今、何と?
卒業した兄とまだ一緒にこの学園にいないといけないと言った?
どういうことなの?
エリザベスが言ったことが、理解できなくてわからなかった。
てっきり、父と一緒のところに配属されているものだと思っていたから……違うのか。
私に黙っていないといけないということは、何かしら私にとって都合のいいことではないのだろう。
「エリザベス、今のどういうこと?詳しく教えてくれるかしら?」
その後、エリザベスは懇切丁寧に兄の就職先を教えてくれた。
一応、退寮になるので今日で部屋ははらうことになるが、兄は通いで毎日学園に来るらしい。
何故か……殿下のたっての願いで、殿下の秘書になったからだそうだ。
「ちょっと、席外しますね? 」
私は、エリザベスが止めるのも聞かずに部屋を出て、男子棟にある兄の部屋の扉を思わず、けり破ってしまった。
思わずだ。そこは、重要だ。
中では、片づけを手伝ってくれていたのであろう驚いて震えている侍女とそろそろ来る頃かなと思っていたよなんて呑気なことを言っている兄がいた。
「意外と、遅かったね?」
「どういうことですか?殿下の秘書?そして、この学園に残るのですか?」
私は、捲くし立てる。
「アンナは、僕に残られるとまずいことでもあるのかなぁ?」
兄の物言いにむっかぁ!としてきた。兄に遠慮することなど、私には何ひとつないのだ。
反撃に取り掛かる。それに兄が学園に残られてまずいことなんて特に私にはない。
寧ろ後片付けをしてくれる兄がいることで、好きなことを好きなだけ好きなときにできるというメリットが大きい。
ことによっては、母の逆鱗に触れることもあるが……すでに慣れっこなのと、それくらいでめげていたら、今後の未来なんてお先真っ暗のところに突っ込んでいくのだから大したことはない。
母の逆鱗も、一種の愛情だと思い受け取ることにしている。
「いいですよ、お兄様。学園に残ったこと後悔させてあげますし、必ず泣かせてあげますから、
覚悟なさい!!」
私は、壊した扉をそのままに踵を返して部屋を出ていく。
私の捨て台詞を聞き、兄は先ほどまであった余裕が一切なくなり、侍女と一緒に震えることになった。
兄こそ私に対してまずいことでもあるのだろうか……と思いたくなる。
その後、しっかり、兄が私が壊した寮の部屋の扉は弁償してくれたらしい。
男子寮から出ようとしたところで、ジョージアと会った。
私に挨拶をしようと出てきたところで、兄の部屋の扉が吹っ飛んだと聞き、寮の入り口で出待ちしてたそうだ。
「あれは、兄が悪いでいいのですよ。扉も自分で直すでしょ?」
ぷんすか怒っている私がおかしいのか、ジョージアは腹を抱えて笑い出す。
卒業式以来、さらに距離が近くなったのか、ジョージアは屈託なくよく笑うようになった。
「……くふ……普通、令嬢が男子寮の扉を蹴り飛ばすなんてまねしないよ……くふふ……」
「ジョージア様も笑いすぎです!」
「ご……ごめん……あまりにも……おかしく……て……それで、サシャは何をしたの?
あとで泣かすとまで言われて……」
そんな所まで聞こえていたのか……恥ずかしい。
ジョージアの方は、ちょっと落ち着いたのか会話ができるようになってきた。
「兄が就職先を私に黙っていたのです。もう一年学園に居座るようです」
「あぁ、お目付け役ができたから、怒っているのか」
「それはどういうことですか!?」
「そのまんまの意味だよ」
思い当たるところが多すぎて……反論に困る……
なので、曖昧に笑うだけで、何も答えずにいた。
「でも、君もサシャがいてくれた方がいいんじゃないか?あんなことしでかしたわけだし……」
あんなこととは、卒業式でのサプライズに祝賀会でキスのことをしたことをさしているのだろう。
「大丈夫ですよ」
「楽観的だな……」
「そうですかねぇ?でも、私ですから!」
ふふふと笑えば仕方ないという風にジョージアも苦笑いを返してくれる。
立話も何なのでと、最後にとジョージアのいつもの散歩コースの中庭を一緒に歩くことになった。
今は、ビオラやパンジーが咲いていて、とても綺麗だ。
二人して、ただ黙って歩調を合わせゆっくり時間をかけて歩く。
中庭を一周回ったのだろう。一際大きな花壇の前まで戻って来ていた。
「ジョージア様、どうかお元気で……」
急にしんみり言ったので、ジョージアももうすぐ別れのときがくることを感じ取っているようだ。
「あぁ、アンナも元気で……」
「はい、アンナはいつでも元気ですよ。あっ!あの懐中時計、よかったら使ってくださいね!」
そういうとジョージアのポケットから出てきた。
「もう使っているよ。これからも使うことにしたんだ。大事にする」
「ときどきも思い出さないでいいので、1年に1度くらいは思い出してください」
「あんまり欲張りじゃないんだな?毎日思い出してくれって普通なら言いそうだけど……」
「そんなに思い出されたら、ちょっと嫌です」
「そうか?減るものじゃないんだし……」
「減りますよ……想い出は減るんです。だから、普通は隣にいて毎日更新していくのだから。
でも、更新できないのであれば、そっとしまっておいてほしいのです。
再会した時に思い出してくれればいいですよ!」
本当にお別れのときがきた。
「じゃあ、いつかどこかで……」
去っていくジョージア。
別れがたいのか、一度戻ってきてギュっと抱きしめられた。
しばらくそうしていた。
長いような短いようそんな時間は、校舎から聞こえる鐘の音により、ジョージアの学生としての時間が終わりを告げる。
私は、1年後に思いを馳せる。
必ずあなたの隣にいられるよう努力しますから、それまでどうか無茶をしないでください。
「ジョージア様、お元気で……また、来年お会いしましょう……」
私は、呟く。
去っていくジョージアには聞こえない程、小さく。
その場佇み、ジョージアを見送ったのだった。
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