パッと組まれた腕を抜いて、反対側に座って二人の様子をじっくり見ていた私の隣にジョージアはそそくさときた。
「ジョージア様、臭いので離れてください!」
あの甘ったるい香水の匂いが、ジョージアの服へすでにしみついてしまい気持ち悪くてたまらない……
閉め切られた部屋の窓を開け放つようデリアに頼む。
新鮮な空気が肺を満たし、臭いの素だけとなったことに私は、少し安堵した。
私、ソフィアにめちゃくちゃ睨まれてますけど……それに、すでに毒まで煽らされてますし……
ジョージア様、自分の奥さん、なんとかしてくれないかしら……?
チラッと横を見るも、何か弱みでも掴まれているのだろうかと思える程、何も反応を示さないジョージアは、どう考えても動いてくれなさそうだ。
……無理そうね…………さて、どうしましょうか……?
ちなみに毒が混入したあの食事以降、基本的に、ジョージアが一口食べて毒見をしてからしか食べさせてもらえなくなった。
私のお肉……と、恨んだ日もあるくらいだ。
私はわざとらしく、ジョージアを流し目で見てから、ソフィアを見据える。
「あら、あなたが、ソフィアだったのね!ジョージア様ったら、庶民の小汚い古娘を囲ったものだと
ばかり……ごめんなさいね、ジョージア様。私ったら、勘違いしてましたわ!!」
おほほと笑えば、さすが好戦的で、ソフィアも黙ってはいなかった。
「あら、あなたが、泥棒猫?私のジョージアを横取りするなんて、どんな小娘かと思ってみたら……
ふふふ……貧相な体つきですこと。つるつるぺったんじゃない?そんなの、ジョージアには喜ばれ
ませんよ!」
ここで、下を見たら負けだ。ソフィアの言ったことを肯定してしまうことになる。
私、つるつるぺったんじゃないし!
コルセットにものいわせて、身体中からありとあらゆる肉を胸に寄せてきているソフィアとは違うから大丈夫!
私、違うもん!!
心中穏やかでは……ない。
そりゃ、デリアにもイリアにも負けてますけど……!ちょっと、気にしてたりするときもあったけど……!決して、つるつるぺったんじゃない!
別にコンプレックスでもなかったけど、嫌な相手に指摘されると腹がたつ。
「アンナさん?大丈夫だよ!ぺったんじゃないから!」
いや、今、1番、カチンときたよ?
キッとジョージアを睨む。
「……ジョージア様?女性の価値はそんなところで決まるのですか?なんて、低俗的な考えでしょうね?」
「あ……いや……そうじゃなくて……」
言い淀んでいるジョージアは、もう放置だ。フォローしたつもりが藪蛇だったことを今更わかったようである。
だいたい、ソフィアのぷにぷにが良ければ、そっちに行けばいいじゃない!
どうせ、あと1年もしたら、そっちに入り浸りっていうか、そっちにずっと住んでいるんだから!
あぁ、もう、全部が煩わしい!
「うーん。ジョージア様もソフィアも何か勘違いしているようだけど……ソフィアなんかより、私の
ほうが、ずっと爵位も上なのよ?私に対して、最低限の礼儀作法もできないなんて、隣国の男爵家
って、最低限の礼儀作法もできないなんて低俗でくだらない、無価値の人間しかいないのね。
トワイスから国を挙げて嫁ぐ身としては、とっても残念だわ!
そして、結婚しても私は公爵夫人、ソフィアはただの愛人。あなたは、ジョージア様と結婚したら
私に媚び諂うのよ?そこらへんわかっていらっしゃいます?
ジョージア様も。ソフィアとは婚約破棄も離婚もできるけど、私とはできないこともおわかりですか?」
ニッコリ笑うと、ジョージアは怖いものでも見たかのように引きつっている。
「そうね。今日は、珍獣にも会えてもう十分満足したわ!」
私は、より一層、ニコニコと笑顔を振りまく。
「でも、2度と公爵家本宅の敷居は、ソフィアにはまたがせない!ディル、そのように手配しなさい!
このものは、今後一切、立ち入りを禁止します。このものに準ずるものも含めです。
公爵様に次期当主の夫人として望まれたのは、私。ソフィア、あなたではないわ!」
そう、宣言する。
ディルは、ジョージアの命令ではなく、私の命令にかしこまりましたと恭しく言ってくれる。
筆頭執事は、伊達ではない。
しかも、まだ、ディルはお義父様の配下なのだ。
そのディルに命令できるのは、それだけの権限をジョージアの両親に私が『次期公爵夫人』として与えてもらっているからだ。
くちおちそうに唇を噛むソフィア。真っ赤なルージュが、さらに赤みを増す。
「そんなこと許される訳がないでしょ!?小娘が!!」
正体現れたり!まぁ、元からそんなに隠しているように思えなかったけど……
「その小娘に権限が与えられているのよ!何も知らないおばさんには、わからないわね!」
私は怒りを顔には出さない。声には出てるかもしれないけど……こういうときこそ、作り笑顔だけは、崩してはいけないのだ。
「じゃあ、もう、満足したから、行くわ。臭くてたまらない。その香水、合っていないわ。そんな使い方
されたら、香水がかわいそう……」
それだけ言い残して、私は部屋を出る。
そのまま、私についてこようとしたジョージアを、流し目一つで拒否する。ついてくるな!と。
伝わったみたいね!!
ジョージアは、浮かせた腰を元のソファに落とした。
◇◆◇◆◇
部屋を出てから、もう一度、ふぅっと大きく息を吐く。
すると、むかむかと気持ち悪かったのもが、一気に体の外に出て行ったようでなんだか軽い。
でも、短時間でもあの部屋にいたせいか、甘ったるい匂いが体のあちこちからしてくるのがとても不快であった。
「デリア、お風呂入りたい……デリアも入ったほうがいいよ……」
私と一緒に退出したデリアに言うと、デリアもお仕着せの臭いを嗅いでいる。
離れて佇んでいたデリアのお仕着せにも、既に臭いが移ったようで、私の言葉に頷いてくれた。
私とデリアは、部屋には寄らず、そのままお風呂に向かったのである。
◇◆◇◆◇
ディルが私の後を追いかけてきた。
「アンナリーゼ様!旦那様に、先ほどのお話をさせていただこうと思いますが、よろしいでしょうか?」
「えぇ、いいわ。お義父様もお義母様もジョージア様と私が結婚したら、もうこの屋敷には戻って
こないとおっしゃっていたから、私の命令で、ソフィアの居住については、別宅に部屋を用意したいと
お願いしてみてくれる?」
「えぇ、それは、構いません。あの……大丈夫でしたか?」
ディルにまで、心配されているようだ。
「ソフィアのこと?大丈夫ですよ!私、これでも、今までからも、いろいろな悪意にもさらされてきて
ますから、あれくらいなんともないです。それより、気にしてくれてありがとう。デリアも、心配を
してくれてありがとう!」
「「滅相もございません」」
「アンナリーゼ様にご不快な思いをさせてしまって……大変申し訳なく思います……」
「気にしないで頂戴。それより、ジョージア様のフォローもしてあげてね!ディル」
お任せくださいと礼をとって、元来た廊下を帰っていく。
その後ろ姿を見送って、今度こそは、本当にお風呂に入りたいところだ。
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