アンナの結婚までには、これからだとかなりの時間がある。
ただ、結婚までにアンバー公爵家に入って、公爵家についていろいろと勉強しないといけないため、アンナがトワイス国に居られる時間は、もうそれほど多くなかった。
俺は、王都を一人ぶらつく。
公爵の息子が、街中を女の子に贈るプレゼントを探すためだけに。
どうせなら、アンナが好きなものを贈りたい。
そして、それを見るたび俺を思い出してほしいという邪な気持ちも少しはある。
俺は、アンナを思い浮かべる。
幼なじみのアンナはとてもお転婆だった。
どこに行っても何をしてても街に出れば泥だけになって帰ってくる。
それでいて、人誑しで、どんな人でもスルッと内側入っていく。
子どもから大人まで、アンナを嫌いな人間はこの王都にはいないだろう。
アンナが歩けば、みなが笑い手を振るのだから……
容姿は、ストロベリーピンクのフワッとした髪をなびかせて、肌は色白で、アメジストのような瞳が印象的であった。
黙っていれば、とても可愛らしいお嬢様である。
そのギャップにおれはいつまでも驚かれていた。
そんなアンナにお祝いとして渡すもの。
ドレスは流行り廃りがあるし、今のアンナに合わせて贈れば、年を取れば着れないだろう。
ネックレスは目立つ。
ブレスレットかと思ったが、違う気がする。
いつもつけていられて、珍しいものと考えた。
アンナは、確かピアスホールが3つあったはずだ。
みっともないと周りに言われていたが、アンナは何食わぬ顔で3つ開けてしまったのだ。
実にアンナらしい。
結婚をこれからする人に宝飾品を渡すのはいかがなものかと考えたが、3つのピアスにすることにした。
アンナらしいと言えば、これしかないのでは?と思ったからだ。
「すみません、ピアスを見たいのですが……」
店に入って、店主と思しき人に声をかける。
どこかのお金持ちと見分けられたのか、商人がゴマをすって寄ってくるようだ。
「どのようなものがよろしいでしょうか?あなた様のものでしょうか、それとも贈り物で?」
普段、屋敷にくる御用達と違い街の商人は、苦手である。
アンナは、こういう店でも普通に買い物をしてしまうのだが……どうも好きになれない。
ただ、アンナは、下手したらこういう店でも値切ったりしていることもある。
どんな侯爵令嬢かと、いつも側にいてヒヤヒヤさせられていた。
「贈り物だ。そうだな。真っ赤な薔薇のモチーフにしたピアスはないか?3つ欲しいんだ」
「真っ赤な薔薇ですか……?」
店主はそう呟いて俺に席を勧め、少々お待ち下さいと店の裏へと行ってしまった。
ため息ひとつした後、勧められた席に座ろうとすると、店主が慌てて戻ってきた。
「お客様、申し訳ありません。こちらの応接室へご案内させていただきます」
座りかけていた手前、そう言われて渋々店主についていく。
応接室に入ると、机の上には、何セットかの薔薇のモチーフになったピアスが置かれていた。
1番最初に目がついたのは、真紅の薔薇をルビーで型取ってあるチェーンピアスであった。
同じ作りのもので1つだけのものも見当たった。
「こちらのルビーの薔薇がお気に召されましたか?
こちらは、この1つのピアスを含め、世界に3つしかございません。
今後、この薔薇と似通ったものが、他に出回ることはないでしょう」
寂しそうな店主の声が、目についたピアスの説明を伝えてくる。
「何故、世界に3つしかないのだ?おかしいだろ?」
当たり前のように俺は質問をした。
もし、本当に、この薔薇のピアスが他に作れないとしたなら……それは魅力的であった。
アンナには、特別なものを贈りたかったから。
「こちらは、私の妻が最後に作った作品となります。
彼女が、培った全ての技術で作ったもので、2度と作れないのです。
彼女は、これ以上素晴らしい作品ができないと、職人を辞めてしまったのです。
弟子ももちろんいませんでしたから、技術の伝授もされてませんので、他所にこの技術で作れる職人は
いません」
店主が愛おしそうにその真紅の薔薇を見つめている。
俺は、店主が言った言葉が本当なのだろうと、見つめる先を見る。
他のも目にしたが、これ以上ない意匠のルビーの薔薇は、ストロベリーピンクの髪にも負けないほどの光沢も気品も備えていた。
「これにしよう。プレゼント用に包んでもらえるか?」
かしこまりましたと、店主がチェーンピアスと一粒のピアスを持って応接室から出ていく。
今、包んでもらうよう頼んだピアスを思い出すと、口の端が上がっているのに気づいた。
誰もいない部屋だったが気恥ずかしさで、たじろいでしまう。
そこに、ノックがされ店主が入ってくる。
「お待たせいたしました。こちらになります」
薔薇のピアスはガラスの宝石箱に入れられ、綺麗に飾られている。
まるで、氷の中に閉じ込められた永遠の薔薇のようであった。
「ありがとう。代金はこれで」
お金を渡し確認する店主から、領収書を受け取った。
「お買い上げ、ありがとうございます。
このピアスが、素敵な方に渡ったことを本当に嬉しく思います。本当にありがとうございます」
店主は、目に涙を浮かべていた。
「こちらこそ、最高のプレゼントを買わせていただいた。ありがとう」
満足して、帰ろうとしたところ、店の奥からひょこっと顔を出した女の子がいた。
たしか、よくアンナと話をしていたティアだったと思い出す。
「ようこそ、いらっしゃいませ、ヘンリー様。アンナリーゼ様へのプレゼントですか?」
まさに図星を言われ、焦ってしまう。
「あ……あぁ、アンナへの結婚祝いだ」
「そうですか!そのピアス、アンナリーゼ様がとっても気に入っていたんです。
なので、ヘンリー様から、アンナリーゼ様に贈っていただくことが嬉しいです。
そのピアスは、やはり、アンナリーゼ様の元にいるべきものだったのですね!」
納得顔のティアは、いたく満足そうだ。
顔を紅潮させ喜ぶティアに、俺は訝しむ。
「それはどういうことだ?」
「宝石は、持ち主を選ぶのです。真紅のルビーは、ヘンリー様とアンナリーゼ様を選んだんですよ!!」
「選んだ……?」
「ルビーに呼ばれませんでしたか?」
「…………呼ばれるかはわからないが、なんとなくこれだとしっくりきた」
「それですよ!宝石が、お二人を呼んだんです。ルビーは、宝石の女王と呼ばれています。
勝利を呼ぶとかカリスマ性を高める宝石って言われているのです。
アンナリーゼ様にぴったりかな?って!
あと、健康と幸運を招き、邪を遠ざけるお守りという意味もあります。
遠くに行かれるアンナリーゼ様をヘンリー様が贈られるこのルビーが守ってくださると信じています」
「確かに……そうだな。アンナに似合いそうだな。お姫様から羽化をして女王か……
『僕のお姫様』は、いったいどこまで上っていくのか……」
包装された真紅のピアスを見て、アンナを想いため息をつくのだった。
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