部屋に残された二人は、そのまま手を握ったままただ座っていた。
この沈黙さえ、心地よい時間が流れていくようだ。
「アンナ、もう終わったか? 」
ひょこっとエリザベスと一緒に兄が自室へ戻ってきた。
そう、何を隠そう、ここは兄の部屋なのだ。
私たちを見たエリザベスは生暖かい視線をくれ、兄は少し剣のある視線を送ってくる。
「あらあら、アンナもジョージア様もお顔が真っ赤ですわよ!」
意地の悪い笑みを浮かべて、エリザベスは指摘してきたので、握っていた手をどちらからともいわず手放した。
名残惜しかったが、からかわれてしまっては、仕方がない。
「……お兄様、ドレスはもう決まったわ。
それに夏季休暇中に仮縫いと試着もすることになったの」
「そうか、では、こちらも合わせてそうしよう。
エリーはそれでもいいかい?」
ふふふと今度は、エリザベスが兄に向って優しく笑う。
兄は、いつも以上に言葉が少ないが、うまくいっているようだ。
「サシャは、ジョージア様にアンナが取られたみたいで寂しいのね?」
「エリー! そんなことは、ないぞ! アンナは……」
「アンナはなんですか? お兄様? 」
兄とエリザベスの話している様子を見ていると普段の私が戻ってきたようだ。
ニッコリ貼り付けたような笑顔を兄に向けるとあわあわし始めている。
「いや、あの、アンナは僕のかわいい妹だよ……うんうん」
「それは、どうもありがとう。
お兄様も私の自慢ですよ。
エリザベス、これからもお兄様のこと、よろしくお願いします」
「わかりました。その願い、しかと承りました」
そんな会話をジョージアは、微笑ましく聞いている。
自分はそこに入れない気がしているようで、少し寂しいようだ。
「ジョージアもうちのじゃじゃ馬をよろしく頼むよ……」
「なんですってぇ?」
「いや、あの……かわいい妹を頼むよ!!」
「あぁ、その願い、しかと承った」
兄の冗談半分のお願いに真剣に答えるジョージア。
「あ……いや、うん。よろしく頼むよ。アンナは、本当に大事な妹なんだ。
卒業式で、一番の華にしてやってくれ……ジョージアなら、難なくできるだろ?」
兄は、ジョージアに頭を下げていた。
その場にいた私もジョージアも驚く。
エリザベスだけが、兄の行動を暖かく見守っていた。
「サシャ、どうしたんだ? 言われなくても、アンナは一番の華になれるさ!」
「いや、なんていうか、うん。こんな感傷的じゃだめだな……」
「そうよ、私が一番の華になんてなったら、ダメでしょ。
だって、一番の華は、エリザベスだものね?」
「えっ? 私!? 私は、サシャの一番の華になれれば他の称号はいらな……」
私は、エリザベスにされたように生暖かい視線を返しておいた。
それが恥ずかしかったのかエリザベスの言葉は尻つぼみに切れていく。
ちょっと、混沌とした部屋の状況になってきた。
話題変えようとしたところで、空気の読まない馬鹿兄。
「じゃあ、僕は、卒業式でエリーを僕の生涯の華にするよ!」
兄はエリザベスの手を取り、私達のいる前で、恥ずかしげもなく言い放つ。
そう、プロポーズの言葉を。
意図を得たのか、エリザベスは涙を流していた。
こんな私たちがいる中で言われてもいいものだろうか……疑問は残る。
そして、兄の鈍さというか残念さをしみじみ思う。
私は、そっとエリザベスにハンカチを手渡した。
「そして、ジョージア。
君には、アンナを学園の薔薇にしてくれ! 赤薔薇の称号を取ってくれ!」
兄はジョージアに、卒業式での赤薔薇の称号を取れと言い放つ。
学園の卒業式では、カップルで参加すると薔薇の称号が与えられることがある。
それは、いわゆるベストカップルという称号なのだが、学園の歴史に刻まれるのだ。
図書館へ行けば、歴代の薔薇たちの名が閲覧できる。
「お兄様! そんなこというもん……」
「アンナ、サシャからの挑戦受けるよ!君に赤薔薇の称号を」
「ジョージア様まで!!」
先ほどまでとは違う意味で混沌としてきた。
「いいんだ。アンナには、それだけの価値があるんだ。狙わせてくれ」
真剣に言われれば、私は頷くしかない。
「薔薇の称号」とは、今では、卒業式でのベストカップルの称号という意味で使われているが、赤薔薇は特別なものだった。
将来の伴侶を意味しているのだ。
赤薔薇の称号を取ったもので、結婚していないカップルはいない。
そして、離婚した記録も残っていない。
本当の意味でのベストカップルなのだ。
ただ、立場上離婚できない人も多いようだが、そこは、今の際、横に置いておこう。
兄は、知っている。
来年の今頃、私は集団政略結婚によりジョージアと結婚することを。
でも、ジョージアは知らない。
卒業すれば、ソフィアと婚約者とするため奔走することが決まっているのだ。
「ジョージア様。赤薔薇の意味を知っているのですか?
卒業すれば、ソフィアさんとの婚約があるのですよ?」
一応、赤薔薇の称号について、意味を知っているのか尋ねるべきだと思い確認する。
ジョージアの返答は実にあっさりだ。
「あぁ、わかっているとも。
それでも、アンナと共にと望んでしまうんだ。
君を知れば知るほど、君の、アンナの隣にいたいと。
例え叶わないとしても、一時の夢だとしても永久に残る赤薔薇の称号をアンナに贈りたい!」
ジョージアの心の中を覗いた気がした。
私は、愛だ恋だとたくさんの人に言われてきたが、ジョージア以外に誰にもこんな風に真剣に言われたことがなかった。
「アンナ、今のはジョージアの本心だな。僕、感動しちゃったよ。
まぁ、アンナを生涯の伴侶として選ばないっていうのは、ホント兄としては腹立たしい限りだけどね。
でも、僕も望んでいる。
アンナに赤薔薇の称号を。
だから、二人で目指してくれ!」
兄が、再度頭を下げてくる。
そして、兄に倣ってエリザベスも一緒にだ。
ジョージアと私にだ。
…………
「わかりました。私、赤薔薇の称号が取れるように努力します。
ジョージア様との思い出のために。
称号があれば、ジョージア様は私のことを忘れないでしょ?」
ジョージアに向けてほほ笑む。
「あぁ、忘れない。アンナと過ごした日々は忘れないよ!」
本来なら、上級貴族であるジョージアの一言で下級貴族であるソフィアとの婚約はしなくてもいいのだ。
それは、誰も口にしない。
ジョージアには、ジョージアの事情があるのだから……
そこまでは、私も『予知夢』で確認できなかったので、何故婚約をするのかわからなかった。
何故、反対までされる人と婚約するために奔走しなくてはいけないのか……わからない。
でも、今は二人で卒業式で赤薔薇の称号を取るという目標ができた。
これは、『予知夢』に見ていない出来事なのだけど、すでに卒業式に一緒に出るために調整していることすら、『予知夢』に見ていないのだ。
何が起こってもおかしくない。
「どうすれば、なれるのかわからないけど、がんばろうね!」
ジョージアの腕にそっと触れて声をかけると、あぁと優しい返事をくれる。
兄もエリザベスも優しく私たちを見守ってくれている。
頑張ろう! 未来がより良いものになるように! !
その日は日が暮れるまで4人で、『赤薔薇の称号』について話あったのある。
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