雪の降った日以来、ハリーとは会っていなかった。
イリアとのお茶会で分かったのだが、卒業式は、イリアと行くことになったらしい。
それが、順当だと思うので、イリアにおめでとうと言ったら、頬を染めお礼を言われた。
「イリアは、本当にハリーが好きね?」
「当たり前ですわ!ヘンリー様が、アンナのことしか見ていなかったとしても、私は、ヘンリー様を
支えていきたいわ!」
イリアの堂々と宣言できることが、私には羨ましいし眩しい。
私もそんな選択をしてもよかったのだろうか……?ハリーの言葉が、心に棘のように刺さっている。
「頑張ってね!」
私の分も、ハリーを大事にしてほしいと思う。イリアになら、ハリーを任せられるだろう。
そんな会話を思い出しながら、私は、出かける準備をしていく。
今日は、私の卒業式だ。
兄が用意してくれた赤薔薇のドレスを私は纏った。
宝飾品は、すべて真珠で揃え、赤のドレスを強調させる。
ただし、下品に見えるのでは、せっかくのドレスももったいないので、艶っぽくなるよう少し大人びた雰囲気にしてもらい、大人になっていく私を見せられるよう侍女たちがまとめてくれた。
それこそ、一目見たら、傅きたくなるような気品をにおわせる完ぺきな淑女の仮面をかぶる。
「素敵な薔薇ね……去年とは真逆の色……」
「去年は、青薔薇だったな。あれは、よかった。僕から見ても素晴らしかったよ!」
「今年のドレスもアンナの髪色と相まってとっても美しいと思うよ?」
両親と兄がそれぞれ感想を言ってくれる。
今日のお供は、家族である両親と兄だけだ。
エリザベスは、理由あってのお留守番である。
私の卒業式は、一人で参加することを私は決めた。
すべての申し出を断ったのだ。
「しかし、ヘンリー様からも申し出があったんだろう?受けたらよかったのに……
イリア様と出席すると聞いているぞ?」
そう、私は、ハリーからの卒業式のパートナーの申し出も断った。
私が、アンバー家へ嫁ぐことを発表されるこの卒業式で、わざわざハリーが奇異の目で見られる必要はない。
それよりかは、ハリーを大事に思ってくれているイリアと一緒にいるべきだと私は考えたのだ。
大事だから一緒にいる選択ではなく、大事にしてくれる人と一緒にいてほしいと願ってのこと。
「アンナったら、すべての申し出を断っちゃうんだもん……私、びっくりしちゃったわ!
ジョージア様には、まだ、アンナが嫁ぐことは伝わっていないのでしょ?」
「えぇ、そうね。でも、今日は、誰より赤薔薇にふさわしい存在になるわ!
一人で『赤薔薇の称号』ってとれるのかしら?」
「さぁ?そんな豪胆なことを言うのは、アンナくらいだしな……」
兄は本気で考えてくれているらしい。
クスクス笑うと不思議そうにこちらを見てくる。
エリザベスには悪いけど、兄が一緒にいてくれることが私は嬉しい。
「では、行きましょうか?今年は、家族水入らずで馬車に乗れるわね。最後かしらね……」
母の一言で、家族で馬車に向かう。
見送りしてくれるエリザベスが私を呼び止めた。
「どうしたの?」
「これをアンナに。ひとつ、つけていないでしょ?」
そういって差し出してきたのは、去年ジョージアからもらった青薔薇のピアスであった。
「ありがとう。でも、今日は……」
「いいえ、つけていった方がいい。そんな気がするのよ!」
そういって、エリザベスは、私に青薔薇のピアスをつけてくれる。
「ジョージア様に嫁ぐのでしょ?
私は、何もしてあげられないけど、お義姉さまとしてアンナの幸せのために何かしてあげたい」
「ありがとう、エリザベス。行ってきます!中に入ってゆっくり休んで!!」
エリザベスを抱きしめお礼をいうと、家族の乗っている馬車へ向かう。
一気に気持ちが引き締まった。
「行きましょうか!」
最後に馬車に乗った私を、家族が温かく馬車に迎えてくれる。
両親と兄、この国で過ごせる時間は、後もう少し……
帰国することもあるが、家族水入らずでゆっくり過ごす時間は、私達には、もうほとんど残されていないのだ。
「アンナ……その、なんだ。これ、卒業式につけてくれ……」
兄は、私に大きなアメジストのネックレスをくれた。
「お兄様、ありがとう!つけてください!」
あぁ、と渡したネックレスをつけてくれる。
真珠のネックレスの下で、アメジストが揺れているのが、馬車の小窓に反射して見える。
「あら?素敵ね!」
「アンナは、何を着ても、何を身に着けても素晴らしく似合うんだ!!」
母が褒めれば、父はべた褒めだった。
「これは、お兄様が選んだの?」
「そうだよ。アンナに連れて行ってもらったお店でね、ティアに相談したんだ」
「ありがとう……大事にするね!」
ほっこりする馬車の中は、温かく、下りたくないと思ってしまう。
しかし、無情にも、学園の正面玄関についてしまったようだ。
私は、少し左の目じりに溜まる雫を人知れず拭うのであった。
まず、父が降り、母をエスコートする。
次に、兄が降り、私をエスコートしてくれる。
真っ赤なドレスは、太陽な光を浴びてとても輝いているように見える。
馬車から降りただけでも、注目の的だ。
ふぅ、気合入れて行かないと……一人で歩くには、気持ちが落ち着かないわね。
『いつも』なら……右隣をちらっと見る。
ううん、もう『いつも』はないのだ。
私は、頭を振って、ふぅっと息を吐く。
一人でも凛と立てるよう、兄のエスコートを断ると一歩一歩と控室へと自分の足だけで向かう。
これが当たり前の日々になるのだ。
慣れろ!アンナリーゼ。
私は、野に咲く1輪の赤い薔薇。
決して下は向かない。
辛かったら、笑え!
さぁ、行こう!卒業式という奇異の目で見られる戦場へ!!
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