研修期間にも関わらず、21時が定時レベルのブラックぶりの洗礼を浴びてしまったが、どうにかわたしは生き延びていた。
無理ゲーかと思われたプログラミングは会社内でメモしておき、自宅で調べた。
また、土日も勉強をした。
非効率だなと思ったが、下手な質問をすると大野に怒鳴られるため、わたしとしてはそのほうが苦痛だった。
おかげで入社初月からかなりの時間を拘束されていたが、研修期間は残業代が支給されなかった。
研修講師は大野以外は我関せずタイプで研修生に構うより自分の仕事を優先したいようだった。
また、講師陣の情報連携がうまくいっていないのか、ある講師に従った行動をすると別の講師に叱られることも多々あり、理不尽さを感じながらも「言い訳すら面倒だ……」と諦める他なかった。
確実に奴隷としてメンタルを叩き直されていた。
それはわたしだけではなく、残った同期も同様だった。
研修は約3ヶ月。定時は12時間。
それだけ長い間一緒にいればキャラもわかるし、絆も深まるし、奴隷根性も染みつく。
同期と酒を飲みながら「大野さんが怒るのは愛情深い証」という謎の捻じ曲げ理論で納得し合ったこともあった。
こうして研修期間を無事に終えられる直前のことだった。
「おい、お前ら。研修終わりに旅行するぞ。会社が金を出すからな」
大野が突然話し始めた。
わたしたちはどよめき始めたが、すぐに静かになった。
「忘れられない思い出にするからな」
ニヤリと笑った大野の顔が厭らしかった。
確かにこの旅行は新入社員には忘れられない思い出になるのだった。
(わぁ〜海だ〜)
バスで移動すること数時間。
新入社員27名あまりと研修講師5人は海辺のホテルについた。
正直、この時点で会社はめちゃくちゃ嫌いだったので旅行なんて行きたくなかったが、海にはテンションがあがった。
「まず全員各個人部屋があるから荷物を置いて、大広間に集合しろ」
大野が指示を出す。
旅行と言いつつ研修旅行なので少しは勉強する必要がある。
(さっさと終わらせて海見たいな)
わたしは呑気にそんなことを考えながら荷物を置き、大広間へ向かった。
そして大広間の扉を開けた瞬間、見たこともないハゲ頭のおじさんに怒鳴られる。
「おい!!入ったらまず挨拶だろうが!!」
「は、は、は、い!こんにちは!!」
四月一日の記憶が蘇る。
「ちいせえな!!もっと腹の底から出せ!!」
「こんにちは!!」
「もっと!!」
「こんにちは!!!」
「もっと出せぇ!!!」
「ごんにぢは!!!!!!!」
「おし、入っていいぞ」
挨拶一つで声を枯らしそうなレベルて要求される。
大広間へ入ると意気消沈した同期たちが数名座っていた。
(みんなやらされたんだ…!)
わたしが震えながら座っていると、後からやってきた同期たちの挨拶という名の大声が何度も飛んできた。
27人分のこんにちは!!が終わると、大野はじめ研修講師が前に立ち、説明し始めた。
「えー、この方は深田さん。外部研修講師です。これまで我々はあなたたちを厳しく教育してきましたが、一方で社内のよしみで甘やかしてもきました。これから2日間、深田さんにビシビシ鍛えてもらい、社会人としての精神を培った上で配属させます」
「深田です。地獄島という研修プログラムを専門でやってます。みなさんの本性を剥き出しにして、叩き直しますんで二日間どうぞよろしく」
わたしは心が沈んでいく想いに駆られた。
この人たちは何を言っているんだろう。
根性って何よ。そもそも甘やかすって何よ。
なぜこんな目に合わなきゃならないの。
これ犯罪じゃないの?
今ではこんな研修はなかなかないだろうが、当時はそこそこの大企業でも根性叩き直す研修なるものが行われている場合もあり、まとめニュースで話題になっていた。
読む分には面白くても、我が身に降りかかると恐ろしかった。
2日間、逃げ場のないホテルに押し込められ、地獄島の研修が始まった。
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