わたしという人物は"透明人間"だった。
クラスでも目立たない、どちらかというと所謂陰キャで、友達もクラスが変われば交流がなくなるような薄い関係が多かった。
目立たないというより目立ちたくなかったのだ。
わたしはあがり症で人前に立つと一言も話せなくなる子どもだった。
出席確認に名前を呼ばれ、「はい」と答えられるまで小学4年生までかかった。
算数の答えがわかっていても手を挙げない、さされても言葉を発せない。
だが、家族の前では饒舌に喋ることができた。
そして、呼吸器系の病気により小学校高学年からは保健室登校をしていたことも拍車にかかり、人と話すことがかなり苦手になっていた。
ベッドの上で授業が終わるまで寝て帰る生活が染み付いていた。
ケータイ電話も持込不可だったので、一人で妄想にふけることも多く、この頃から将来の夢について考え始めた。
「このまま不健康で人と話すことも苦手、勉強もできないって将来何者になれるのかなぁ」
わたしには将来の夢がなかった。
ケーキ屋さん、パン屋さんなどのお店屋さんは人前に立ちたくないし、学校や習い事の先生も人前に立ちたくないし、とにかく人前に立つと頭が真っ白になるから駄目だ。
職人や研究者はマシだけど、頭が悪い……。
「なりたくないものはたくさんあるのに……」
どれになりたいわけではないが、消去法でいくと黙々と何かを探求するほうが合ってはいる。
そうするとサボっていた勉強をする必要がある。
「よし、将来良い大学に入って良い企業で内勤だ!」
何とも夢のない子どもである。
こうして、わたしは中学から高校の6年間、がむしゃらに勉強をして偏差値を71まであげ、それなりの大学へ進学することができた。
大学は高校と違い、興味のある授業を選択し、見聞を広められとても楽しい学生生活となった。
相変わらず透明人間として人間関係は希薄だったが、そういうものとして割り切っていた。
そして大学3年となり、就職活動の時期が近づいてくる。
この頃のわたしは高校進学、大学進学とペーパーテストは余裕綽々だったこともあり、就職活動も完全に舐めていた。
これが苦しいものとは知らずにーー。
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