理想と現実
コンビニの弁当コーナーで人生の分岐点を迎えている。
少し大げさな書き方になってしまった。訂正。私は今、コンビニの弁当コーナーの前でお金と私のどちらを犠牲にするかの決断を迫られている。
今、私の手には少し贅沢をして手に取った百円よりもちょっと高い鮭おにぎりと、色鮮やかで瑞々しい光沢をその身に湛えたカットフルーツが乗っている。
私も社内できゃぴきゃぴしている女子たちの小さい口に日々運ばれているような可愛らしいお昼ごはん、いや、ランチって言ったほうがいい。ともかく、可愛らしいランチをしたいという欲求が急に湧いてきて、月に一度食べるか食べないかというレベルの小さくて高いカットフルーツを手に取ったまではいい。そこまでは欲求に忠実な私でいることができた。
しかし、いざ会計の列に並ぼうとしたとき、私は自分が手に持っているもののあまりの軽さに正気を取り戻してしまった。
いやこれ絶対足りないな?
そう思ってしまったが最後、私の中に新たな欲求が生まれてしまった。
ミートドリア、食べてえ。
私が本当に食べたいのはビタミンと水分とお肌によさそうな何らかの栄養素ではなく、肉と米とチーズだ。あっさりさっぱりして食べやすいものではなく、ごってりがっつり満腹感のあるがつんとした食料だ。
だが、食べたいという欲求と同じぐらい、一日だけ可愛らしい私になりたいというお姫様願望みたいな欲求も強い。一日だけでいい。今日という一日を逃せば、私は一生お姫様になれないかもしれないのだ。いや、なろうと思えばなれるが、今この一瞬のこの若さの私がお姫様になれるのは今しかないのだ。
私小食なんですーとか言っても可愛いと微笑まれるうちに小食な私になれ、私。大丈夫、一日だけでいい。退社さえしてしまえば格安イタリアンのドリア食べ比べとかしてもいいし、ミートドリアだけを卓上に並べてもいい。なんなら肉と米とチーズを別々に頼んで食べてもいい。そう、退社までの時間さえ乗り切れば、私は誰も部屋に入らないよう言いつけて靴もドレスも脱ぎ去ってふかふかのベッドでトランポリンをするようなお転婆お姫様でいいのだ。
強靭な意志と思考の渦で新たな欲求を押さえつけた私は、会計の順番を待つ無限にも等しい時間を乗り越え、レジへとたどり着くことができた。
私の手に余計なものはない。私がなりたい私になるために必要な最低限のものだけが握られている。
ああ、なんて軽いのだろう。私の体重みたい。
付け加えた一言に一人でにたりと口を緩ませ、店員さんの前に笑顔で商品を置く。
「あっ、ジャンボフランクとハッシュドポテトもお願いします」
謎の怪電波により私の口から発せられた言葉に、私の心はオーブンから出したばかりの耐熱皿で火傷したみたいな痛みと共に深く傷つけられた。
はあ、でもまあ、おいしいからいいか。
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