拝啓ウルフ様、いかがお過ごしでしょうか。
この手紙を書いている街は山の中にあるため非常に冷え込みます。
エスカルゴン様も身が引き締まるようだと言っているので、今その身を食べたらさぞかし歯ごたえがいい事でしょう。
食べませんけどね。
さて、この手紙をあなたが読んでいる頃は。
「あなたの目の前にいるでしょう……ってなんだこりゃ、姉御」
「なんだって、そのまんまだけど? 」
「いや、あんた旅に出ただろ。行商人として」
「まね、でもこの街に倉庫を持って拠点とするってのは案外悪くない話だからこっちに不利にならずむやみやたらと王族がらみの仕事を回さないという条件でこの街に立ち寄る回数を増やす事にしたの。だから旅先から手紙とか出せなくてごめんねー」
手紙の配送もタダじゃないんだ。
いちいちそんな無駄な出費を抱えてられるか、という事で一度は行商の旅に出た私だけど長ければ数か月、短ければひと月ほどで街に立ち寄るようになっていた。
エスカルゴン様が探しているドリアさんの捜索もかねての旅だけど、今のところ目撃情報はほとんどなかったりする。
ぶっちゃけ、非常に難航している。
まぁ……故郷にでも帰ったのかな。
この人外魔境と呼んで差し支えない街の中でも、この程度はまだ普通と言い切るドリアさんの故郷。
絶対伝説とかおとぎ話とかの類だと思うようなところだね。
そしてそんなところに行けばエスカルゴン様は跡形もなく食べつくされて、例の内紛で魔剣やら死体やらを食べて多少は取り戻せた力も無意味に終わることだろう。
私自身、胃に穴が開くんじゃないかな……。
人外魔境すら超えた名状しがたい都市とかだったら本格的に胃痛で死ぬと思うよ。
と、いうわけで私は今ものんびりとこの街に立ち寄ってはウルフ君に癒されているのだった。
まぁ彼も大概人間辞めてる部類に入るんだけど、もっと常識的なタカヒサさんはおいそれと会う事の出来ない人だしね……。
ヨートフさんとかイオリさんは論外。
「しっかし……姉御も面倒な仕事を残してくれやがったな畜生……」
「でも必要な事だよ、この先死ぬまで冒険者でいられるわけじゃないし。それにタカヒサさんは組織にウルフ君を迎え入れたとはいえ仕事は教えてもらってないんでしょ」
「……まぁな、おやっさんはなんか思う所があるらしく訓練以外では俺に何も教えてくれねえんだよ」
「そんなほぼフリーの、言い換えるなら冒険者としても仕事を十全にこなせていないウルフ君が組織に貢献できることと言えばなんでしょう」
「はいはい、俺の負けだ。姉御の残していった仕事を片付ける事だろ」
「正解、というわけで頑張ってね」
そう、私はウルフ君に仕事を残していった。
この街にある、私の倉庫の管理。
信用のおける、ウルフ君の昔からの部下たちを纏め上げて倉庫の防犯をお願いして、ついでにそこに収められた品々の管理をすべて一任している。
つまり書類仕事とかがのしかかってくるわけだ。
もともと、屋号は有れど蔵無しで行商をしていた私は馬車に詰め込んだ荷物だけを管理していればよかった。
けど馬車からエスカルゴン様の背中に乗せた小さな小屋での旅になったことで今までと比べものにならない量の物資の運搬が可能になった。
馬では到底進めないような道のりもエスカルゴン様ならひょいひょいぬめぬめと進んでいくので揺れも少なく非常に楽な旅をさせてもらっている。
だって護衛とか野営とか一切必要ないからね。
魔王に手出ししようとするモンスターはいないし、エスカルゴン様は以前の内紛以来敵対している魔王ではないと世間に公表されたことで手出し厳禁と冒険者や兵士たちには伝えられているから。
盗賊なんか絶対に近寄らない。
ただでさえ強い魔王に、王家の後ろ盾までついているともなればそりゃあね。
採算に合わない事になるから。
人を集めるのも養うのも育てるのもお金が必要だからこそ、彼らは商人並みに目ざといところがある。
だからこそ私は護衛の冒険者を雇うことなく気楽な旅を満喫できている。
たまにその旅にカリンさんがついてくることもある。
珍しい魔法触媒の生産地を通る際には是非とも同行をと頼まれて、お金まで払うと言われてはね……いくつかの品にエンチャント施してもらう事で同行許可しているけど、いやぁガッポガッポだね。
強すぎて世間に流せないシリーズ物の魔剣とか、ヤバすぎる試作品とかはエスカルゴン様の力を取り戻すための糧にしているから無駄も無い。
うん、カリンさんもいくつか持て余すような物品を持っていたらしいから格安で譲ってもらってエスカルゴン様にあげた。
曰く、既に失った力は取り戻しているとのことでむしろ以前よりパワーアップしているとかなんとか。
それでもドリアさんを探す理由は力試しがしてみたいだそうで……。
ウルフ君といいエスカルゴン様と言いバトルジャンキー多すぎないかな?
それからヨートフさんは新月派を公にした。
今じゃ三大宗派に引けを取らない勢いだそうだ。
少数精鋭、といえば多少はマシな聞こえ方をするかもしれない。
実際は新月派に属する条件が過去異端審問官をしており神は裁きを下さないという結論に至った者だけが成れるという、宗教家にしては異端を裁く身でありながら異端に落ちるという果てしない道の先にある派閥だからみんなすぐに消えると思っていたんだけど……恐ろしい事に内部事情や上層部の腐敗を暴露してイーリス教を半ば乗っ取ってしまったという……。
敵に回さなくて本当によかったなぁ。
さて、そんなヨートフさんにはこの度めでたく奥さんができた。
いつ殺されるかもわからない新月派なんて派閥に入りたがる聖職者が多い理由の一つに神父の婚姻を認めるという物がある。
別に他の派閥でも禁止ではないんだけど、公な式を挙げる事ができないから女性に結婚式をと求められて新月派に一時的にでも鞍替えしたい人は割と多いらしい。
そしてその相手はなんと15人殺しの娼婦、イオリさん。
ちなみに魔は36人殺しになっているらしい。
周囲の反対も本人の反対も押し切ったイオリさんの一人勝ちだそうです。
ヨートフさん? 精力剤の追加発注が私のところに届いたからサディさん紹介しといた。
そんなサディさんは相変わらず浮浪者寸前の人間を捕まえては大金をちらつかせて人体実験をしているらしい。
なんで捕まらないんだろうな、あの人。
まぁそれはどうでもいいけど、作る薬のバリエーションでいえば他の街、ほかの国の薬師なんか木端な物。
失敗作と言っていた回復の際に激痛の走るマジックポーションだって一部界隈では目が飛び出すような値段で売れたりしている。
うん、拷問用としてどこぞの王様に。
他にも簡易的な毒とかも幅広く作れるし、最近は爆弾の製造にも携わっているとかなんとか。
硝石に木炭に硫黄、まだまだ医学が発展していなかった大昔には薬の材料と信じられていたそれらを混ぜ合わせて作る黒い火薬は鉱山の発破に役立つという事で重宝されているけど、薬師の本分から外れると本人は乗り気ではない。
商人としては惜しいなぁと思うけど、本分から外れた事はやりたくないというのは激しく同意する。
だからこそ私も王命を蹴ってまで行商人を続けているわけだし。
さて行商人と言えば、ギルド職員のリーエルさん。
あの人は今でも相変わらず、そう。
相変わらずの敏腕だそうだ。
時折現れるチンピラまがいの商人の護衛やら、無茶な注文をする貴族の手先やらをあの分厚い本、もとい鈍器でポカリと……。
そんな事をしておきながら普段の仕事もそつなくこなすとか完璧超人過ぎませんかねぇ……。
タカヒサさんは相変わらずぬいぐるみ集めと慈善事業に携わっているけど、以前と違ってマフィアではなくなった。
救国の罪人なんて通り名をつけられたタカヒサさんだけど、国王陛下が直々に感謝状を手渡し今後は自由に孤児院の開設やらなんやらをやって構わないと言われた事で開き直って今では『カンパニー』と名乗っている。
それでも危険の多い仕事だから結婚はする気が無いらしい。
残念だったな姉御、なんてしたり顔で言ってきたウルフ君の誤解はいまだ解けず……。
ウルフ君は本当に変わりない。
金階級の冒険者としてたまに街の外でモンスターを間引いて、空いた時間に私の倉庫を管理してくれる。
何度かならず者とか手癖の悪い部下がおいたをしたみたいだけど、それ以上の激痛をもってチャラにしたと言っていた。
うん、文字通りの意味なんだろうね……見せしめとか言ってたし。
あぁ、でも変わった点は一つある。
酒に強くなったんだぜと朗らかな笑みで私を飲みに誘ってきたこと。
エール一杯でぶっ倒れていたウルフ君が、と思ったけどカリンさんの解毒作用を持たせたエンチャントのおかげだった。
解毒の方向性を変えてアルコールの分解を早めるとかなんとか……。
インチキもいいところだし、カリンさんもいい加減常識を覚えろよと言いたいところだけど……酒を飲みなれている商人の肝臓を甘く見たのがウルフ君の敗因。
あくまでも解毒のエンチャントはアルコールの分解を早めるだけで、ウルフ君の許容量は変わっていないのだから量を飲めばつぶれる。
そんな事にも気付かなかったウルフ君は「飲みで勝負して負けた方の驕りだ」とかなんとか調子に乗っていたのでがっつり負けさせてあげた。
10年早いわ。
そして最後に、いつまでも変わらないなぁといわれる人物を一人。
会う人全員が口を揃えて、こういうのだ。
「エルマさんは、いつ会っても変わらないな」
と。
ふふ、そうね。
この街に来た時は散々びっくり人間見てきて胃が大変な事になっていたけど、それは間違いだと最近気づいたから。
この街というか、この国全体的に水準おかしかったと気付いた。
世の中とんでも人間が多すぎるよ。
おかげで私の胃痛はとどまることを知らず、しかし方向性こそ違うが美人は三日で飽きるが不細工は三日で慣れるという通り、人は慣れる生き物。
うん、慣れた。
たぶん私はこれからもとんでもない人間たちに出会うのだろうけれど、もうそう簡単に私の胃を痛められると思うなよ。
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