商人の胃痛~世の中とんでも人間が多すぎる~

蒼井茜
蒼井茜

開戦 後日談

公開日時: 2020年9月1日(火) 10:20
文字数:1,907

そうしてきっかり一時間後の事。

なんちゃら公爵の一団は八割が死亡、二割が捕縛という結果に落ち着いた。

4000人死んで1000人捕虜ね。

そのうち何人かはすでにイオリさんの毒牙にかかって命を落としたし、ヨートフさんがどさくさで見せしめに殺したイーリス教の人間とか、捕まえたはいいけど重症すぎて助からなかった人もいるから実質500人くらいまで減った。

この街怖いなぁ。


「姉御、次はどうする? 」


「次って、なんのこと? 」


「いや、ここまで一方的にやったんだからよう。当然何か面倒な手続きあるだろ」


「あぁ……その辺は領主様任せ。事の顛末は全部書面に記しているし、神の名に誓った誓約書付きのギルド職員の証言とかそういった諸々もあるから」


「つまり、なんだ? 」


「公爵家が不当にこの街に押し掛けたってことを国王陛下の前で領主様が宣言して、賠償金貰って終わり」


「カタツムリの兄さんの件は? 」


「そっちもつつがなく。ドリアという料理人に力を奪われたのでその情報集めに人間を頼った結果紛争に巻き込まれたって事になってる。正しくは紛争の引き金だけど、その辺りは上手く誤魔化した言い回しをしてもらうから大丈夫。あとは死体の処理に関してだけど、その点については病気蔓延防止のために已む無く処理したため死体を返すことはできなくなりましたと遺族に手紙を書くだけだけど、これは領主様が公爵家に一通、公爵家から各被害者の遺族に何通も送り付けてという大仕事が残っているだけ」


「うへぇ……それどのくらい書くんだ? 」


「捕虜の分も入れて今回派兵された5000人全員分、それに合わせて宗教関連で参戦していた人たちには上層部も含めてさらに数百、冒険者に至ってはもっとややこしい手続きもあるかなぁ……」


「はー、なんにせよ同情するな」


「だよね、ちなみにこっちの被害は? 」


「出ると思うか? 」


「出ないよねー」


そりゃ出ないよ。

だってカリンさんの悪ふざけ全開のエンチャント武器防具一式に、サディさん特性のマジックポーション、娼館のママさん主体で打ち上げ騒ぎと士気は常に高く維持されて、装備は相手より数世代先の物で、どんな怪我でも即座に直るわけだからね。

これで死んでたら恥か、あるいは相手の功績だよ。

どちらも末代まで続くほどの。


「で、姉御はどれだけ儲けた? 」


「いうほど儲けてないよ。私よりもギルド通して出した依頼を受けた商人たちの方がよっぽどお金儲けできたし、冒険者なんかはがっぽり、一番お金を得たのは薬師のサディさんかな」


「へぇ、採算度外視ってか? 」


「儲けは出しているけど、私よりも儲けた人の方が多いってだけだよ」


「なぜだ」


「それが私のやり方だから」


「やり方、ねぇ」


「そ、命は大事に。出る杭は打たれるってね」


それを忘れると、ある日突然殺されることになるから。

あとは根性とその場の勢いに任せれば十分乗り切れる程度に抑えるのが生き残るコツかな。


「そうかい……ところでよ」


「ん? なぁに? 」


「この内紛の犠牲者に思う所は? 」


「あるけど、それを口にしていいのは私みたいな加害者じゃないでしょ」


間接的ではあるけど、私は加害者。

カリンさんにエンチャントの依頼を出さなければ。

冒険者を集めなければ。

ヨートフさんをけしかけなければ。

とにかく思う所は多い。

どころか、エスカルゴン様と会った時に私が全てを諦めて一人死んでいればこの紛争事態を回避できた可能性は高い。

だけど。


「その上で聞く。姉御、抱え込んでるんじゃねえのか? 」


「鋭いね。でも後悔はしてないよ」


そう、後悔だけはしていない。

商人に許されるのは反省のみ、後悔だけはしてはいけない。

それが、私の流儀だから。

そして今回に至っては、反省する点も無い。

なにせ、尽力しなければもっと沢山の被害者が出ていたはずだから。

損得勘定を抜きに、こちらにも被害が出る。

それは政治的には良くても、個人的には納得できないから。

だからこそ尽力した。


「なぁ姉御、俺は今までそれなりに人間を見てきたが今のあんたみたいな顔をした奴は遠くないうちにふらっとどっかに行っちまうんだ」


「あぁ、安心していいよ。あと五か月はこの街にいるから。そういう約束だからね」


「ならよ、どっかで立ち寄った時には手紙を出してくれよ。白紙でもいいから」


「おやぁ? 私に惚れたかな? 」


「茶化すなよ。身近な人間を失う悲しみは知らないけれど、親しい奴がいなくなる悲しみは知っているんだ」


「はいはい、わかったよ。お土産と一緒に手紙を送ってあげる。タカヒサさんにもね」


「そうか、約束だぞ」


「うん、約束した。商人は契約に関しては嘘をつかないから安心していいよ」


「あぁ」


なお、この約束は守られることは無い。

なにせこの後私は……。

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