商人の胃痛~世の中とんでも人間が多すぎる~

蒼井茜
蒼井茜

とある歴史研究家の考察

公開日時: 2020年9月1日(火) 10:22
文字数:1,931

落月の時代、今から500年ほど前の時代の事。

髪の腕を持つエンチャンターがいたという。

曰く、伝説の剣はおろか神話級の品も作り出すという彼は自分の才能に驕ることなく常に上を、先をと求め続けていた。

研究に全てを注ぎ、現代のエンチャントの基盤ともいえる道具に頼らない新型エンチャントの開発者でもある。

彼の作り出した数々の品は今でも王家や貴族の家宝として受け継がれてきた。


災厄の聖職者と呼ばれた男がいたという。

宗教という概念を根底から崩しかけて、それでもなお聖職者として人生を全うしたという男は宗教に付きまとう腐敗を切り捨てて清く正しい物へと導き。

そして現代ではなじみ深い「神は見ているが、救いも裁きもしない」という宗教理念を作り出したとされる男だ。

彼の教えが無ければ我々は今でも神に縋り自らの足で立つことはできなかっただろう。

その傍らには常に主導権を握る妻の姿があったと記されているが、詳しい記録はなぜかすべて消されている。

あるいは妻と言われる人物は創作だったのかもしれないが、その痕跡が方々に残されていることから断定はできずにいる。


悪夢の薬師と呼ばれた男がいたという。

浮浪者を捕まえては大金でその命を買い取り、人体で薬の成果を試していたという。

聞けば非道とも思えるが、彼の存在は貧困層では受けられないほどの治療行為に加えて金銭までもらえるという、現代でいう治験の前進となる行為だとされる。

今でこそ戦争で使われるようになってしまった爆薬の調合にも一役買っていたというが、本人はそれを気に食わないという理由で途中まで完成させて後は他の人間に丸投げにしてしまったそうだ。


魔槍の冒険者と呼ばれた男がいたという。

曰く、その手にした武器は全て魔の力を得るといわれるほどに強力無比な者だったそうだ。

槍を振るえば人もモンスターも分け隔てなくさいの目に切り裂かれ、投げれば燃え上がった槍は魔法さえも貫くと。

彼は冒険者でありながら、引退した冒険者の手助けも行っていたという。

どこまでが真実か、それこそ定かではないが私はこの話を信じたいと幼い心を抑えきれずにいる。


魔王エスカルゴンについては、語る必要も無いだろう。

彼の者は国に安全を保障されてから500年、今では魔王の名を返上して守護者とも言われる存在に昇華している。

曰く神の手を持つエンチャンターと後述する者の力を借りて魔王をはるかに凌駕する邪神にも匹敵する力を得て、その上で暴力に訴えることなく平和主義を貫いた魔王である。


破滅の料理人と言われた男がいたという。

彼は魔王だったエスカルゴンと敵対していた数少ない人物であり、一流の冒険者が数十人集まってようやく倒せるかというドラゴンを一人で狩り自身の店でそれらを捌いていたそうだ。

人間には受けない食材をふんだんに扱っていた事から、人の街は彼には小さすぎたが世界を相手にしたことでその名は知れ渡った。

ドワーフである。

酒豪と名高い彼らにとって、この男の料理は何より美味い肴だったと記録が残されている。

のちにエスカルゴンとの和解を含め、それまでの経緯を鑑みるに時代の中で最も国をかき乱した人物かもしれない。


救国の罪人と呼ばれた男がいたという。

曰く無償で孤児やスラムの住民を助け、最終的には拠点としていた街からスラムを消してしまったという伝説の男である。

彼の記録は非常に少ないながらも、一時期はマフィアとして非合法に活動していたとされている。

その後ある紛争をきっかけに国家が後ろ盾となり、現在では世界各国を救済する国境線無き支援者団体である『カンパニー』の創設者だ。

その生涯こそなぞに包まれているとされているが、彼の妻となった人物こそがこの世で最大の謎とされている。


曰く、その者は一介の行商人だったという。

小規模な行商人、蔵もなく拠点も無い女性。

その女性がいかにしてマフィアであり『カンパニー』創設者と知り合ったのか、それこそが今でも語り草になる不思議の一端だが、神の手を持つエンチャンターカリン、災厄の聖職者ヨートフ、その妻イオリ、悪夢の薬師サディ、魔槍の冒険者ウルフ、その妻リーエル、魔王エスカルゴン、破滅の料理人ドリア。

そして救国の罪人タカヒサ。

これら英雄と呼んで差し支えのない人物が闊歩していた時代において、彼らは常にその女性を尊敬して仕事を任せていたという。

とある資料ではその女性こそが歴史に名を残す1時間紛争の功労者であり、国を陰から支えた人物として記されている。

名はエルマ、方々の国家において才能ある者達と出会い、そしてその才能を掘り当てては適切な場へと導いたとされている彼女の傍らにはいつも一つの小瓶が置かれていたというが、その中に何が入っていたのかは今となっては知る由もない……。

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