「というわけでして……」
「嫌です」
「王命ですのでそこをなんとか……」
「絶対嫌です」
「ですが……」
はい、現在交渉の席についています。
相手は領主様とそのほか数名の貴族の方々。
中には見知った人もいる。
ウルフ君と喧嘩した貴族の男性とか、カリンさんにエンチャントしてもらった指輪をお買い上げいただいたご夫婦とか。
その人たちが一介の商人である私なんかに頭を下げている理由はと言えば……。
「どうかこの街で専任商人として腰を落ち着けてはいただけないでしょうか」
この通りである。
私の人脈と、カリンさんやヨートフさん、タカヒサさんにウルフ君、そして何より魔王エスカルゴン様と言った面々を揃えた際の戦闘力を買われての事。
間違いなく大出世だし、王様の後ろ盾ともなれば大商人として今後莫大な利益が見込める。
その代わり、首輪がつけられてしまう。
いうなれば飼い犬だ。
私が行商人になったのは自由を愛していたからであり、その結果行き遅れ……じゃなくて特定の個人と恋愛感情を抱くこともなくこうして好き勝手に生きてこれたのだ。
それを奪うというなら、王命だろうが何だろうが首を縦に振るわけにはいかない。
「何度頼まれても無理な物は無理です」
「ですが……」
「それが王命ならば私は二度とこの国には立ち寄らないとお返事を。行商人として生きる事が私の本分です」
「……だそうですが、どうですか。陛下」
ん……?
「面白い娘である。いや、娘というには歳がだいぶあれだが」
おい、あれとはなんだおっさん。
「我が命にも従わず、つまりは国一つを敵に回しても自信の信念を貫く覚悟。実に見事である」
「我が命……陛下……」
あれ、もしかしてこの人……。
「自己紹介が遅れた。我が名はアインリッヒ・クラーク・ベルト・ロドリゲス。こんななりだが国王をしている」
うわぁ、やっぱりぃ……。
まぁね、今更王様が出てきたくらいじゃ驚かないっすよ。
こちとら散々とんでもない人みて来てますからね。
紅茶の入ったカップが受け皿に触れてカチャカチャなってるのは武者震いっすよ。
ほら、王様との商談なんてめったにないからね。
一応経験はあるけどこの国じゃ初めてだからね。
「それで……私は此処で王命に逆らったとして斬られますか? 」
「そのような愚行を犯すと思うか? 」
「さぁ? 国王陛下の噂はてんで聞きませんからなんとも。愚王と呼ばれることもなく賢王と呼ばれることも無い無難な国王であるという事しか知りません」
実はそれが一番厄介だったりするんだけどね……。
噂が立たないから目立たない、と考えるのは三流。
隙を見せないと考えるべきで、趣味趣向もわからないからこの人の機嫌をどう取ればいいのかも皆目見当もつかないわけで。
結果的に私はいま完全に孤立無援というわけさ。
はっはっはっ、笑えない。
「無難か……ではその無難な国王はこの後どういう手段に出ると思う」
「そうですねぇ……まず料理人ドリアの捜索を条件に専任商人としてこの街への滞在を持ちかけるのでは? 」
「ふむ、まぁ妥当なところだ」
「合わせて今回の一件、暴走した公爵家……名前までは覚えてませんけどあの人問題児だったんじゃないですかね。交渉の次は暴力での服従を迫るとか下策もいいところですし、今回大量の死者を出すに至った原因ですからお家取り潰しくらいはするでしょう。その資産の一部をこの街の領主様に支払い、そこから何割か貢献者である私に下賜するとか」
「続けたまえ」
「で、美味しい餌をぶら下げたところで街にはちょうどいい立地に空き店舗ができていますからね。問題の料理人ドリアの店。あそこを褒美の一つに加えて専任商人は無理でも倉庫に使うようにと命じて首輪をつける……だいたいこんなところですか? 」
「素晴らしい。まったくあの豚公爵もこのくらいの知恵が回れば無駄な血を流さずに済んだというのに……」
「同じような申し入れは過去にもありましたからねぇ。断りましたけど」
「ほう、やはり噂通りなかなかのやり手と見た」
「貴族や王族は良いカモですよ。ちょっと耳障りの言い作り話をすれば気前よく金を落としてくれる」
思わずちらりと指輪お買い上げの夫婦を見てしまう。
他意は無いよ他意は。
悪意はあるけどね。
「なるほど、では実際にあの建物を倉庫として下賜した場合どうする」
「商人ギルドに貸し出します」
そしてレンタル料で不労所得ゲットだぜ。
という所までは考えた。
「なるほど、そう来たか……ならば他者への譲渡並びに賃貸を禁ずるとしたらどうする」
「朽ちるままに捨て置きます」
「うむ、なかなか手ごわいな。それさえも禁じたらどうする」
「管理人をあてがって、私の代理として住み込みで仕事させます。これでも屋号があるのでその看板を掲げて商売していれば表向きは私の店という事になるので」
「ふむ……どうしてもこの街にとどまるつもりは無いと……? 」
「この街ではなく、どこにもですよ」
それこそここでなら死んでもいいという土地を見つけるまでは旅を続けるつもりだし、おそらく死ぬ間際までそんな場所は見つからないだろうけどね。
遺書は残してある。
私の財産は両親と、年の離れた弟に行く手はずになっている。
うん、一年くらい前にね、両親からギルド経由で手紙が届いたの。
あなたに弟が生まれたのよ、顔を見せに来なさいって。
それで実際に顔を出したらお母さんが赤ん坊抱いてた……。
知らぬ間に増えてる家族ってこんなに驚くんだねって気分だったよ。
「ならば、こうしよう」
そんなことを考えていたら王様は指輪を外してテーブルの上に置いた。
なんだろう。
「手に取ることを許す」
「はぁ……拝見します」
銀の指輪、値段でいえばそれほど大したことは無い。
何度かゆがみを直した跡があるからそれも値引きに繋がるなぁ……。
紋章が入っているけど……察するに王族かそれに連なる者にしか与えられない類の品なんだろうな。
それを考えると付加価値は測り知れないけど、逆に売りさばきにくいな……。
「どう見る」
「500ゴールド」
「安いな」
「紋章の意味が分かれば値段は青天井ですけどね。正直こんな物騒な物持っていたくないというのが本音です」
うん、王族ゆかりの品とか超怖い。
エンチャントの気配はないけど、下手したら呪われそう……。
だって王家なんて呪われてなんぼの世界でしょ。
「物騒か……まぁ確かに、それは代々我が王家に伝わる指輪故、血生臭い事件の渦中にあったこともある」
やっぱり。
「そこでだ、この指輪にエンチャントの付与を依頼したいのだが仲介人をしてほしい」
「……仲介だけなら。ただしこれをお預かりすることはありませんので、陛下の信頼する部下に持たせて街に滞在させてください」
大方、次から次へと『王家ゆかりの品』を出してきてはエンチャントの仲介依頼だしてくぎ付けにするつもりなんだろうけどそうはいかんぞ。
騙されんからな。
「む、読まれたか」
「わかりやすいですよ」
「で、あるか。ならば……こういうのはどうだ」
それからも延々と陛下による専任商人として街への駐在を頼まれたけれどあの手この手で躱していった。
そりゃもう、ウルフ君も真っ青の回避っぷりよ。
私、頑張った。
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