さて、街は活気づいた。
もうしばらくこの街には滞在する予定だけど、そろそろ見納めかなというのも本当の話。
本当ならとっくに旅に出ていてもおかしくはないくらいこの街にいた。
「どしたよ姉御、しんみりした顔つきで」
「んー、いやそろそろ次の街に行こうかなって思ってさ」
「まじでか? おやっさんの事はどうするんだよ」
あぁそういえば……ウルフ君はまだ私がタカヒサさんの奥さんになると思っているんだったっけか。
ならないけど。
というか、なれないけど。
あの人生涯結婚しないって決めてるらしいし……って、これもまた聖職者の考え方だよなぁ……。
「どうもしないけど? この際だから誤解を解いておくけど、タカヒサさん好みの商品を仕入れられる商人ってだけで別に深い関係じゃないよ」
「そうかぁ? おれはおやっさんはあんたにだいぶ心を許してると思うけどなぁ」
「だとしたら商人冥利に尽きるね。相手の心に付け込めたんだから」
「姉御はなんというかなぁ……露悪的な言い方をするよな。思春期のガキが好みそうな言い回し」
「ペーシングって言って、相手の精神年齢に近い振る舞いや同じような言葉遣いをすることで相手と打ち解ける技法があるの。それが癖になってるのよ」
「へぇ……って、それって俺が幼いってことじゃねえか」
「うん、そう言ってる」
「くそっ……おやっさんもそうだが、姉御も俺の事ガキ扱いなんだな……」
「年齢知らないけど、私これでも24歳だから10代ならまだまだ子ども扱いだよ」
「……おれ、22なんだが」
おっと、意外と歳近かった。
まいったなぁ、これでも人の年齢を見抜くのは得意だと思ってたんだけど……。
「なんだよ……」
「いやぁ、その若作りの方法知りたいなって思って……うわ、肌がぴちぴちだ。水は軸くらいに艶がある」
「そうかぁ? 」
「うん、体格もいいし孤児だっていう割にはいいモノ食べてた? 」
「まぁ……そうだな、周りの奴らと比べたらそれなりにいいもの食ってたな」
「へぇ、せっかくだし聞かせてよ。昔の事」
「あまり面白い話でもねえぞ? 」
「それでもいいからさ。もしかしたら今後役に立つかもしれないし」
「じゃあ……」
そう前置きして語りだしたウルフ君の過去は、それはもう壮絶な物だった。
「そうだな……あれは5歳の頃か。親父が怪我で職を失ったんだ。もとは腕のいい大工だったんだが、足を痛めて高所での作業ができなくなっちまってからだな……以来俺の親父は酒におぼれて借金をしてまで酒浸りだったよ」
「お母さんは? 」
「とっくに墓の下。おふくろがいたら、親父もあそこまで落ちることは無かったんだろうけどな……俺を産むときに死んだと聞いている」
「それは……ごめん、悪いこと聞いちゃったかな」
「いいさ、お袋が死んだことも親父がろくでなしになったことも含めて今の俺がいるんだからな。でだ、ある日俺は家を飛び出した。確か8歳のころだったか。家に帰らないと決めて家に残った僅かな金と毛布を一枚、それから親父が仕事で使っていたハンマーを持ってな」
「ハンマー」
「街の孤児を見ていたからな。大体は野垂れ死に、運が悪ければ野犬かごろつきに殴り殺されるのが関の山だ」
その対処法として武器を持ちだしたのか……強かだなぁウルフ君。
「たまに親父の姿を街で見かけたが、抜け殻みたいなもんだった……お袋、親父にとっては妻が死んで、自分の全盛期を思い出せるハンマーと共に僅かな金とガキの俺がいなくなったからだと信じたいが……どうなんだろうな」
かける言葉が見つからないとはこのこと。
何とも言えない気分になった私は近くのお店に入ってエールを二人分注文した。
飲みながらなら、少しはウルフ君の舌も回るだろうし。
「まぁある日、突然親父を見かけなくなった。流石に気になって俺は自分の家に戻ってみたんだ。路地裏生活とはいえ残飯を漁ったり、その辺りを縄張りにしていた孤児を片っ端からぶっ飛ばして飯を食う権利を手に入れたりしていたから帰る必要も無かったんだがな」
「ぶっ飛ばしてって……ハンマーで? 」
「いんや、素手。ガキの喧嘩に獲物を使うほどのことは無かったよ」
素手かぁ……まぁ毎日ちゃんと食事取れていたウルフ君と日々の食事に困っていた孤児じゃ体格も違っただろうしね……
お父さんが大工なら体格の良さはその遺伝なのかもしれないし。
「どこまで話したっけな……あぁ、家に帰ったところか。うん、家に帰ったんだよ俺は。そしたらな、全く知らない家族が住んでいた」
「え? 」
「ここに以前住んでいた男はどうしたって聞いてみたら、借金取りに殴られてぽっくりと逝っちまったってな……酷い話だが、俺は何も思わなかったよ。8歳まで親父と一緒に暮らしていたのにだ」
8年か……それはずいぶんと長いよなぁ。
その日暮らしが当たり前、明日の命も知れない行商人には想像しにくい時間だ。
「その事に、親父が死んだってことよりもその事に何の気持ちも抱かない自分に愕然としたね。俺はなんて冷たい人間なんだって」
「でもウルフ君は優しいと思うけど……」
「まぁ待てって、話はまだここからなんだ。俺は冷たい人間だって分かってからはもう歯止めなんか聞かなかった。というよりは親父の存在が最後の楔だったんだろうな。とことんやりつくした」
やりつくした……何を?
「まず路地裏の孤児を全員集めて組織を作った。大人に食い物にされてたまるかってな。そんで全員と殴り合いして俺が一番強い、だから俺がボスだと全員に言い聞かせた」
「乱暴な手段だねぇ」
「ガキのやることだからな。でも、それで孤児は一つの軍勢に進化した。食い物は全員が死なない程度に、それでいて俺や幹部の連中はより強靭になれるようにがっつりと食えるような量をな」
あー、奪えば足りず分け合えば余るだっけ。
そんな言葉を残した偉人がいたようないなかったような。
「それで組織を作り上げてから4年、俺は12歳になった。その頃になると徐々に体が大人のそれに近づいてくる奴らもいた。俺よりも年上がいたからな」
「あぁ……これは下克上かな? 」
「でかいだけのウスノロに俺が後れを取ると思うか? 」
ふむ……思わない。
まったく思わない。
「まぁそういうこった。結局親父のハンマーは使わないまま俺がボスとして組織に君臨していたわけだ。で、次にやったのは女の孤児だな。こいつらを娼館に売り飛ばした」
ぶっ、と思わずエールを噴き出した。
売り飛ばしたって……随分と酷いことをしたものだ。
「売り飛ばしたといってもな、その金は本人に全額与えたし衣食住保証付きの仕事だからなぁ」
「あぁ……まぁそういう事なら許容範囲……なのかなぁ」
「客も取れず娼館でも門前払いされる女浮浪者の話してやろうか」
「遠慮しておく、それに比べたらよっぽど待遇がいいのはわかるから」
「そうかい、まぁそんなこんなで俺達は影響力を増やしていったんだ。娼婦になった奴から情報を貰ったりしてな」
なるほど、娼婦という仕事は情報が得やすいと有名だ。
酒と女、男を堕落させるといわれるものが二つも揃っているんだから。
「それで13歳になった時だ、女の大半は売れたんだが男はどうしようもなかった。18を超えた奴は冒険者にならせたんだが……半分近くは二度と帰ってこなかったよ」
「それは死んだってこと? 」
「いんや、金を稼いで貯めて俺の支配下から逃げ出した」
「そんなに酷い扱いしてたの? 」
「そうでもないんだがなぁ……単純に俺がわかる範囲で戦いの基本とか立ち回りみたいなのを教え込んでいただけだぞ。実戦で」
あぁ、酷い扱いしてたんだな。
実戦で、金階級になれる才能を持った彼が教え込むという事は毎日ぼっこぼこにされるという事だから……。
うん、酷い。
「それで冒険者はもうからないと分かったけど、まぁ自立させるという意味では悪い事じゃないから訓練は続けた」
「あぁ、続けちゃったんだ……」
「後先考えずにな。その結果、冒険者になった奴らの一部が金をためて装備を揃えて反逆してきた」
「ですよねー」
「全員ぶちのめした」
「ですよ……えぇ? 」
「なんだよ」
「いや、装備整ってる冒険者をぶちのめすって……」
「そんなに難しくないだろ、ハンマーで脇腹ぶん殴るだけなんだから」
いやいやいや、それができる技量と度胸がある人間じゃなければ無理だってそんなん。
仮にこの街の冒険者に同じことができるか聞けば、全員が無理と答えるだろうから。
「とはいえな、数には勝てないもんで……ある日俺は死ぬんじゃないかってくらいに殴られて道端に転がされてたわけだ。組織も乗っ取られて街から居場所がなくなった」
「そしてタカヒサさんに拾われたと? 」
「まぁそんなとこだ。詳しくは秘密だけどな」
なんだ、秘密か。
……しかしなんだな。
ウルフ君もだいぶ大変な人生歩んできたんだなぁ。
これからはもう少し大人扱い……してあげようと思ったけどエールいっぱいでべろんべろんになっているのを見るとそう思えなくなるから不思議だ。
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