えー……ここ最近のお祭り騒ぎはひとまずの平穏を迎えたとだけ言っておきます。
イオリさんがね、15人殺しのあだ名を得た事で流石に自殺だと気付いた貴族たちはそこそこに夜のお店を楽しんで帰っていったからね。
ただ、ある意味名所みたいなものになって怖いもの見たさでイオリさんを見に来る貴族の人とかちょいちょいいる。
自分は高みの見物決め込んで、部下数人をイオリさん一人で相手するのを見ながら他の高級娼婦相手にお楽しみというなんとも悪趣味な遊び方が流行っているとかなんとか。
ちなみに複数人を相手取っているイオリさんだけど、さすがに時間が足りないのか搾り取る程度で死に至る程のプレイには至っていないらしい。
翌日使用人が使い物にならず貴族の人は大変な目に合うんだけどね。
特別料金とか諸々も含めて。
それはまぁどうでもいいこと。
問題はね、最近人の流入が多すぎた反動で私たち行商人がかなりこき使われているという事実。
こちらとしては儲けに繋がるからいいんだけど、仕事に忙殺されそうというのは笑えない。
本当に、本当に笑えない!
私の場合特に、この街の人からの信頼をそれなりに勝ち取れているというアドバンテージがあるのが災いしている。
馬車がズタボロになって買い替え必至、馬もここ連日の無茶でへばっているくらいには。
それでもお仕事は舞い込んでくるわけで、ウルフ君に護衛を頼みながらあちこちの街から食材やら生活必需品を買い込んでは戻るという生活を送っていた。
ふふ、儲けは出ているけど馬や馬車のレンタル、ウルフ君の護衛代とかでギリギリ黒字。
普段だったら絶対に引き受けないようなお仕事……それをなぜ私が受けているのかと言えば、泣き落としされたから。
この街の状況はそろそろ方々に知られる頃だろうと思うけど、あとひと月かふた月はかつかつの状態が続くと予想される。
それにいざ物資が入ってきても足元を見た商人が割高で売りつけてくるのは目に見えている。
だからそれまでの間、街の生活が維持できるだけの物資の調達を商人ギルドから直々に依頼出されたということ。
普通の商売と違ってギルドからの依頼というのが大きい。
冒険者ギルドも商人ギルドも共通しているのは「必要経費は依頼人が持つこと」というのが鉄則で、今回に限り馬や馬車のレンタルにウルフ君の護衛、道中の食費や宿賃なんかは全て経費で落ちるのだ!
限度はあるけどね。
それと面倒な手続き。
ただ、これで私の懐に入る金額を考えればそれは結構な物でギリギリ黒字を維持できるラインから扇片手に優雅な生活が数か月続けられるくらいの額に跳ね上がる。
それを見逃すのは、商人としてはありえないと思ったのが数日前の事。
それを後悔しているのが今の事。
長い事馬車に揺られてお尻が痛いわ、腰が痛いわ、関節がバキバキ音を立てるわで……。
健康という一点から見ればマイナスもいいところかもしれない。
そんなことを考えながら今日は南に向かって馬を走らせていた。
とある事柄を忘れて。
「姉さん、そろそろ野営の準備しようぜ」
「えー? まだ日も高いよ? 」
「この先はモンスターの活動が活発なんだよ。そんなところで一晩明かすよりはここで野営して明日一気にレッドゾーンを抜けちまった方が安全だ」
「あぁなるほど、流石金階級の冒険者だね」
「よしてくれ、俺はおやっさんの為に力をつけただけで階級とかはどうでもいいんだ」
そんなことを言いながら、わずかに頬を染めているのは見逃さなかったよウルフ君。
ウルフ君は無事タカヒサさんの部下として仕事をすることになったけど、主に資金調達班として冒険者のお仕事を続けている。
彼らのお仕事は普通の冒険者と変わらず依頼をこなして御賃金を得る事。
その半分を献上して、対価として寝床と食事、それから遠征などの際には特別手当と怪我をした際には治療まで約束されている。
これは冒険者のスポンサーとしての事業と言っても過言ではない。
ある意味では新しい仕事を作り出してしまったのだ。
タカヒサさんの漢気が行き着くところまで行き着いた結果、あの街の冒険者の生存率は飛躍的に向上したといえる。
そして冒険者の生存率が高いという事はギルドの仕事も直ぐにはけていくという事で、ギルドの評判も上々。
わざわざ遠い土地から依頼に来る人まで出てきたところだ。
合わせて、タカヒサさんはマフィアであり裏界隈を取り仕切っている反面表にもそれなりに顔が利くため治安維持にも貢献している。
なにせ先日の貴族ラッシュの際にスラムをまるっと改築して普通の住宅街にしてしまったほどだ。
それもスラムの住民が自ら金を出してである。
お客さんが増えたという事はつまり、お店も人手が欲しいのだ。
娼館や飲食店はもちろんのこと、この際だからと店を改築したいという要望を出した店があれば大工や運搬業も人手を必要とする。
その際に頼るのは商人ギルドであり、商人ギルドが頼るのはあの街随一の人員派遣業であるタカヒサさんである。
結果としてスラムの住民はみなそれなりの金銭を得て生活が改善されたのだ。
ぶっちゃけ、偉業である。
「姉御、俺は周囲を見張るんで夕飯の準備任せていいか? 」
「あいよー、と言ってもあんまり美味しいのは期待しないでよね」
「俺が作るよりはよっぽどマシさ」
マシといういい方はどうなんだろう、と思いつつそれは実感している。
だってウルフ君、料理とかしないから。
夕飯の準備任せた事があるけどお湯沸かして干し肉とスープの素ぶち込んだだけのそれに、硬い保存用のパンだけという。
野菜くらい入れろと文句を言いたくなったけど、こちらは作ってもらった側だからねぇ……。
文句は言わずに食べたけど、以降食事の準備は私の仕事になった。
ちなみに作ってもらった時は馬車の中で積み荷のチェックしてた。
サボって食事登板押し付けたんじゃなくてちゃんとお仕事してたんだからね。
「干し肉と干し野菜を少々、胡椒とクミンを入れてスープの素。それから……そういえば卵もあったからあれも入れちゃおうかな」
ズモモ、と魔剣で勝手に出来上がる竈にあらかじめ積んでおいた薪を投入してこれまた魔剣で火をつける。
カリンさん様様で快適な旅ができるけど……これ維持費がとんでもない額になるからスポンサーいないと使えないなぁ……。
「もう一品なんかほしいし……野菜炒めでも作っておこうかな」
スープとパンだけでも十分な夕飯だけど、今日はちょっと奮発してしまいたい気分なのでもう一つ竈を作ってフライパンで干し野菜を少量の水で戻しながら炒めていく。
油はある程度水気がなくなってから投入して、塩で味を調える。
はい完成。
「ウルフ君、ご飯だよ」
「お、今日は豪勢だな」
「明日は大変なルート使うんでしょ。だったらウルフ君にはしっかり働いてもらわないとだからね」
「なるほどね、商人でいう所の前払いってか」
「そうそう、わかってきたね。こうやって美味しいご飯が出るときは気を付けないと……? 」
ゾワッと得体のしれない感覚が背筋を撫でた気がした。
フライパンと鍋を持ち上げて竈を蹴り壊して火を消す。
「姉御、下がってろ」
「ウルフ君、モンスター? 匂いに釣られてきたとか? 」
「いんや……そんな生ぬるいもんじゃねえなこりゃ……」
いつになく真剣なウルフ君の表情にドキッとする。
あ、恋慕じゃなくて恐怖ね。
金の階級であるウルフ君がここまで真剣な表情をするという事はそれだけ不味い状況ってことだから。
手にした武器も普段のものじゃなくてカリンさんにエンチャントを施してもらったいざという時のためのものだし、これは相当……と思ったところでふとひと月近く前の記憶が浮かんできた。
『南の方でエスカルゴンってでかいカタツムリから肉を採取しているんです』
と言ったのは……あぁ、異常な食材ばかりを使う料理人ドリアだったかな。
うん……うん?
ここ、街の南だよね。
つまりこの悪寒って……。
「おのれ人間めぇ……! 」
地の底から響くような声がした。
相変わらずの静寂の中でその声はよく通る。
ウルフ君に視線を向けると頬を汗が伝っているのが見えた。
「我の……我の力を返せ! 人間! 」
そう、叫びながらどうにか視認できる距離に山のようなものが蠢いているのが見えた。
左右に揺れるそれは、見方を変えれば巨大な車輪にも見える。
少し目を凝らせば二本の触覚が見えた。
そして乳白色のぬらりとした身体が見えた瞬間にはっきり悟った。
魔王エスカルゴン……モンスターを統べる王。
その中でも大人しいと有名な存在だが今はなぜか怒りに震えている。
「姉御! 逃げろ! 」
「いやぁ……もう手遅れっぽいね」
後ろを振り向けば馬車は小さなカタツムリが覆いつくしていた。
合わせて馬も、大量のカタツムリに襲われて既に息絶えている。
電光石火の早業、ゆったりと動くカタツムリなのに……。
「我の力を返せ! さすれば命は取らずに済ませてやろう! 」
なんかすっごいお怒りなんですが……どうしようこれ。
「あのぉ、魔王エスカルゴン様でしょうか」
「そうだ! 貴様我の力を返すのだ! 」
「力と言われましても……」
「貴様の口から我の力の一端が漏れている! 我の力を食らったのは貴様であろう! 」
力を食らった……?
口から力の一端が漏れてる……?
あれ、それってドリアさんの店でカタツムリのソテーを食べたのが理由?
でもあの時嚥下しないで吐き出したしなぁ……。
「お言葉を返すようですが、私あなたの肉は食べてませんよ……? さすがにこれを食べるのはマズイかなと思って口に含むまではしましたが吐き出してしまったので……」
「……なんだと? 」
「えーと、あなたの力を奪ったのって巨大なタコの足を抱えた男ではありませんでしたか? 彼ならこの先の街に住んでいましたが今はあの霊峰目指して旅をしている最中だと思います」
嘘だけど。
いや、霊峰を目指すとは言ってたのは本当だけどあの人の脚力が本物ならその旅はとっくに終わってどこか新天地を探しているはず。
あわよくばドラゴンと相打ちになってくださいエスカルゴン様。
「それに私が貴方から力をいただいたと仮定して、それをお返しするといっても雀の涙ですよ。河原に石を一つ置いて堤防が出来上がるまで毎日繰り返すような、そんな地道な作業になりますけど……」
「む……むむむ……」
お?
なんか話通じそう。
流石魔王の中でも穏健派として知られるだけの事はある。
「もしあれでしたら、私が貴方から力を奪った男の情報を集めますが」
「ぬぅ……貴様、我の力を完全に自分のものにしておるな」
「え……? 」
魔王の力を取り込んだとかなにそれ怖い。
そんなことした記憶はございません。
秘書もやってません。
「とぼけるでない! 我の力を加護としてその身に宿しているであろう! 」
「まさかまさか、なにか証拠でも? 」
「ふん、何処までも白を切るか……だが貴様からは確かに我の力を感じたのだ! だが貴様はその力に振り回される様子もなく、むしろなじませておる! 」
え、なに?
もしかして本当に肉を口に含んだだけで魔王の力の一端とか手に入れちゃったの?
じゃああれ本当に食べてたらどうなってたんだろ……。
身体がパーンとか?
あの時の胃痛ってもしかして拒絶反応!?
おのれドリア許すまじ……。
「ちなみに、その加護ってなんですか? 」
「口に関する物だ、毒物の耐性や交渉という名の催眠であろう。お主の言葉は心地よく騙されてもいいと言う気にさせられる毒気がある」
「毒気……」
もうちょっとマシな言い方なかったんですかね。
ないんだろうなぁ……。
「姉御、俺どうしたらいい? 」
「とりあえずステイ、ウルフ君」
「……うぃっす」
わんこにはちょっと黙っててもらおう。
なんかここで戦闘とかになると話がややこしくなりすぎる。
「えーと、私としてはあなたに敵意はありません。どころか邪神だの魔王だのの肉を食べさせた料理人に怒りを覚えています」
「……本心のようだな」
「わかるのですか? 」
「加護という形になっている今、気をそちらに向ければその程度雑作も無い」
「では、私は誓ってその男を探し出すので見逃していただけませんか? 」
「……すぐに、とはいかんのだろう。ならば見過ごすわけにはいかん」
おっと、困ったな。
ここで見逃すつもりは無いと言われるとこちらも弱い。
ウルフ君が本気で相手にしたとして、どこまで通用するかわからない。
それこそドリアさんみたいに肉の一部を奪って逃げかえることくらいなら、ウルフ君一人ならできるけど私というお荷物がいるとねぇ……。
「ではこういうのはいかがです。エスカルゴン様は私たちが逃げ出さないように見張り続ける。常に私と共に行動する。誓いを破るような真似、例えば国軍に泣きついて討伐の為に群を差し向けるような真似をしたら即座に私を殺してください」
「……ここで殺してしまえば手っ取り早いと思うのだが」
「それだと力を奪った男の情報は手に入りませんよ。私は少なくとも風貌と名前は知っています」
「む……事実のようだな、しかし……」
「商人には前金という概念があります。先に金銭などを支払う行為ですが……男の名前はドリアと言います」
「ドリア……ドリアか……しかしこれで貴様の利用価値は半減したぞ」
「でもまだ半分残っている。あなただけでは手の届かない半分が」
「……人間は信用ならない」
「魔王ならなんか魔法とかでばばーんと契約とかできないんですか? 」
「我、そういうの得意ではないのだ……」
「じゃあ得意な魔王様にお手伝いしてもらうとか」
「我、友達いない……」
「……こう、部下とかそういうのに命令するとか」
「我、力失って部下も減った……」
すー、はー、大きく深呼吸してからくるりと後ろを振り向く。
「ドリアの糞野郎! 」
思う存分胸の内を吐き出して、少しすっきり。
この魔王様可哀そうすぎるだろ!
食材として力を奪われる日々!
友達いないうえに部下まで減っていく!
その理由は魔法の類が苦手で契約とか結んでいなかったから!
不憫すぎて泣けてくる!
自分の命の危機よりもこの人の不憫さに泣けてくる!
あわせてドリアさんへの憎悪が膨れ上がっていく。
……これも魔王様の加護の一端だったりするのかな。
「すみません取り乱しました」
「かまわぬ……」
あ、なんか普通にへこんでる。
「ま、まぁとりあえずお夕飯でもいかがです? と言ってもあまり量は無いですけど」
「我は……その馬の骨を貰えるだろうか」
「そんなのでいいんですか? いくらでもどうぞ」
どうせもう死んでるし、これレンタルだから賠償金払わなきゃなぁ……ギルドが。
「まぁ嫌な事は忘れて今夜は語り明かしましょう! そして明日からに備えるんです! 力を奪われたとはいえ、察するに普通に生活しているだけでも少しずつ取り戻せるんじゃないですか? 」
「む、まぁその通りだが……300年ほどかかるだろうな」
なが!
ドリアさんどんだけ削り取ったんですかい……。
「魔王様というのも大変なんですね……モンスターの王というだけあって色々お仕事もあるのでは? 」
「うむ……と言っても我はそれほどでもないな。穏健派としてのらりくらりと生活していただけ故、あのドリアとかいう小僧さえおらねば今も森の中で平穏に暮らしていたはずなのだ……だというのに……」
「のに……? 」
「力を失った我を食らい力を得ようとする反逆者が後を絶たん! これでも魔王としての力は残っているのだぞ! そこに圧倒的な力量差があるとなぜわからんのだあの獣たちは! 」
「うわぁ……」
聞けば聞くほど、でるわでるわの愚痴。
一晩語り明かしたほどに愚痴を聞いた。
ウルフ君は「姉御、あとは任せた。俺先に休ませていただくんで」と早々に眠ってしまった。
こいつはこいつで……。
ともかく、魔王様とは朝まで語り明かしたわけだ。
うん、おかげで結構仲良くなった。
契約の魔法抜きで私の言い分を信じてくれるくらいに。
その代わり端末の小さいカタツムリを常にカバンに着けておくことになったけど……。
まぁ今更、行商人やってれば虫くらいは平気になるからね。
というわけで、かわいそうな まおうさまが なかまになった。
馬車と馬を潰してくれちゃったからね、足代わりにさせてもらった。
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