大晦日の昼過ぎ。美子は自らが腕を振るう他に、妹達にも細かく指示して作らせていた大量のお節料理を作り終え、年始客に出す時に使う漆器や茶器などの準備も完璧に済ませて、台所で周囲を見回しながら満足そうに感想を述べた。
「さて、これでお正月を迎える準備は、全部整ったわね。清々しく新年を迎えられそうだわ」
「そうね……」
「うん」
「はい」
「清々しく、ねぇ……」
晴れやかな笑顔の美子とは異なり、彼女の妹達は幾つもの重箱を眺めながら微妙な顔付きをしていた。中でも物言いたげな顔で呟いた美幸に向かって、美子が少々面白く無さそうに問いかける。
「何? 美幸。何か言いたい事でもあるの?」
「いえいえ、何でもありません!」
「そう? それじゃあ皆でお茶にしましょう」
慌てて美幸が手を振ると、美子はそれ以上踏み込んで来なかった為、美幸は勿論他の三人も、密かに安堵の溜め息を吐いた。
そして一仕事終え、姉妹揃って和やかにお茶を飲んでから解散となった為、美実は自室に戻ろうとしたが、前方を歩いている義兄の姿を認めて、幾分迷いながら声をかけた。
「あの、お義兄さん」
「美実ちゃん、どうかした?」
すぐに足を止めて振り返った秀明に、彼女は口ごもりながら尋ねる。
「その……、ちょっと、聞きたい事があるんですけど……」
「何だい?」
「淳が年末年始、どうするつもりなのか、お義兄さんは聞いてませんか?」
「淳? どうするって言うのは?」
ちょっと面白そうな表情になって、詳細を尋ねてきた秀明に、美実は俯き加減になって呟く。
「その……、淳は年末年始、毎年真面目に実家に帰っていましたけど、今年は私の事で色々揉めましたし、例年通りなのかと……」
最後は聞き取りにくい小声で言ってきた義妹を、秀明は面白そうに見下ろした。
「知りたい?」
「……できれば」
「分かった。美子には内緒で聞いてみる。すぐ済ませるから、ちょっと待っていてくれ」
「お願いします」
そう言うと、秀明は早速その場でスラックスのポケットからスマホを取り出し、淳に電話をかけ始めた。
「やあ、淳。今暇か? 固定電話の方にかけたから、マンションに居るのは分かっているが……、ところでお前、年末年始の予定は?」
若干からかう感じの口調で始まった会話は、大した用事も無かった為、すぐに終了した。
「そうか、分かった。それじゃあな」
そうして通話を終わらせてから、秀明は元通りスマホをしまいながら美実に報告する。
「あいつは今年は帰省せずに、ずっとマンションに居るそうだよ」
「あ……、そ、そうですか……。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた彼女に向かって、秀明は益々面白そうな顔つきで話しかけた。
「どういたしまして。それで美実ちゃんは、他に何か言う事が無いのかな?」
「え? 他に何かって……」
「今は休暇中だし可愛い義妹のお願いなら、宅配便の真似事位、幾らでもしてあげるよ?」
当惑しながら尋ね返した美実だったが、秀明から笑顔で言われた内容に、嬉しそうに声を上げた。
「良いんですか!?」
「勿論。但し、美子には内緒だよ?」
「はい、分かってます! 今、準備してきます!」
「それじゃあ俺は美子に見つからない様に、客間で待っているから」
「はい!」
パタパタと走り去った美実を見送ってから、秀明は自分の背後にチラッと目線を向けて呟く。
「相変わらず、揃いも揃って可愛いな。俺の義妹達は」
そして前方に視線を戻した秀明は、笑いを堪えながら客間へと歩いて行った。
それから二十分程して、客間で所在なげに座り込んでいた秀明の所に、風呂敷包みと紙袋を提げた美実がやってきた。
「お義兄さん、お待たせしました。これを持って行って貰いたいんです」
そう言って差し出された物を見下ろしながら、秀明が頷く。
「分かった。中身はお節料理だね? 家にこのサイズの重箱があったなんて、知らなかったよ」
「色々な大きさの物を、取り揃えてますから」
「淳が泣いて喜ぶな。美実ちゃん、あいつに変わって礼を言うよ」
紙袋に風呂敷包みを入れながら秀明が微笑むと、美実が気まずそうに弁解する。
「そんな……。改まってお礼を言われる程の事じゃ……。だってお母さんと険悪になって、実家に帰れなくなったのは、元はと言えば私のせいですし……」
「あいつはそんな事、一々気にする様な奴じゃ無いけどな。じゃあ確かに預かったから」
「すみません、こんな事をお義兄さんにお願いしてしまって」
申し訳無さそうに頭を下げた美実を見て秀明は楽しそうに笑い、何故か視線を彼女から、誰も居ない入口の襖に向けた。
「気にしなくて良いよ。美実ちゃん達は特別だから。宅配便をする事位、わけないさ。……ところで、そろそろ集荷の締切時間ですが、他にご依頼の品物はございませんか?」
「え? 他にって……」
からかうような口調で人影の無い襖に目を向けた義兄の視線を追い、美実もそちらに顔を向けると、スラリと襖が引き開けられて彼女の姉妹がぞろぞろと現れた。
「本当に性格悪いわね。気が付いていたなら、さっさと言ってよ。じゃあこれ、宜しく」
「あのっ! 荷物になりますが、お願いします!」
「お義兄さん、私のは小さいし軽いけど、今の小早川さんに一番必要な物だから、しっかり届けて下さいね?」
「ああ、任せて」
美恵と美野からは形状が異なる風呂敷包みを、美幸からは封筒を差し出された秀明は、全く動じずにそれらを受け取ったが、完全に予想外だった美実は目を丸くした。
「ちょっと! 皆、何で?」
「だって幾ら何でも、小早川さんが不憫過ぎるもの。家にあったお歳暮の横流しだけど、言わなきゃ分からないしね」
「美実姉さんがお義兄さんにお願いしてるのを聞いて、急いで準備したの」
「私のは郵送しようかと思ったけど、手渡しの方が良いだろうし。秀明義兄さん。美子姉さんにバレた時は、防波堤、宜しくお願いします」
そこで揃って真剣に頭を下げた三人を見て、秀明は鷹揚に笑いながら頷いた。
「勿論。じゃあ早速行って来るよ。美子に行き先を聞かれたら、美恵ちゃんが適当に誤魔化しておいてくれ」
「私?」
「美恵ちゃん以外は無理だから」
「……了解。行ってらっしゃい」
指名を受けて一瞬怪訝な顔になった美恵だったが、秀明に指摘されて(確かにこの子達には姉さんを煙に巻くなんて芸当、できないわね)と納得して頷く。そして秀明は義妹達に見送られて、こっそりと藤宮邸を抜け出した。
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