翌朝、気分良く目を覚ました二人は、改めて加積達にこれまでの礼を述べて、荷物を纏めて藤宮家へ向かった。そして門の前まで送ってくれた運転手がトランクから荷物を出している間に、美実は門を開けて敷地内に入る。
「淳。帰る事は、家に連絡してくれたのよね?」
「ああ、朝一番で。ついでに入籍を済ませたから、その報告も兼ねて俺も顔を出すと言っておいた」
並んで玄関まで歩きながら、美実は確認を入れた。
「それって、誰に言ったの? 秀明義兄さんに?」
「美子さんだ。まずあの人に言わないと駄目だろうが」
「それはそうだけど……、怒って無かった?」
心配そうに尋ねられた淳は、微妙に視線を逸らしながら応じた。
「……取り敢えず、問答無用で電話越しに怒鳴られたりはしなかったから」
「そう……、それなら大丈夫かな?」
自信なさげに呟いた美実は、持っていた鍵で玄関を開け、条件反射で帰宅の挨拶をしながら静かに引き戸を開けた。
「ただい」
「お帰りなさい。お父さんと秀明さんが待ってるわ」
しかし玄関の上がり口に仁王立ちで待ち構えていた美子の姿を見て、二人揃って顔を引き攣らせた。そして穏やかではない事を言われて、恐る恐る美実が問いかける。
「え、ええと……、お父さんとお義兄さんは、仕事じゃないの?」
「二人揃って、仲良く風邪だと言って休んだわよ。当然よね?」
「雁首揃えて、待ち構えていたか……」
「当然って……。あの仕事熱心なお父さんが……」
にこりともせずに言ってのけた美子を見て、淳と美実は揃ってうなだれた。しかし美子は容赦なく話を続ける。
「私も是非、詳しい話を聞かせて貰いたいわ。美実、あなた昨日、陣痛が来たと騒いで病院を受診したんですって?」
それを聞いた美実は、恨みがましく淳を見上げた。
「……淳が知らせたの?」
「いや、こっちに連絡する事は、すっかり忘れていたんだが」
動揺しながらも弁解した淳だったが、美子が彼の主張を肯定した。
「美実。あなたが病院に母子手帳を忘れてしまったから、連絡先として登録していたこちらに、その連絡がきたのよ。それでさり気なく様子を聞いたら、看護師さんが『ちょっとした勘違いですから、あまり怒らないであげてください』と言われたわ」
「どうも……、お騒がせしまして」
「本当に、単なる腹痛だったみたいね? 異常が無くて何よりだったわ」
「怒ってる……、絶対に怒ってる……」
据わった目つきのまま、薄く笑った美子を見て、美実は涙目になって淳の背後に隠れた。淳も動揺しながら、一生懸命弁解する。
「あの、美子さん。本当にご心配おかけして、申し訳ありませんでした。ですが何も問題は無かったですし、連絡を怠ったのは俺も同様なので」
「小早川さん。どうせなら父と夫の前で、申し開きしていただけますかしら? それなら二度手間にならずに済みますし」
しかし微笑んだ美子に台詞をぶった切られた淳は、色々諦めて玄関に足を踏み入れた。
「分かりました。お邪魔します。今後の事についても、色々とご説明しますので」
「ええ、どうぞ。お上がり下さい。二人とも、待ちかねておりましたので」
にこやかに微笑む美子に促されて二人が上がり込むまでの間に、ここまで車で送ってくれた運転手が、次々と美実の荷物を玄関に運び込んだ。それが済むと彼は一礼して去って行ったが、淳はそれを一瞬だけうらやましく見送ったのだった。
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