その日の夕食時、一家全員がテーブルを囲んで食べ始めてから、日中の見合いの事を心配していた昌典がその事について尋ねると、それ以降は美実の独壇場となった。
「それでね!? 小野塚さんって信用調査部門所属でしょう? 調査対象の企業に潜入してた時の話が、荒唐無稽で面白すぎて! 半分は冗談と作り話にしても、非日常極まりないのよ! 作り話だとしたら、十分作家としてもやっていけるわ!」
「そうなの……」
「凄いね……」
興奮気味に喋る姉に対して、並んで座っている妹二人は若干引き気味だったが、美実はそんな反応に構わずに話を続けた。
「それに、あの警戒心を抱かせない、安堵感さえ感じさせる顔。大抵の所に難なく紛れ込めるんですって。こうなると、もう天職よね?」
「本当に。営業マンとしても大成できそうよね。あの顔に警戒心を抱く様な人間は、よほど後ろ暗いところがある人じゃ無いかしら?」
「…………」
主に喋っているのは美実ではあったが、時折笑顔で美子が相槌を打つ度に、隣の秀明が徐々に表情を消して無言になっており、それに昌典は勿論、美野と美幸も気付いて内心でハラハラしていたのだが、当の二人はそれには全く気が付かない風情で話し続けた。
「あ、でも、あの顔で、実家のお父さんには嘆かれたんですって」
「あら、どうして?」
「なんでも小野塚さんのお父さんは、九州の広域暴力団の組長さんらしくて」
「暴力団の組長だと!?」
ここで昌典が血相を変えて問いただしたが、美実は何でもない口調で宥めた。
「別に心配する事無いわよ、お父さん。小野塚さんは勘当みたいな事になっていて、もう何年も実家に帰ってないんですって。何でも『お前の様な男を、跡目になどできるか。継がせたら1ヶ月でこの組が潰れるわ!』と言われて、弟さんが後継者になったとか。酷いわよね? ああいう顔に生まれたのは小野塚さんの責任じゃないし、寧ろ親の責任なのに」
「本当に。顔の造りで人生を否定するなんて、そのお父さんは狭量な方ね。それで良く組長なんてやっていられるわ」
「でも確かに小野塚さんは、組長向きじゃ無いと思うけど」
「それもそうね。そんな物騒な世界に足を踏み入れなくて、却って良かったわよ」
「本当ね」
そう言って楽しげに笑い合う美実と美子を、昌典は唖然として見やったが、秀明は忌々しい気持ちで一杯だった。
(絶対に違う……。緊張感の無い顔云々が原因じゃなくて、実の親にも相当ヤバい奴だと思われて、うっかり組を任せたら徹底的に荒らされて潰されると判断されて、叩き出されたんじゃないか? いや、絶対そうに違いないぞ)
本音を言えば、この場で美子を怒鳴りつけたかった秀明だが、そうすると桜査警公社の特殊性と、なし崩しに夫婦でそこの会長社長を務めている事までバレそうだった為、我慢して無言を貫いた。
昌典も秀明の内心は把握していた為、注意深く義理の息子の様子を窺って微妙な緊迫感が漂う中、能天気な美実の話が続く。
「小野塚さんって職業柄、凄く交友関係が広くて。所謂LGBTのお友達も多いんですって」
「LGBTって?」
ここで思わず美幸が不思議そうに口を挟んできた為、美実は真顔で説明を加えた。
「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を纏めた略称よ。だからこのお見合いの話が来てから、私の本を読んでくれたみたいで、具体的に『ここら辺が実際と違う』とか、『こんな風に書いたら良いんじゃないか』とか指摘してくれて、その話で結構盛り上がったの」
それを聞いてその場全員、特に美子は驚いた表情を見せた。
「まあ、わざわざ読んで下さったの?」
「うん、出した本全部じゃなくて、デビュー作のみだけど。『なかなか興味深く読ませて頂きました』って。それに私が大学まで女子校で、実際にゲイの人に会った事は無いって正直に話したら、『それでも想像だけであそこまで書けるなんて、凄いですよ』と褒めてくれたし」
にこにこしながら美実が語った内容を聞いて、秀明は思わず眩暈を覚えた。
(あいつ、必要以上に目も鼻も利きそうだから、あれのモデルが俺だと気付いて、心の中で笑い物にしていたわけじゃあるまいな)
次は桜査警公社内で、美実のデビュー作の話が取りざたされる事になるのではと秀明は戦慄したが、そんな義兄の心境などまったく分かっていない美実が、満足そうに話を続けた。
「普段原稿の内容についてやり取りするのは担当編集さんしかいないし、あとはコアなファンからのファンレターでの反応とかでしょう? 小野塚さんの様に、冷静な第三者的な視点からの批評ってなかなか貰えないから、今日は充実した一日だったわ~」
「それは良かったわね。美実の仕事に関しても、理解のある方で安心したわ」
「それでね? 来週の日曜に、小野塚さんのゲイのお友達の誕生日パーティーがあるそうなの。それで『色々参考になるお話とか聞きたいな』って思わず言っちゃったら、『じゃあ連れて行ってあげますよ。他にも同様の友人達が何人も顔を出しますし』と言われたから、お願いしちゃった」
そこまで聞いたところで、たまらず昌典と秀明が声を荒げた。
「美実! お前まさか、ゲイがゴロゴロ参加しているパーティーに行く気か!?」
「ろくに知らない男と一緒に、あっさりと出掛ける約束をするなんて、不用心だろう!」
「だってお父さん。ゲイの人達なら、却って心配無いんじゃない? それにお義兄さん、小野塚さんも一緒なんだけど?」
不思議そうに反論してきた美実の言葉にかぶせる様に、美子も言い添える。
「そうよね? それにそもそも小野塚さんのお友達だし、心配要らないでしょう。ただ、見ず知らずの人間が、誕生パーティーにいきなり出向いて大丈夫かしら?」
そんな見当違いの心配をし始めた美子に、美実は笑って説明した。
「私もそれはちょっと心配だったから聞いてみたんだけど、小野塚さんが『皆、気の良い人間ばかりだし、花束付きの女の子なら笑って歓迎してくれますよ』って言ってくれて。女の子って年じゃないし、妊婦だから色々恥ずかしいけど、滅多にない本物に会えるチャンスだもの! 多少厚かましいけど、この際、小野塚さんを口実に押し掛けさせて貰うわ!」
「あまり興奮して、周りの皆さんのご迷惑にならない様にだけ、気をつけなさいね?」
「は~い。気をつけま~す」
握り拳で行く気満々の美実を、美子が困った様に笑いながら注意したが、秀明は(気をつける方向性が違うだろう!?)と盛大に顔を引き攣らせながら、心の中で怒声を浴びせた。すると昌典が、不安を隠そうともせずに確認を入れてくる。
「その……、美実?」
「何? お父さん」
「結局、小野塚さんとの事は、どうする気だ?」
そう尋ねられた美実は、一瞬きょとんとしてから、漸く言われた内容を理解した。
「どうするって……、ええと……、縁談の事?」
「勿論そうだが」
「それなら、小野塚さんが『あまり堅苦しく考えずに、お友達から始めませんか?』と言ってくれたから、『はい、そうですね』とお返事したけど?」
「は?」
あまりにもあっさりとした返事に、昌典は勿論、話に付いて行けなかった美野や美幸まで目を丸くしたが、他の者より立ち直るのが早かった秀明が、美子に尋ねた。
「おい、美子。それで良いのか?」
しかし美子は、落ち着き払って笑みを浮かべつつ答える。
「良いんじゃない? 当人同士がそう言ってるんだし。美実だってすぐに結婚とか考えていたわけじゃないんだし、寧ろその方が良いでしょう。小野塚さんもそこら辺を汲んで下さったんじゃないかしら? 本当に今時の方には珍しく、物の道理を弁えた謙虚な方ね」
「…………」
そう満足そうに頷いている美子を、秀明は無言で軽く睨んだ。その様子をテーブルの反対側から窺っていた美幸と美野が、小声で囁き合う。
「美子姉さんって、時々もの凄くオバサン臭い台詞を口にするよね?」
「しっ! 美幸、黙って! 余計な事は言わないの!」
しみじみと感想を述べた美幸を、慌てて美野が叱り付け、そんな妹達の様子を横目で見ながら、美実は上機嫌なまま夕食を食べ進めた。
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