裏腹なリアリスト

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56.形勢不利

公開日時: 2021年6月27日(日) 21:27
文字数:5,013

「あず~!」

「うぁ~!」

 久しぶりに玄関先で顔を合わせるなり、喜んで声を上げた娘と姪に苦笑しながら、美子はやって来た妹に声をかけた。


「いらっしゃい。今日は泊まっていくんでしょう? ゆっくりしていって」

 そこで安曇を美子に預かって貰った美恵は、ブーツを脱ぎながら当然の如く答える。


「せっかく来たんだもの。最初からそのつもりよ」

「相変わらずね。お茶は出すけど調理中だから、勝手にのんびりしていて」

「構わないわよ。ご馳走のお相伴になるだけで、感謝してるわ」

 美子は苦笑しながら相変わらずの妹に安曇を渡し、お茶を出す為に台所に向かった。二泊する為の荷物も宅配便で送りつけておいた美恵は、娘だけを抱えて奥へと進む。


「えーちゃん。あずちゃん、あそんでいい?」

「ええ、お願い。遊んであげて?」

「うん!」

 並んで歩く美樹がうずうずしながら尋ねてきた為、美恵が笑いながら娘の相手を頼んだところで居間に着き、安曇を抱えながら慎重にドアを開けた。


「美野、美幸、ただいま」

「美恵姉さん、いらっしゃい」

「ハイローチェアを、ここに準備しておいたから」

「ありがとう」

 妹達に笑顔で出迎えられた美恵は、さっそくハイローチェアに安曇を寝かせた。そして美子からお茶を受け取り、美樹がさっそくおもちゃで安曇をあやし始めてくれたのを見て、リラックスしながら最近の動向を尋ねる。


「やっぱり実家は落ち着くわね。ところで最近、何か変わった事はあった?」

「大あり」

「もう、どうしようかと……」

「何があったの?」

「美恵姉さん、全然聞いてないの?」

「だから何を?」

 美恵が自宅マンションに戻って以降、余計な心配をかけさせない為に、美子は小野塚との間に持ち上がった見合い話や、美実と淳との間での子供の親としての義務云々の話は全く知らせていなかった為、美野の説明を聞いて目を丸くした。そして聞き終えてから、呆れかえった表情になって、感想を述べる。


「ここを出てマンションに戻ってから、まだ二ヶ月も経っていないのに、何なの? その愉快過ぎる状況は?」

「全然楽しく無いわ」

「笑い話でもないし」

 美野と美幸が困惑顔で溜め息を吐いたところで、外出していた美実が帰って来て、居間に顔を出した。


「ただいま。あれ? 美恵姉さん、もう帰って来てたのね。もう少し遅くなるかと思っていたわ」

「せっかくのクリスマスイブに、康太はお世話になってる出版社の人達と忘年会だから、半分当てつけで会社を早く上がって来ちゃったの。泊まってもいくしね」

 苦笑いしながらのその説明に、美実もコートを脱ぎながら笑って応じる。


「クリスマスイブに忘年会? その出版社の人達って、恋人とか奥さんがいない人ばかりなのかしら? 父さんと義兄さんは、会議で遅くなるって言ってたけど」

「あら? そうすると、今夜は美樹ちゃんや安曇を含めて女だけ?」

「そうなっちゃうみたいね。本当だったら思う存分羽目を外せる筈なのに、妊娠中だから残念だわ」

「安心しなさい。私があんたの分まで飲んであげる」

「美恵姉さんだって、まだ授乳中でしょう? 美子姉さんがお酒を飲ませる筈がないわ」

「うわ……、少し位飲ませてくれるように、あんた達姉さんに頼んでよ」

「却下」

「無理じゃないかと」

「頼むだけ無駄だよね」

「あんた達、本当に頼み甲斐が無いわね」

 ひとしきりそんな事を言い合ってにぎやかに笑いあってから、美幸が姉が持ってきた物に気が付いた。


「美実姉さん。その荷物は? 出掛ける時には持って無かったと思うけど。買ってきたの?」

「小野塚さんから、クリスマスプレゼントを貰っちゃったの。ストールと膝掛けのセットよ。身体を冷やさない様にって」

 ソファーに座ったまま足元に置いておいた紙袋を持ち上げて見せた美実に、美野と美幸は微妙な表情になり、美恵は驚いた表情になった。


「美実。あんた今日、例の見合い相手と会ってたわけ?」

「うん、そうだけど?」

「そうだけどって……」

 美恵が口ごもるのと同時に、美野がある事を思い出して慌てて立ち上がる。


「あ、あのっ! 美実姉さん! さっき小早川さんから、宅配便が届いたの。クリスマスプレゼントじゃないかと思うんだけど。今、持って来るから!」

「あ、ちょっと、美野!」

 血相を変えてバタバタと居間を出て行った美野を唖然として見送った美実に、美恵が興味津々の声をかけてきた。


「美実、そのプレゼント、見せて貰って良い?」

「うん、構わないけど……」

 僅かに躊躇いながらも、美実は紙袋から箱を取り出し、ローテーブルの上に置いた。そして蓋を開けて姉達に中身を披露する。


「へえ? なかなかのチョイスよね。落ち着いたデザインと色合いだわ」

「ブランド品だし、この手触りは最高級品だよね」

 美実に断りを入れて品物を取り出し、美恵達が感心していると、美野が箱を抱えて戻って来た。


「美実姉さん、お待たせ!」

「そんなに慌てなくて良いから」

「美実? 当然こっちも見せてくれるわよね?」

「分かったから。今開けるわ」

 美野からその箱を受け取った瞬間、(小野塚さんのプレゼントと同じデパートの包装紙? 偶然ね)などと思ったが、そのまま包装紙を開けて中身を出した。そこで現れた物を見て、思わず固まる。


「あれ? 小野塚さんから貰った物と同じブランド?」

「箱の形と大きさも、同じ位ね」

「同じ位って言うか、全く同じに見えるけど……」

「…………」

 そこで何とも言い難い空気が室内に漂ったが、このまま箱を眺めていてもしょうがないと、美恵が妹を促した。


「ほら、開けてみなさい」

「……うん」

 そして恐る恐る蓋を開けてみた美実だったが、中に入っている物を見て呆然となった。


「これって……」

「全く同じ物、よね?」

「凄い偶然。こんな事ってあるのね」

 しかしここで、急に美恵が険しい顔つきになって美実を追及する。

「美実……。あんたまさか、どっちにもこれが欲しいって言ったの?」

 その疑惑に、美実は真っ向から反論した。


「そんな事、言うわけ無いじゃない!」

「だってありえないでしょう? それぞれ別に贈られた物が、全く同じだなんて。片方を残して、もう一つはリサイクルショップやブランド商品の買い取り業者に叩き売って、現金化する気? そんなせこい事がバレたら、美子姉さんに問答無用でこの家から叩き出されるわよ?」

「なにそれ? 人聞き悪過ぎるわよ!! 美恵姉さんじゃあるまいし!」

「私じゃあるまいしって、どういう意味よ!? 私はちゃんと全員に、それぞれ違う物を催促したわよ!!」

「それ、威張って言う事じゃ無いわよね!?」

「二人とも落ち着いて!」

「全員って美恵姉さん、昔、最大何股かけてたのよ!?」

 そんな興奮した姉妹の不毛な論争に収拾を付けたのは、調理の合間にひょっこり居間に顔を出した美子だった。


「あなた達、何を騒いでるの? あら、美実。お帰りなさい」

「……戻りました」

「皆、どうしたの? それにその箱は何?」

 途端に口を閉ざした妹達に、美子は怪訝な顔を向けながら、テーブルの上に置いてある二つの箱に目を向けた。その為、美実が説明する。


「あの……、こっちは今日小野塚さんと会った時に貰ったクリスマスプレゼントで、こっちは宅配便で届いた淳からのプレゼントなんだけど……」

 しかしそれを聞いても、美子は不思議そうな表情を変えなかった。


「なんだか、全く同じ物に見えるけど?」

「同じ物みたい……」

「へえ?」

 そこで美子ははっきりと面白そうな顔つきになり、二つの箱をしげしげと見下ろしてから、今開けたばかりの箱の方を指さしながら予想外の事を言い出した。


「珍しい事もあるものね。それならこっちを私に頂戴?」

「え?」

「美子姉さん、でも、それは……」

「だって同じ物を二つも要らないでしょう? それとも美実は、私とペアは嫌かしら?」

 妹達が何か言いかける中、美子はにこやかに笑いながら問いかけ、そんな事を言われた美実は、拒絶などできよう筈が無かった。


「いえ……、日頃お世話になってますし、宜しければ差し上げます……」

「ありがとう。大事に使わせて貰うわ。皆、そろそろご飯にするから。座敷の方に移動してね? それじゃあ、これは部屋に置いてくるわ」

 そう言ってあっさり手つかずの箱を持ち上げ、上機嫌で部屋を出ていく美子を見送ってから、美恵は気づかわし気な表情で美実に尋ねた。


「いいの?」

「だって……、ああ言われて嫌だなんて……」

 俯いて言葉を濁した妹を見て、美恵は重い溜め息を吐き出す。


「言えないわね」

「だけどよりにもよって、どうして全く同じ物……」

「それに先に開けていれば、小野塚さんの方を取られたと思うのに……。小早川さん、とことん運に見放されてるわ」

 そこで長姉の容赦の無さと淳の運の無さに、美野と美幸は揃って頭を抱えたのだった。


 その後開始されたクリスマスパーティーは、久しぶりに五人姉妹が顔を揃え、それぞれ抱えている問題などは棚上げして大いに盛り上がり、無事にお開きとなった。そして夜もかなり更けてから、昌典と秀明が揃って帰宅した。

「お帰りなさい。二人とも遅かったわね」

 玄関先で苦笑いで出迎えた美子に、昌典が軽く詫びを入れる。


「ああ、すまん。会議の後、主だった面々で急遽飲みに行く事になってな」

「皆、もう寝ているのか?」

「美野と美幸は、まだ起きていると思うけど。美恵は仕事で疲れていたのか、美樹と安曇ちゃんと一緒にぐっすりよ」

「そうか。それならサンタクロースの出番だな」

 靴を脱いで上がり込みながら秀明が口にすると、若干心配そうに美子が確認を入れる。


「美恵が大きな靴下持参で来たんだけど、大丈夫?」

「見くびるな。それ位、想定済みだ」

「それなら良かったわ。安曇ちゃんはまだ小さいから分からないでしょうけど、一応ちゃんとあげたかったし」

 秀明が余裕綽々で答え、それに美子が安堵した表情で応じたのを聞いて、昌典は心底呆れた表情になった。


「ちゃっかり自分の娘のプレゼントまでせびるとは……。本当に美恵は相変わらずだな」

「良いじゃない、それ位」

「本当にお前は、陰で妹達に甘いな。ところで美子。そのストールは見た事が無いが、最近買ったのか?」

 鷹揚なところを見せた美子に苦笑いしながら、昌典が見覚えの無い物に目を止めると、彼女は笑って答えた。


「美実から貰ったの。普段お世話になってるからって」

 それを聞いた昌典が、しみじみと呟く。

「そうか。美恵と比べたら、美実の方がはるかに常識をわきまえているな」

「美実ちゃんに、後で礼を言っておくから」

 しかしここで美子が、男達にとって予想外の事を言い出した。


「あ、お礼を言うなら小早川さんに言ってくれない?」

「淳に?」

「どうしてだ?」

 途端に怪訝な顔になった二人に、美子が笑顔のまま説明する。


「小早川さんから美実に送られてきた物を貰ったのよ。全く同じ物を、美実が小野塚さんから貰って帰って来たから。同じ物を二つも要らないだろうから、箱から出していない方を頂戴と言ったの」

「…………」

 それを聞いた昌典達が、微妙な表情で互いの顔を見合わせていると、美子が何事も無かった様に尋ねてくる。


「二人とも、軽くお茶漬けでも食べる?」

「あ、ああ……」

「そうだな」

「じゃあ準備はしてあるから、すぐに出すわね。食堂で待っていて」

「分かった」

 さっさと台所に移動した美子の後を追いながら、昌典は秀明に囁いた。


「秀明……、彼にこの事を知らせるのか?」

「直接美子が電話をかけたりしたら、淳のダメージが甚大になりそうな気がしますので」

「これは、あれか?」

 並んで歩きながら、低い声で短く確認を入れてきた舅に、秀明は苦虫を噛み潰したような表情で頷く。


「ええ。おそらく小野塚が淳に尾行を付けて、美実ちゃんに何を贈ったのかを、正確に把握しておいたんでしょう。配達日時も確認の上で、淳の物が手元に届く前に確実に手渡し……。どこまでもえげつない奴だ」

 盛大にした秀明を見て、昌典は深々と溜め息を吐いた。


「この前からの“あれ”の事もあるしな。なるべくショックを受けない様に話してやってくれ」

「それは、どう考えても難しいですが……。なるべく努力してみます」

「頼む。最近、彼が不憫でしょうがない」

 昌典の本心から憐れむ表情を見て、秀明は少々意外に思い、次に彼には珍しく気が重くなった。


(当初あれほど激怒していたお義父さんに、ここまで哀れまれるなんて。良い事なのか、悪い事なのか)

 そして一向に終わりの見えないこの騒動に、心底うんざりしながら、食堂に入るドアを開けた。


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