「それじゃあ、淳。お父さんや美子姉さんに対して、淳が子供の父親としてどれだけ相応しいか、それから子供に対してどんな責任を負って、どう果たすつもりなのかを、きちんと示して欲しいんだけど。それで二人が満足したら、私と結婚しなくても淳を家族の一員と認めてくれると思うわ」
その提案に、淳は少し考えてから、冷静に確認を入れた。
「要するに、子供の父親としてのプレゼンみたいなものか」
「そう言う事ね」
「確かにその通りだな。それなら俺は、何をどう証明すれば良い?」
「それは淳が考えて」
「え?」
「そんな無茶苦茶な! 美実姉さん、無茶振り過ぎるわよ!! まず方法を考えて、それを認めて貰った上で、きちんと遂行しなくちゃいけないって事でしょう!?」
「だって、そんな事今まで考えていなかったから、自分でもどうすれば良いのか、良く分からないんだもの」
まさかの丸投げ状態に淳は呆然となったが、美幸は慌てて美実を非難した。それに美実が困った様に弁解していると、淳が押し殺した声で了承の返事をしてくる。
「……分かった」
「小早川さん!?」
慌てて美幸は淳に視線を向けたが、彼は淡々と話を進めた。
「条件を飲もう。まずは俺から、藤宮家と子供に対する誠意を示す方法を、提示すれば良いんだな?」
「ええ。それで美子姉さん達が納得したら、それをきちんとやり遂げるか、その計画とかを示して欲しいの」
「それじゃあ、期限は?」
「私の出産予定日までに、諸々をきちんと終わらせるって言うのは?」
「十分だ。美子さんにもそう伝えてくれ」
「そうするわ」
美実とすこぶる冷静に話を纏めた淳は、そこでテーブルに有った伝票を取り上げて立ち上がった。
「じゃあ、俺は先に行く。支払いはしていくから、二人はゆっくりしていってくれ」
「あ、あの……、御馳走様です」
かなり恐縮して頭を下げた美幸に軽く笑いかけて、淳はそのまま会計を済ませて店を出て行った。その間、静かに座っていた美実に、美幸が心配そうに囁く。
「美実姉さん。本当にあれで良かったの?」
それに美実は、小さく笑いながら頷いた。
「ええ。気まずい思いをさせちゃったわね。そのケーキセットは淳の奢りだけど、他に食べたい物があったら私が奢るわよ?」
「本当? それならもう一回、ケーキセットお願い」
「ええ。どれにする? 私も一緒に頼むわ」
そして緊迫感溢れる会談が終了した事で、それから二人はリラックスしてケーキを味わってから帰路に就いた。
その日の夜。台所の片付け等が終わった時間を見計らって、美実は美子夫婦の部屋のドアをノックした。
「美子姉さん、入っても良い?」
「ええ、構わないわよ?」
そして部屋に入ると、椅子に座って何やら話していたらしい義兄の姿を認めた美実は、慌てて頭を下げる。
「お義兄さん、お邪魔してすみません」
「気にしないで良いから。それより、美子に話があるんだろう? 俺は席を外そうか?」
「いえ、できればお義兄さんも一緒に、話を聞いて欲しいんです」
「そうなんだ。今は二人とも暇だし、遠慮無くどうぞ」
そして秀明が立ち上がり、座っていた椅子を勧められた美実は、恐縮しながらそれに座って美子と相対した。
「ええと……、それでは、ですね。美子姉さんから、未だに接触禁止令が出ているのは重々承知の上で、今日、ある所で淳と会って来たんですが……」
「あら、そう……」
ビクビクしながら話を切り出した美実だったが、美子は頭ごなしに叱り付けるわけでも無く、言葉少なに応じた。しかしそれで逆に不気味さを感じてしまった美実は、かなり萎縮しながら話を続ける。
「その……、一応、美幸も一緒に行ったので、和気藹々とした会話をしてきたわけでは無くて、寧ろ、どちらかと言えば、殺伐とした会話だったのでは無いかと……」
「御託は良いから、さっさと本題に入りなさい」
「はっ、はいっ!」
ピシッと命令され、美実は慌てて手短に淳とのやり取りを語って聞かせた。そして話し終えてから、恐る恐る美子の顔色を窺う。
「ええと……、以上です」
「良く分かったわ。あなた。小早川さんに了承したと伝えて頂戴」
「良いの?」
「良いのか?」
あっさりと了承した美子に、秀明は勿論、美実も意外に思って問い返したが、美子は無表情のまま素っ気なく言い放った。
「ええ。どんな内容を考えてくるか楽しみね。美実、話が済んだならもう良いわよ?」
「う、うん。失礼します」
まだ少し動揺しながら美実が部屋を出て行くと、秀明が溜め息を吐いて感想を述べた。
「これはまた……、美実ちゃんも随分面倒な課題を出したものだな」
「私に言わせれば、それ位当然よ」
「因みに、お前だったらどんな事をしたり、どんな内容を提示したら納得するんだ?」
「…………」
さり気なく秀明が問い掛けた途端、美子は夫を冷たい目で睨んだ。それを見た秀明が、苦笑いで応じる。
「ちょっと聞いてみただけだろう、そう睨むな。淳に情報を流すつもりも無いし」
「そういう事にしておいてあげるわ」
「本当に信用が無いな」
「今更な事を言わないで」
何かする事を思い出したらしく、若干不愉快そうな顔で立ち上がって歩き出した彼女の背中に、秀明が何気なく声をかけた。
「美子」
「何?」
「どんな内容を考えてやらせても、最後に不満だからと拒否すれば良いだけの話だとか、考えてはいないよな?」
「あなたじゃあるまいし、どんな性格破綻者よ。一応ちゃんと正当に評価はしてあげるわ」
「……そうか」
正直、どうだろうかと思った秀明だったが、ここでわざわざ口にしたら怒られるのは確実な為、無言で部屋を出て行く彼女を見送った。すると何やらスラックスを引っ張られているのが分かった秀明は、足元を見下ろしながら娘に声をかける。
「美樹、どうした?」
すると、父親のスラックスをくいくいと引いていた美樹は、その手を離して見上げながら尋ねてきた。
「あっちゃん、ぷち?」
その問いかけの意味が分からず、秀明は困惑顔で尋ね返す。
「美樹? 『ぷち』って何だ? 淳は小さくは無いぞ? 萎縮して小さくなったりもしていないし」
「がけっぷち」
「………………そうだな。色々な意味で崖っぷちで、踏ん張りどころだな」
娘の口から唐突に出て来た言葉を聞いて、秀明は一気に疲労感を覚え、深い溜め息を吐いたのだった。
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