裏腹なリアリスト

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69.藤宮家の憂鬱

公開日時: 2021年7月11日(日) 11:42
文字数:3,217

 昌典の剣幕に圧倒されて、取り敢えず休んだ翌朝。早く目が覚めてしまった美実は、朝の忙しい時に電話をかけても迷惑かとメールを送ってみると、即刻淳から電話がかかってきた。そして予想通り、実家から一連の騒動の騒動を聞かされているのが分かって、溜め息を吐いて項垂れる。


「そう……。やっぱり実家の方から連絡があったのね。それで、旅館の方は大丈夫そうなの?」

「ああ、変に心配するな。そうそう簡単に潰れるものでも無いからな」

「それなら良いんだけど……」

 結局淳に宥められ、通話を終わらせた美実だったが、全く気分が晴れなかった。


(でも、あの秀明義兄さんが動いているし……。本当に大丈夫かしら?)

 溜め息を吐きながら、それでも朝食の時間が近付いていた為、彼女が食堂に下りていくと、そこでは美子が妹達に言い聞かせている真っ最中だった。


「……詳細は省くけど、お父さんがパーティー会場で小早川さんのお姉さん夫婦と遭遇して、見当違いな事を言われて、腹を立てて昨夜帰って来たの。それで今、お父さんの機嫌が物凄く悪いから、くれぐれも怒らせない様に。分かった?」

「分かりました」

「はぁ~い」

 美野は真剣な面持ちで頷いたが、美幸はどこか不真面目に応じた。その為、美子の雷が落ちる。


「美幸、変に延ばさない! 大体、あなたが一番言動に気を付けなきゃいけないのよ? ちゃんと自覚しなさい!」

「大丈夫だって」

「本当に分かっているの? 小早川さんとか新潟とか旅館とか、お父さんを刺激する様な事を、ポロッと口走らないでよ!?」

「くどいって! それ位、分かってるから!!」

 そこで言い合いになりかけた為、慌てて美実が割り込んで口論を止めさせた。


「美子姉さん、そろそろお父さんが下りて来る時間よ? ほら、あんた達も席に着かないと」

「そうね」

「はい」

 そしてどちらも若干不満そうな顔つきのまま、美子は台所に配膳に行き、美幸達はおとなしくテーブルに着いた。その直後に食堂のドアが開いて、昌典が姿を見せる。


「お父さん、おはよう」

「……ああ」

 しかし言葉少なく応じた父が明らかに仏頂面だった為、声をかけた美野は勿論、美実と美幸も揃って顔を引き攣らせた。


(うっ、分かってはいたけど不機嫌。朝からここまであからさまなのは珍しいわ。さすがに美幸にも、しっかり理解できたみたいだけど)

 そして姉妹揃って戦々恐々とする中、美子が昌典の分を朝食を運び、皆で揃って朝食を食べ始めた。しかし常とは違って静まり返っている室内に、昌典が何気ない口調で、美幸に声をかけてくる。


「何だ、今日は随分静かだな。美幸、具合でも悪いのか?」

「うっ、ううん! そんな事無いから! 今日もご飯が美味しいし! 美子姉さんの糠漬けは、本当に絶品だよねっ!?」

「……そうだな。これはお義父さんもお好きだった」

 半ば狼狽しながら美幸が答えた内容に、昌典は微妙に声のトーンを低くし、美子と美実は顔色を変えた。しかし美幸は姉達の微妙な反応に気が付かないまま、話を続ける。


「うん。おじいちゃんは、おばあちゃんが漬けた糠漬けが一番って言ってたものね」

「ああ。『これが我が家の味だ』と、満面の笑みで仰られていたな。その藤宮家伝統の味を、お義母さんが深美に引き継ぎ、それを美子にきちんと伝え、今でも守られているわけだ……。それに比べたら私は、お義父さんの期待に応える事が、できているかどうか分からんな……」

 そうして自嘲気味な薄笑いを浮かべながら、黙々と冷気を発しつつ食べ続ける父親を見て、美子と美実は目線で美幸を叱り付けた。


(美幸! あんたって子は!!)

(何、余計な事を言ってるのよ!?)

(ちょっと待って! さっきの会話のどこがNGワードだったの!?)

 ブンブンと涙目で首を振った美幸だったが、それ以後状況が改善する事は無く、食堂内には最後まで張り詰めた空気が満ちていた。


「朝から疲れたわ……」

「同感……。暫くは覚悟しないとね」

 妹達の登校と昌典の出勤を見送ってから、美子と美実はぐったりして今のソファーに座り込んだ。しかしそのままダラダラする事も出来ず、お茶を一杯飲んでから、気合を入れて立ち上がる。


「美子姉さん。ちょっと部屋で仕事をしてるから」

「分かったわ。美樹、美実の邪魔をしちゃ駄目よ?」

「うん」

 そうして自室に籠った美実だったが、机に向かっても昨夜の話が頭から離れなかった。


(どうしよう……。今のお父さんに、淳の実家の買収とか止めてくれって頼んでも、まともに聞いてくれる筈無いよね? それにお父さんが濡れ衣を着せられた、これまで旅館にされてた嫌がらせってどういう事かしら?)

 仕事に意識を向けようと頑張った美実だったが、三十分程で白旗を上げた。


「うぅ~、考えても分からないし、気になって全然仕事にならない……。どうしよう」

 そう呻いて机に突っ伏した時、美実の携帯が鳴り響いて着信を知らせた。慌てて発信者を確認したが、ディスプレイに出ている名前を見て躊躇する。


「小野塚さん? どうしよう……、凄く気まずいんだけど、無視したら失礼だよね?」

 迷ったのは一瞬で、美実は即座に通話するべくボタンを押した。


「はい、美実です」

「小野塚です。急にお電話してすみません。ちょっとお話があるのですが、今、宜しいですか?」

「はい、何でしょうか?」

「あの……、いきなり変な事を言ってしまって、申し訳ありません。もしかしたら美実さんのお付き合いしている方の実家が、嫌がらせめいた事をされていませんか?」

「どうしてそれを!?」

 急に電話が来ただけでも困惑したのに、完全に予想外の内容を言われて、美実は驚いた声を上げた。すると和真が溜め息を吐いてから、困ったような口調で続ける。


「やはりそうでしたか……。実は私の職場について以前お話しした時に、大きく二つに分けて信用調査部門と防犯警護部門がある事はお話ししましたよね?」

「はい。それで小野塚さんは、信用調査部門の部長補佐なんですよね?」

「ええ。それでその部門の中には、一部特殊な班があるんです。分かりやすく言うと、特殊工作班なんですが」

 そこまで聞いて、流石に美実は顔を強張らせた。


「……何ですか、そのあからさまに物騒な響きの名前は?」

「要するに、警護でも調査でもそれを容易にする為の、各種工作活動や根回しをする班と言いますか……。特殊な物品調達や事前潜入や陽動活動とか。あまり詳しくは口にできませんが」

「それがどうかしましたか?」

 激しく嫌な予感を覚えながら、美実が注意深く尋ねてみると、和真も若干声を潜めて応じる。


「基本的にそこは部長直轄なので、私がその活動報告資料や報告を目にする事は無いんですが、今日偶々職場で資料を見たら、見覚えのある名前が出てきたものですから。今職場に居るのですが、ここで長々と電話できないので、この近くまで出て来て貰えないでしょうか? 詳細をお話ししますから」

「ええと、それは……」

「場合によっては一連の事を止めさせる事も、可能ではないかと思います」

「本当ですか? 分かりました。すぐに伺います。場所を教えて下さい!」

 さすがに戸惑った美実だったが、和真から嫌がらせを止めさせる事が可能と聞いた途端、警戒心が吹っ飛んだ。そして勢い込んで待ち合わせ場所を確認すると通話を終わらせ、手早く身支度を整えて部屋を飛び出す。


「美子姉さん! ちょっと出かけて来るから!」

 自分達の部屋で美樹を遊ばせていた美子は、勢い良くドアを開けて叫んだ妹を不思議そうに見やった。


「あら、どうしたの?」

「野暮用! 何時に帰るか分からないから、お昼は要らないから。それじゃあ行って来ます!」

「行ってらっしゃい。気を付けてね?」

 しっかり着込んでバタバタと出かけて行った美実を見送った美樹が、不思議そうに尋ねる。


「みーちゃん、なに?」

「さあ? 急用でも思い出したのかしら?」

 そして母娘で不思議そうに首を傾げたが、どうしてここで詳しく話を聞かなかったのかと、美子は数時間後に後悔する羽目になった。


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