十二月も下旬に入ってから、美実は和真から連絡を貰って、午後の時間帯にとある喫茶店で待ち合わせたが、テーブルを挟んで座るなり、和真は彼女に頭を下げた。
「すみません、日中にお呼び立てしてしまって。せっかくのクリスマスイブですから、夜に一緒にお食事でもと思ったんですが、仕事でどうしても体が空かなくて」
申し訳なさそうにそんな事を言い出した相手に、美実は笑って手を振った。
「そんな事、気にしないで下さい。元々クリスマスイブの日は、毎年家でパーティーをする事になっているので、夜は出られないんです」
「そうなんですか?」
「はい。美子姉さんが用事を入れるなと厳命しているので、美恵姉さんが毎年『デートに誘われてるのに』と大喧嘩していました」
苦笑いした美実の台詞を聞いて、和真は僅かに首を傾げてから確認を入れる。
「今の口振りだと、喧嘩しても結局、下のお姉さんはデートとかには行っていないのかな?」
「あ、分かりました?」
「ええ、なんとなく」
意外そうに眼を見張った美実に、今度は和真が苦笑しながら告げる。
「藤宮家では姉妹全員、美子さんの言う事には逆らわないみたいですね」
「はい。なんかもう、刷り込みっぽいです」
「本当に仲が良いな」
そう言ってくすくすと笑ってから、和真は思い出した様に言い出した。
「そうそう、忘れる所だった。美実さん、これを持って行って貰えますか?」
「何でしょう?」
「ちょっとした、クリスマスプレゼントです」
「え? でも……」
和真が隣の椅子に置いておいた紙袋から、包装された包みを取り出し、テーブルの上に置いた。結構大きなそれに、さすがに美実が戸惑っていると、和真が尚も言ってくる。
「ほんの気持ちですから。開けて中を確認して貰えますか?」
「はい。それでは失礼します」
突っ返すのも失礼かと、美実が慎重に包装紙を剥がしてみると、中から見知っているブランドのロゴが浮き出ている箱が現れた。それに内心で怖気づきながらも、被せてある蓋を上げて中を確認してみる。
二つに仕切られている箱の中には、同じデザインらしいキャメルを基調にし明るい格子柄の生地があり、美実はそれを持ち上げて確認してみた。
「これは……、ストールと膝掛け、ですよね? 凄い、肌触りが滑らかだし軽いけど、生地自体はしっかり織られていて暖かそう……。って! カシミヤ百%!?」
そこでサイズや材質を確認した美実は、それらの販売価格を想像して一気に青ざめた。
「あ、あのっ! 小野塚さん!」
「どうかしましたか? 気に入らないのなら交換を」
「そうじゃなくて! このブランドのこのランクだと、この二枚の組み合わせの合計は、下手したら十万近いんじゃないんですか!?」
「安心して下さい。十万はしていませんよ?」
「『十万は』って、じゃあ幾らしたんですか!?」
取り出した物を手にしたまま、狼狽著しい美実だったが、そんな彼女を見ながら和真は悪戯っぽく笑った。
「美実さん。プレゼントの購入金額を尋ねるなんて、野暮ですよ?」
「え? あ、はい、確かにそうですね。……そうじゃ無くてですね!?」
「これから一層寒い時期になりますし、妊婦に身体の冷えは大敵ですよ? 家の中でも廊下は結構寒いですし、夜に机に向かって仕事をする事だってあるでしょうから、手軽に羽織れる物をと思ったもので」
「それは確かに、そうですが……」
「ですから、後生大事にしまい込んだりしないで、汚れてよれよれになるまで使って下さい。そうすれば、購入した金額分の価値が出ると言うものです。他にこういう物をあげる人はいませんし、できれば使っていただけたら嬉しいです」
そう言って妙に押しが強い笑顔を振りまいた和真に、美実はそれ以上反論できず、素直に受け取る事にした。
「お気遣い、ありがとうございます。ありがたくいただきます」
「はい」
「その……、すみません。私、小野塚さんに何も準備してませんでしたし……」
自分だけクリスマスプレゼントを貰うという居心地の悪さに、美実は本当に申し訳なく思ったが、その様子を見た和真は、少し困った表情になった。
「気にしないで下さい。こちらが好きでやっている事ですから。実はこれは、ちょっとしたお詫びを兼ねているんです」
「お詫びですか?」
別に謝られるような事はされていないけどと、美実が不思議に思っていると、和真が真顔で言い出す。
「少し前にお姉さん夫婦が、私の事でなにやら揉めたとか。人づてに耳にしまして」
それを耳にした途端、美実は慌てて弁解した。
「いえいえ、それは確かに小野塚さんに多少関係があったかもしれませんが、本質的には姉夫婦の夫婦喧嘩がこじれただけでしたから! 小野塚さんがそんなに気に病む事ではありませんので」
「それなら良かったです」
そう言って微笑んだ和真に、美実は胸を撫で下ろしたが、少し前の電話のやり取りを思い出して問いを発した。
「それって……、やっぱり加積さんから、小野塚さんに伝わったんですか?」
「ええ。あそこの当主の加積康二郎氏と私は、遠縁に当たるんです。実家が九州の上、殆ど絶縁しているので、都内の加積家に時々顔を出しているんですよ。その折りに、少々お話を」
「そうでしたか……」
「どうかしましたか?」
そこで何やら考え込んでしまった美実を見て、和真は不思議そうに尋ねた。それに美実が、考えながら応じる。
「いえ、美樹ちゃんに頼まれて、桜さんと電話で話をした事がありますが、どんな方なのかなと思いまして。美子姉さんの友達みたいですが、声の感じだと年齢が随分離れている感じがしますし。どこでどんな風に知り合ったのかも、想像しにくくて」
「なるほど。それなら今度、会いに行ってみますか?」
「え?」
唐突に言われた内容に、美実は目を丸くしたが、和真は笑いながら話を続けた。
「そろそろあの家に、また顔を出そうかと思っていましたし、美実さんの話を聞いて、おじさん達も直に会ってみたいと興味津々でしたから」
「小野塚さん、一体どんな話をしたんですか?」
「変な話はしていませんよ? 本当です。それで、どうしますか?」
穏やかに尋ねられ、以前から加積夫妻に少し興味があった美実は、素直に頷いた。
「そうですね。機会があったら直接お礼を言いたいと思っていましたし、先方の都合が良い時に連れて行って貰えますか?」
「ええ、構いませんよ? あの家は若い人はそうそう訪れないので、美実さんならおじさん達は大歓迎してくれますから」
「それなら良かったです」
それから美実は、綺麗にショールとひざ掛けを畳んで箱に入れ、幾つかの話をしてから和真と別れた。そして背を向けた途端、和真が実に人の悪い笑みを浮かべていた事など、美実は全く気が付いていなかった。
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