アタシは商店街を駆けていた。薄暗い屋台に並ぶ品物は実用的な道具から胡散臭い飾り物など様々。現実世界と比べると見劣りしてしまう店の数々だった。
その長い道路には人が多くいる。宿が多いことや交通の便がいいことから、この町は旅人達に好かれているらしい。
が、今のアタシにそんなことは関係なかった。
「プラチナ!あとどれくらいだ!?」
「もう実質着いてるみたいなもんだよ!」
古びたビルとビルの間、その隙間の湿っぽい道を通り抜けると、そこに広がっているのは広めの草むら…………というより、手入れがされていない未開拓の場所だ。
そして、アタシが今通った場所と正反対の道の先にあるのは、乱れた空間。
「あった……ゲート!」
アタシは槍を装備し背中に構えた。今のところ、エネミーが現れる様子はない。だが、こないだのミノタウロスの時のように人間が出てくる可能性もある。
アタシは睨むようにゲートを監視した。
「どうだ、プラチナ」
「うーん、今んとこなんともないけど…………」
アタシがそう言うのとほぼ同時に、どこからともなくゴソゴソ……と音がした。聞き取れるか取れないかの微かな音、アタシ自身聞き覚えのない音、何か危険が近付いているとアタシに知らせる音…………。
一体、どこから……?
アタシが音の主を探して辺りを見渡してみる。すると、あることに気づいた。
アタシのいる場所の右、ビルと土の間に、穴が空いていた。大きさや形から、それが動物の巣だということは推測できた。それも、いわゆるネズミとかモグラのような小動物ではなく、タヌキやキツネくらいの中くらいの大きさの穴。
アタシはゲートとその穴の両方が見渡せる場所に位置取ろうとゆっくり移動する。
すると、瞬きをする間もなく穴の中から1匹の灰色のオオカミ型エネミー・人喰い狼が飛び出してきた!
「きゃっ!」
柄にもない悲鳴を上げながらも、アタシの目はしっかり人喰い狼の方に向いていた。大砲玉のように放物線を描いてアタシの頭に噛み付こうとする狼。
まずい!そう思った頃にはアタシは条件反射的にバックステップし、槍を狼に向けた。
アォォオオン!!狼は槍を避けるように体を捻り、そのまま地面に着地した。その狼を先端で追うように槍を動かす。
グルルルルル………………。
狼は目を鋭くさせながらアタシに敵意を向ける。対するアタシも一歩も引かず狼を睨みつけていた。
人喰い狼に襲われた人間の最期は酷いものだ。ヤツらは獲物を殺してから死体を食らうのではなく、いきなり生きている獲物の肉を食う。
生きたまま体を食いちぎられる苦痛は何物にも変え難い。
アタシはそれがどれだけ恐ろしいかを知っている。だから、ここでコイツと決着をつけなければならない。
アタシがここで踏ん張らないと、コイツは現実世界の人間を喰い始めるから。
お互い睨み合う中、最初に動き出したのはアタシだ。手に持った槍を銃に変更し、避ける隙も与えず即座に引き金を引いた。
照準が合っていなかったのか弾丸は狼の体を掠る程度だったが、それでも体に大きな傷ができた。
よし、次こそ当てる……!
そう意気込み、今度は照準をしっかりと定めた時。
狼はアタシに向かって水平に飛びかかってきた。
「…………!!」
アタシは咄嗟に武器を槍に変更してその柄で攻撃を受け止めた。が、狼は柄の部分に噛み付いて離そうとしない。アタシは狼の胴の傷に回し蹴りを入れて狼を振り切った。
今のは……危なかった。一歩間違えれば喰われていた。アタシは自分の胸に手を当て、呼吸を整える。狼も最初こそ痛みにのたうち回ったが、すぐに立ち上がりまたアタシを睨む。
アタシは槍を持ったまま狼と一定の距離を保つ。もしさっきみたいに飛びかかってきても余裕を持って対処できる距離を。
…………アァァアオオン!!
狼は遠吠えをしたと同時にアタシに向かって飛びかかってきた。が、ある程度距離を保っていたのが作用して対処は簡単だった。
そう思っていた。
「うわっ!」
運が悪かった。アタシは足元の草に足を滑らせて転んでしまったのだ。大自然の恐ろしさを身をもって痛感した。
ガルルァ…………。
狼は爪を立てて倒れたアタシの上に乗った。明らかにアタシを獲物として見ている。
「…………やばい!」
アタシは急いで銃を装備し、銃口を狼に向ける。が、間に合わなかった。人差し指を引き金にかけた頃には狼は口を開けていた。
アタシは避ける間もなく、銃ごと右腕に噛みつかれてしまった。
なんてね。
狼がアタシの腕を口に含んだ直後、狼の腹は不自然に膨れ出した。内側から何かが体を突き破ろうとしているように、歪な膨らみ方をしている。
グッシャァアア!
狼の体は一瞬で真っ二つになった。
アタシは装備した斧を地面に立て、ふぅ、と一息ついた。自分でやったとはいえ、こうまでグロテスクな死体を見せられると同情する。
今アタシは狼の口の中で武器を斧に変更した。口の中で発砲するのでも良かったが、万が一不発する可能性を考えて安牌を取った。
結果、狼は見るも無惨に骸と化した。
「あ〜ビックリした」
アタシは胸を撫で下ろし、槍に突き刺さった人喰い狼の死体を外した。この個体、少し痩せている。どうやらまだそんなに人を食ってはいないようね。
腹から消化しきれなかった髪の毛がはみ出しているから喰ったことに間違いはないだろうけど、せいぜい1人や2人くらいかな。
…………そんなに人を食ってはいない?それはおかしい。少し外に出れば、辺りは人まみれだ。この路地に迷い込んだ人間を食うだけでも十分な餌になる。
それに、一度人の肉の味を覚えた野生動物は人間を襲い続けると聞いた事がある。もし1人でも人を喰ったなら、表の商店街の人達を襲うはず…………。
なのに、なぜこの個体は痩せている?
いや、そもそも人喰い狼は林や砂漠に生息するエネミー。こんな市街地にねぐらを作るわけがない。
まさか……人為的にここに連れてこられた?
でも、だとしたら尚更人を襲わない理由が分からない。人為的に人喰い狼をこんな場所に連れてきたということは、人に危害を加える目的があったということ。人を襲わない個体をわざわざ連れてくるかな……?アタシだったら逃がすと思う。
「………………まさか!」
アタシはさっき狼に噛まれた右腕を見た。腕には少し甘噛みされた程度の痕しか残っておらず、とても喰われそうになったようには見えない。
アタシを喰うつもりはなかったってこと……?
いや、噛む直前までは本気でアタシを獲物として見ていた。でもいざ喰おうとした時にそれをやめたってことは……。
…………アタシが不味かったとか?
なんか、ショックだな。いや喰われたかった訳じゃないけど……ちょっと食生活見直そうかな……。
アタシがテンション下げで立ち上がって視線を上げた時。全てが繋がってしまった。
「……ゲート!」
そうか……こないだのフード男は「ゲートの出る場所が予測できる」と言っていた。もしそれが、何週間単位の広い範囲まで分かるとしたら……ゲートがここに出る前提でここに人喰い狼を置くことも出来る。
そう考えると、町の人が襲われない理由も見えてくる。いや、正確には町の人が襲われず、アタシだけが襲われた理由。
それは、アタシには現実世界の匂いがついていたから。
この人喰い狼は現実世界の人間の肉を喰い、その味を覚えさせられた。だから匂いの違うリバースの人間は襲われなかった。
確かこのゲートの先には大地がいたはず……。もしアタシが見落としているだけで、他の個体がゲートを通っていたとしたら!
「大地が危ない!」
アタシは全力でゲートに向かって突っ込んだ。
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