ワールドイズマイン

〜自分好みに作ったアバターが現実世界に出てきたんですが〜
セリシール
セリシール

第3話「白銀の初陣」

公開日時: 2020年9月14日(月) 22:15
文字数:3,568

 目を疑った。目を疑うしか無かった。

 俺の目の前に唐突に現れたそいつは、どこからどう見てもプラチナだった。

 しかも、プロジェクションマッピングとかVR映像とか、そんな簡単な技術ではない。そこには実体を持っている少女が、ミノタウロスを前に悠々と立っていたのだ。


「お、おい…………本当に、プラチナなのか?」


 プラチナは首を傾げながら俺に言う。


「なーに言ってんのさ。アタシの事、毎日見てるでしょ?」


「それはそうだが…………」


 それはあくまでゲームの話。確かに『リバース』では嫌というほど見ていたが、現実世界では初めて見る。

 いや……今そんな事を考えている暇はないんだ。

 なぜプラチナが現実世界にいるのか、なぜミノタウロスがここに存在するのか。

 俺の頭はその事でいっぱいだった。


「なんで……お前がここにいるんだ?」


 プラチナは「んー」と唇を人差し指で押し上げながら体を何度か捻った。


「今から説明すると、長くなるかなー」


 …………そりゃそうだ。こんな非現実的な事が起きて、短い説明で済むわけがない。


「別に説明は後でもいいでしょ?まずはアイツをなんとかしなきゃ」


 そう言うと、プラチナは目の前にいるミノタウロスを指さした。ミノタウロスは荒い鼻息と心臓のように動く筋肉、そして何よりこの世のものとは思えない立ち姿で俺を威嚇していた。


「なんとかするって言ったって、どうすれば……?」


「え?倒せばいいだけの話だよ?」


「そう簡単に言うなよ……。ここは『リバース』じゃねぇんだ。お前だって、本来の力を出せるか分かんねぇんだ。

 戦って勝てる確率は低い。ここは一旦逃げて助けを呼ぶなり作戦立てるなり――――」


 と、そこまで言うとプラチナは俺の言葉を遮った。


「ここってさ、『リバース』で言うとどの辺なの?」


「……え?……あぁ、えっと」


『リバース』のマップは現実世界と対応している。というか、現実世界とほぼ同じだ。川や山、大きいものなら建物だって再現されている。

 その精密なクオリティも人気のひとつだ。


「多分……マキュリーの北の方だな。それがどうしたんだ?」


 プラチナはそう聞くと、「ふーん」と笑い右腕を真横に突き出した。


「敵はミノタウロス、この場所はマキュリーとほぼ同じ、そして私とあなたが協力して敵を倒す…………」


 次の瞬間、無から突然見覚えのある槍が生み出された。プラチナはそれをぐっと掴み、地面に突き刺すように立てた。


「それって、『リバース』とどう違うの?」


 ………………………………!

 その一言で、俺の中の何かが逆転した。

 そうだ、プラチナの言う通りだ。今のこの状況、『リバース』と何ら変わりはない。

 だったら、俺の得意分野だ。


「……言うじゃねぇか、プラチナ」


 俺は内側から溢れる熱で足先に力を込めた。そのまま床板を蹴りあげ、嵌っていた足を開放させた。床が砕け散る爆音と同時に、俺の足は高く上がっていた。

 そのまま足の裏を地面にくっつけ、運良く近くに落ちていた鉄パイプを拾ってミノタウロスに突きつけた。


 確かにミノタウロスは『リバース』の中でも強いエネミー。だがそれはプレイヤー全体で見た時の評価だ。

 俺からすれば、こんなやつ雑魚以外の何者でもない。ロクな素材すら落とさないこのエネミーに、俺は何をびくびくしていたのだろう。


「かかってこいよ、そのまま俺のEXPにしてやる」


 グモォォオオオオオ!!!!


 俺が煽るように手招きすると、ミノタウロスは憤怒したように雄叫びを上げた。が、もちろん俺達の言葉は通じない。動作だけで怒りを憶えたと同時に、ある攻撃の準備が整った事がミノタウロスの雄叫びを発生させていた。


 そしてこの予備動作は俺もプラチナもよく知っている。


「プラチナ、ここは一旦俺に任せろ」


「いいの?先に言っとくけど、アタシはともかくあんたは死んでも教会で復活できないんだよ?」


 チッ。都合の悪いところだけ現実世界なんだな。まぁさして関係はない。


「構わねぇよ、そんぐらい。俺がミノタウロス如きに負けるとでも思ってんのか?」


「ふーん、まいいや。今はあんたに賭けてみるよ」


 とプラチナが言い終わると、ミノタウロスは俺目掛けて突進してきた。ドスッ!ドスッ!ドスッ!と地響きと共にホコリを撒き散らして走ってくる様は心臓に悪い。


 だが、俺は『リバース』のランカーだ。この突進攻撃の避け方は熟知している。

 ミノタウロスは止まることも曲がることもせず、俺を殺そうと突き進んでくる。面白いくらいにゲームの挙動と同じだ。


 俺はそんなミノタウロスから逃げようとしなかった。震える足に力を加え、ミノタウロスをまっすぐ見つめ、滑らかな手触りの鉄パイプを強く握りしめた。


「うぉぉおおおらぁああ!」


 俺は鉄パイプを大きく振りかぶり、突っ込んでくるミノタウロス目掛けて振り下ろした。

 ガキィン!鉄パイプは想像以上に頑丈で、ミノタウロスを思いっきり叩いても、少し凹むだけで折れることはなかった。


 そしてこの1発をもらったミノタウロスはすぐに方向転換して俺から距離を取った。

 ミノタウロスの突進は、攻撃中に敵から至近距離で攻撃を受けるとキャンセルされるという特性を持つ。

 その仕様とタイミングは体が覚えていた。


「プラチナ!」


 プラチナは俺に呼ばれた時には既にミノタウロスに向かって走り出していた。彼女の手には身の丈ほどある槍がある。対してミノタウロスの武器は斧。射程の差でプラチナが有利だ。


 ミノタウロスは耳障りな叫び声を上げながら、斧でプラチナの攻撃から身を守ろうとする。が、プラチナはしなやかな槍さばきでそれをかいくぐり、ミノタウロスに槍を数回刺した。


「あー、やっぱり前は硬いねー」


 プラチナは攻撃を繰り返しながらそう愚痴をこぼす。確かにゲームでもミノタウロスは前からの攻撃に強いという特性があった。

 逆に後ろに、それも首と胴体の付け根辺りに攻撃を与えると大きなダメージになる。

 言うまでもないが、そっちを狙った方が勝機がある。


「プラチナ!弱点狙うぞ、銃に切り替えろ!」


「銃に……?わかった!」


 俺は猛ダッシュでミノタウロスの背後に回る。

 先に言っておくが、俺の持つ鉄パイプでは太すぎてミノタウロスの弱点はつけない。

 だからこそ、この方法を使う。


 ちょうどその頃、プラチナがミノタウロスの真ん前に立ちながら銃口をミノタウロスに向けていた。


「撃て!」


 プラチナは俺のその声と共に引き金を引いた。火薬の弾ける音が部屋一帯に反響した。

 だが、その弾丸はミノタウロスには当たらなかった。

 弾丸は軌道を大きく逸れ、ミノタウロスに当たるどころか俺の方へ向かってきていた。

 これに当たれば、最悪俺は死ぬ。先に述べた通り俺は現実の人間だから復活もできない。

 なんてことだ……こんな……こんなにも……!


 こんなにも上手くいくなんて!


「どっ……らぁあああ!!」


 俺は飛んできた銃弾に向けて、思いっきり鉄パイプを振った。鉛を芯で受けたパイプは重く、振り抜くことさえ難しかった。

 だが、俺は肩が弾け飛びそうな程の力を加え、鉄パイプを振り抜いた。


 弾かれた弾丸は勢いを落とすことなくミノタウロスの弱点に突き刺さった。バットに当たったボールが一直線に飛ぶかのように。


 グモォオオオォォオオ!!!


 苦痛な声を上げるミノタウロス。

 筋肉が異常なほど膨れ上がり、体の節々が小刻みに震えている。ミノタウロスの動きは止まった。


 これはいわゆる『怯み』の現象。ミノタウロスの弱点をつくと、15秒ほどの硬直時間を得られる。狙って起こす難易度が高い代わりに恩恵も大きいものとなっている。


「プラチナ、一気に叩き込むぞ!」


「オッケー!」


 プラチナは銃から斧に武器を変更し、動かなくなったミノタウロスに近づく。俺もそれに続くように反対側から鉄パイプを持ってミノタウロスとの距離を詰めた。


「うぉぉおおおおおお!!!」


「はぁぁああああああ!!!」


 2人は手に持った武器を思い思いに振り回し、ミノタウロスを攻撃する。

 ザシュッ!ザシュッ!という斬撃の音と、ガキンッ!ガキンッ!という打撃の音が同時に、かつ連続で響き渡る。

 さながら、鉄の雨が硬い地面を傷つけるかのように。


 あと3秒…………ミノタウロスの硬直はそこで終わる。そしてそれは、きっとプラチナも分かっているはずだ。

 俺は攻撃の最中、一瞬プラチナと目を合わせた。


 そしてミノタウロスの硬直が終わる寸前、俺とプラチナは同時に武器を振りかぶった。

 そしてまたもや同時に、それがミノタウロスに強く振り落とされた。


 ドッゴォオオオン!!


 両者の攻撃がミノタウロスに命中したと同時に、大きな砂埃が舞った。壁や床の細かい粒によるものだろう。


 そしてそれが晴れた頃、そこにミノタウロスの姿はなかった。


「勝った…………のか?」


 俺は緊張の糸が解け、鉄パイプをカタンと落とした。そのまま膝から崩れ落ち、脱力感と達成感からしばらく小さく震えていた。

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