俺とプラチナは視線をそれから逸らさなかった。いや、逸らせなかったという方が正しい。
少し油断すれば、ゲートから現れたエネミーが俺の街を一瞬で紅色に染めると考えると、俺の視線はゲートに釘付けになってしまう。
次の瞬間、ゲートはもわもわもわ……とうねり出す。俺とプラチナは各々の武器を手に取った。
来る――――――――!
俺は生唾を飲み込み、襲来に備えた。
ドンッ!
グギャギャギャギャ!!!
地面を叩きつける棍棒の音と不愉快な笑い声が俺達の耳を通り過ぎた。黒に近い緑色の肌に、腰に巻かれた黄土色の腰みの。そして木を削って作ったであろう薄い肌色の棍棒。
「オーク……!」
それは人型エネミー・オークだった。
辺境の村を襲撃してはその土地を乗っ取り、さらに他の村へ進行して土地を乗っ取り……を繰り返していくエネミー。と、ゲーム内では説明があった。
『リバース』が現実になったとはいえ、その設定がどこまで適応されているかは知らない。が、もし100%適応されているのなら、このエネミーは危険だ。
早急に処分しなければ。
「プラチナ、何も言わなくていいだろ?」
「もちろん。秒で片付けるよ」
俺達は合図無しで同時に飛び出した。
俺はオークの目の前に立ち、手に持ったナイフを体に引き付けた。オークの棍棒による攻撃を回避するためだ。
横向きに振り回される棍棒を下からくぐるように回避し、その低姿勢のまま接近して腹から肩にかけてをズバッ!と切りつけた。
オークの黒色の血が俺のナイフにも付着した。
オークは叫び声を上げながら傷跡を押さえている。要するに、今の一撃だけじゃさほど大きなダメージにはなっていないのだ。
オークは俺の顔を強く睨みつけ、棍棒を持った手に、痙攣するほど力を加えた。
グォオン!
尋常じゃないほどの轟音で空気を切る音が鳴った。幸運にも棍棒の先端が腕に掠った程度で済んだが、腕に一直線かつ痛々しい火傷のあとが出来た。しかし、オークはそれでもまだ俺を殴り足りないと言わんばかりにもう一度棍棒を振るフォームに入った。
が、その攻撃が俺に届くことはなかった。
オークの真後ろ、まるで水平線から現れる朝日のように、プラチナは俺の視界に入った。彼女の目は鋭く光り、口角は弧を描くように曲がっていた。その表情はもはや不気味とすら取れるほど頼りがいのある笑顔だった。
「じゃあね♪」
プラチナは左手に槍を装備すると、それを投げるように右手に持ち替えた。
そしてそのままオークの背中を目にも留まらぬスピードで突き刺す。先端はオークの体を貫通し、血で真っ黒に染まった槍先を俺に見せつけた。
オークの目ははち切れんばかりに膨れ上がり、口から血混じりの泡を噴き出している。これが人間だったら、と想像すると鳥肌が立った。
「よっと!」
プラチナが槍を抜くと、オークは力なく地面に倒れ込んだ。そのまま体全体がEXPとなってプラチナに吸収された。
「よかったね、オークで」
「ほんとにな。不幸中の幸いってやつか」
オークは『リバース』の中でも一二を争う雑魚エネミー。経験値もさほど落とさないし、行動にクセもない。『リバース』初心者はだいたいオークを狩りまくる所から始まる。
「ただ、まだ油断は出来ないよね……」
プラチナは槍をパッと消滅させ、不安げに言う。俺も彼女と全く同じことを恐れていた。
まだゲートが消えてない、ということに。
ゲートがある限り、エネミーはいくらでも入ってくる。ゲート1つにつきエネミー1体、なんて都合のいい仕組みだったらどれほど良かったか。
俺達はまたしばらくゲートを監視…………する予定だった。その任務は一瞬で終了させられた。
ゲートから現れたもう一体のオークに。
「……!!」
俺はナイフを構え、プラチナは銃を構えた。さっきの個体より大きな体のオークは、手に持った棍棒を数回手に叩きつけてみせた。
が、もちろん俺達がそんな威嚇に怖気付くわけが無い。俺達の頭に、逃げる、話す、ましてや捕まえるなんて選択肢はない。
戦う、そして殺す。俺達の背後を守るにはそれしかないんだ。
グギャギャギャ………………。
オークは先程と同じ不快な声を上げ、歯を擦り合わせる。俺達がビビらなかったのが気に食わなかったのか?
以前戦ったミノタウロスといい、エネミーに大雑把ながら感情が芽生えているように見える。これも『リバース』が現実になった影響なのだろう。
「プラチナ、夕飯のデザート何がいい?」
「抹茶のアイス」
「了解。とっとと片付けて買いに行くぞ」
俺はナイフを思いっきりオークに向けて投げた。1発の弾丸のように飛ぶナイフは一切ぶれることなくオークに刺さ…………らなかった。
オークはその棍棒で身を守り、ナイフを弾いた。投げたナイフが刺さらないって事は、あの棍棒は相当硬い木……もしくは石かなにかで出来ている。攻撃のダメージは大きいだろうな。
俺はナイフが弾かれる少し前、オークに向かって走り出していた。そして弾かれたナイフが地面に落ちる寸前にそれを掴み、そのまま切り上げるようにオークの体を傷つけた。
が、
「何だこのオーク……全然傷がつかねぇ!」
俺の渾身の一撃は確かにオークに入った。だが、当のオークは痛くも痒くもないと言わんばかりに、反応を見せなかった。
外したのかと思い攻撃した場所を見てみると、その傷は、ボールペンでつけたのかと疑いたくなるほど浅かった。
「チッ…………」
俺は舌打ちをし、後ろを振り返った。プラチナは既に銃口をオークの頭に向けていた。発射間際と言ったところだ。
ダンッ!ダンッ!
放たれた2発の弾丸はオークの頭のど真ん中を一切のブレなく捉えた。そのまま連続でオークの脳を貫く…………と思われた。
ガツンッ!
ありえないはずの音だった。
「いや嘘でしょ……」
プラチナは苦笑いしながら銃をしまった。頭に撃った弾丸は、頭を貫くどころか本人は何もしていないのに弾かれてしまった。
若干傷が出来ている程度で、あとはほぼノーダメージだ。
まずい…………大きさを見て強化個体の可能性は考慮していたが、ここまでのものだったとは……!
オークは棍棒を両手に持ち、プラチナの方を向いた。当の彼女は立ち向かおうと槍を握るものの、その手が震えているのは遠くからでも分かった。
まずい……プラチナがやられる!
咄嗟に体が飛び出した。俺はプラチナのように大胆に命を使うことはできない。だけど、それでもプラチナを守らないと、と俺はオークの前に立ちはだかった。
俺自身が死の恐怖に飲み込まれそうになっているというのに。
オークがそんな俺を意に介さず棍棒を横に振ろうとしたその時。
スパパパパッ!
そんな爽快な擬音に相応しい、見事な刀術を見た。落とされたオークの棍棒の影から姿を現した1人の男。
水色の髪と、同じく紺色の袴。多少重苦しそうに見えるその和服をたなびかせ、彼は自分と同じ名前の刀、『妖刀・村正』を腰に納めた。
「ムラマサ…………!」
プラチナが驚くような声で言った。
ムラマサ、世界ランキング10位をかけて俺もといプラチナと戦った侍だ。
「どうしてここに……?」
プラチナがそう問うと、ムラマサは真剣な表情で言った。
「主の命だ」
主…………多分彼を使うプレイヤーの事だ。一体どんな人がムラマサを使って――――
その思考を遮るように、柔らかい声が聞こえた。
「間に合ったみたいだね」
「なっ…………!」
その声……まさか!
俺が振り返ると、そこには驚くべき人物がいた。黒く美しいストレートヘアー。透明感のある白い肌、そして今の優しい声。
「……櫛名さん!?」
そこで笑っていたのは、水ヶ音高校の華・櫛名澪だった。
《櫛名 澪》
《ムラマサ》
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