ミノタウロスは斧を肩に担ぎながら俺達を睨んでいる。アイツの目に俺達はどう写っているのだろう。自分を脅かす敵か?それとも取るに足らない微生物か?
まぁそんなことどうでもいい。どっちにしろ、アイツは最期に俺達を畏怖の眼差しで見ることになるのだから。
「全く、恥ずかしい限りだ。俺とプラチナの2人が揃ってもミノタウロス1匹倒すのに何時間もかかっちまってる」
廃ビルでミノタウロスに会ってから今まで、おおよそ7時間くらい。言うまでもないが、ゲーム内ならミノタウロス1匹にここまで苦戦することは無い。
「さすがにアタシももう疲れたかな〜。とっとと倒して帰ろ!」
プラチナはシャキンッ!と槍を展開し、右手に持った。鋭い鋼色の先端は俺達の目標に向かってまっすぐに伸びていた。
俺も金属バットを投げ捨て、懐からもう一本のナイフを用意した。こっちはさっきのより幾分か頑丈に出来ている。今思えば、最初からこっちを使えばよかった。
「……いくぜ、プラチナ」
「いつでもいいよ、大地」
3……2……1……。
心の中で3つ数えると、俺とプラチナは全く同時に走り出した。俺は向かって左へ、プラチナは向かって右へ、2人でミノタウロスを挟み込むように動いた。
俺の予想が正しければ、プラチナは槍で近づくフリをしてミノタウロスの攻撃を誘い、ギリギリで引いて武器を銃に切り替えて眼を撃つはずだ。
「はぁぁあああ!」
予想通り、プラチナはあえて大振りな動きでミノタウロスの目の前に出た。突き出した槍が今まさにミノタウロスの腹を貫こうとしていた時、肩から離れたミノタウロスの斧がプラチナの頭を潰そうと振り下ろされた。
しかし、プラチナの槍は一瞬でその存在を消した。身軽になったプラチナはそのまま弧を描くようなバック宙をし、着地と同時に銃を構えて発砲した。
ダンッ!的確に眼球を撃ち抜いた鉛玉はミノタウロスの視覚を奪うとポロリと落ち、穴からは暗い色の血液がダラダラと垂れていた。
プラチナはその調子でもう片方の目も撃ち抜こうとする。
しかし、ミノタウロスがそれを許さなかった。
グモォォオオオ!!
発砲と同時にミノタウロスが目の前に自分の手の平を置いた。一瞬で握りこぶしになったその手が開かれると、薄い板となった弾丸がストンと落ちた。
だが、これはチャンスだ。今ミノタウロスの意識は完全にプラチナに向いている。
真後ろにいる俺がミノタウロスの弱点を突けば隙ができる。そのまま正面にいるプラチナが斧でミノタウロスを粉砕してくれるだろう。
俺は近くにあった唯一の木に登り、その枝先からミノタウロスの後頭部めがけて飛んだ。そしてミノタウロスの弱点にナイフを深々と刺し、瞬間それにぶら下がるような形になってすぐに降りた。
よし、これでミノタウロスの動きが……
グモォォォオアアアア!!!
止まってない……!?
いや、それどころかさらに激しさが増してないか!?動きが激しくなったこと自体はミノタウロスの怒りを買ってしまったからだと予想がつくが、弱点を突いたにも関わらずこれだけ機敏な動きを起こせるなんて…………!
いつも戦ってるミノタウロスより明らかに強い。
俺とプラチナは最初の位置に戻り、様子を伺った。
「あのミノタウロス……あからさまに強いよね」
「あぁ。今までの戦い方を続けてりゃ、たとえ俺達でもらちが開かないだろうな」
今までの戦い方じゃ、な。
「ふーん、妙な言い方するね?」
「…………俺に考えがある」
俺はナイフを懐に納め、地面に落ちていたバットをもう一度手に取った。そしてプラチナに作戦の概要を説明し、拳を彼女に近づけて言った。
「ついてこいよ、相棒」
するとプラチナは予想外の回答をした。
「相棒……?そんなんじゃないでしょ」
「あ?」
「アタシと大地は一心同体。相棒なんて言葉じゃ物足りないよ」
プラチナの言葉を聞き、俺はフフッと笑った。
「……そうだな。じゃあ、ついてこいよ、プラチナ」
「もちろん」
俺とプラチナはグータッチし、また同じように二手に分かれた。今度はさっきと位置が反対になるように。
「オラァ!かかってきやがれ!」
俺はバットをミノタウロスに向け、挑発行為に出た。バットを振ってみたり、地面に叩きつけたりして、思いつく限りの挑発で俺に攻撃をさせようとした。
グモォォオオ!
ミノタウロスは見事に挑発に乗り、俺に斧を振り下ろした。もちろんそれに当たるわけもなく、地面に刃が突き刺さった。
さぁ……ここからだ!
ミノタウロスは腕に力を入れ、土に食いこんだ斧を引き抜く。俺達の何倍もある筋肉で抜かれた斧は大きな運動エネルギーを保持している。
では、そのままミノタウロスが斧を手放したら?
俺はミノタウロスが斧を抜いた瞬間、懐に潜り込んでバットを思いっきり振った。間違いなくホームラン級の一撃がミノタウロスの手にクリーンヒットした。
ガキィィイン!とてもバットの音とは思えない歪な音と共に、ミノタウロスの手は開かれた。
と同時に、斧が空中に放り投げられた。
回転しながら空に上る巨大な斧。刃が生み出す灰色に輝く円形は鈍色に塗られた月のようにも見えた。
しかし、作戦はここで終わらない。
木のてっぺんから、プラチナが斧に向かって飛び上がった。そのままちょうど斧の真上辺りに来た時、彼女も斧を装備した。
そのまま大きく振りかぶり、小さく呟いた。
「じゃあね♪」
ガァァアンッ!!!
プラチナは斧を振り下ろし、ミノタウロスの斧を叩き落とした。その先にいるのは言うまでもなくその斧の持ち主だった。
ザクゥッッ………………。
砕ける音も、千切れる音もしなかった。ただ真っ二つに割れる音だけが夜の公園に溶け込んでいった。
ミノタウロスの身体は最期に引き裂かれ、末端からオレンジ色の光の粒…………EXPとなってプラチナに吸収されていった。
「終わった…………んだよな?」
俺は……俺とプラチナはあの化け物を倒したんだよな?実感が湧かないままプルプルと手だけが痙攣していた。
呆然と立ち尽くす俺に、プラチナが輝くような笑顔で言った。
「うん。アタシ達の勝ちだよ!」
アタシ達の勝ち。その一言を聞いた俺は一気に緊張の糸が解け、爆発したかのように力なく後ろに倒れた。
意図せず見上げた星空は、いつもより美しく見えた。……いや、いつも通りだ。いつも通りの星空がすぐ先にあるからこそ、それが美しく見えるんだ。
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「う〜ん、美味し!」
俺の家に帰ってきたプラチナは勝利のプリンを味わっていた。コンビニの安いプリンでもここまで美味そうに食べてくれると買った側としても嬉しい。
「そうだ、お前これからどうするんだ?今からゲート探して帰るのか?」
プラチナは口に加えたスプーンをぴっと抜き取り、んーとしばらく唸ってから言った。
「なんも考えてなかったや。帰ろうにもいつどこにゲートが出るかわかんないし、いつ消えるかもわかんないからネットで探すのも大変だしなー」
「だったら、うちに住めよ」
俺がそう言うと、プラチナは目を見開いて言った。
「え!?いいの!?迷惑じゃない?」
「あぁ。今までずっと一人暮らしだったし、そろそろ同居人が欲しかった頃だ」
本音が半分、プラチナを安心させる意図が半分の言葉。俺は笑顔を見せながらそう言った。それを聞いたプラチナの表情は一気に明るくなった。
「ほんと!?じゃあ、今日からお世話になるね!」
プラチナは楽しそうにプリンを一口すくって食べた。彼女の笑顔を見て、俺もなんだかこれからの毎日が楽しみになった。
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