「うぉらぁ!」
俺は狼の頭にナイフを深々と刺した。案外簡単に突き刺さる刃は狼の脳を一撃で破壊した。
そのままドサッと死体になった狼。これで3つ目だ。
「ふぅ……危ねぇ……」
俺は額の汗を拭い、ふぅーと息を吐いた。服にも若干血が飛んでしまったが、そのうちこの血もEXPに変換される。急いで洗う必要は無いか。
「……狼程度で良かったぜ」
これがこないだみたいにミノタウロスとかオークとかだったら、プラチナなしでは勝てなかったな。死体になったのが俺じゃなくて良かった。
「あっ!須佐野くん!」
小走りで路地に入ってきたのは櫛名さん。プラチナ経由でムラマサに、ムラマサ経由で櫛名さんに連絡が行ったようだ。
幸い、櫛名さんも委員会の仕事があってまだ帰宅してなかった。学校からここまではさほど離れてないし、すぐに到着してくれて良かった。
が、ある意味少し遅かった。
「大丈夫?って血まみれじゃない!」
「え?あぁ、この血は……」
俺は申し訳なさを残して足元の狼の死体を指さす。あまりグロテスクさはないが、出血量は多い。櫛名さんは一歩身を引いた。
「人喰い狼……?」
「あぁ。『リバース』でもそこまで強いエネミーじゃなかったし、大してなんともねぇよ」
「それなら安心…………。でも、ゲートは消えてないんだよね」
「ご覧の通りだ」
俺達の目の前のゲートは、相も変わらず色彩豊かなうねりを繰り返している。まるで俺達を嘲笑うかのように、わざとらしくうねっている。
「まだ、来るかも知れないんだよね……」
俺は静かに頷いた。当たり前のことを当たり前に確認しただけなのに、俺達の間に思い空気が流れた。
そしてそこから10秒もしない内に、ゲートが大きく揺れ始めた。
来る…………!俺はナイフを構え、櫛名さんは拳銃に手をかけた。俺達がゲートをじっと見つめていると、そこから飛び出してきた人型は俺にタックルを仕掛けるように飛びついてきた。
が、にも関わらず俺はナイフを横に逸らした。
「きゃっ!」
「痛っ!」
飛び出してきたのはプラチナだった。
「あ、大地!こっちに人喰い狼来てない?」
「下見ろ下」
「え?……うわっ!」
プラチナはぴょんぴょん跳ねて足元の死体から距離を取る。
「おぉ〜よく3体も倒したね」
「まぁな」
「てか服血だらけじゃん、帰ったら洗わないと」
「いや、コイツらがEXPになれば血も自然と――――――」
そこまで言って気づいた。コイツら、まだEXPになっていない。
普通ならもうオレンジ色の球体になっているはずなのに、狼の死体はまだ俺達の足元にある。
「なぁ、なんでコイツら経験値にならねぇんだ?」
俺が何気なくプラチナに問うと、彼女は答えた。
そしてその答えは、予想より遥かに絶望的なものだった。
「きっと……現実世界の人間を喰べたからだよ」
「…………!」
言葉が出なかった。もうエネミーによる被害はそんなレベルにまで到達しているのか……。
現実世界の人間を喰って、それがコイツらの血肉となったから、完全に『リバース』のエネミーとは言えないコイツらの死体はEXPにならない。プラチナはそう俺に説明した。
「でも、もう大丈夫だと思うよ。リバース側のはアタシが倒したから、全滅したと思う」
「そうか、したらあとはゲートが消えるのを待つだけだな」
俺がなんとなく言った一言で、なんだか肩の力が抜けた。大変だったには大変だったが、前回前々回よりかはだいぶ楽だった。
この調子でゲート自体も減ってくれればいいんだがな…………と思っていたら。
「……聞こえる」
櫛名さんが突然言った。
「聞こえるって……何が?」
「人の声、悲鳴みたいな声!」
櫛名さんは慌てて裏路地から飛び出した。
「ごめんね、須佐野くん!ゲート、任せてもいいかな!?」
櫛名さんはその答えを聞く前に立ち去ってしまった。何だ……?人の悲鳴?俺には全く聞こえなかったが…………。
「なぁプラチナ、声なんて聞こえたか?」
俺は後ろを振り返る。そしてそれとほぼ同時に俺は目を見開いた。
「いや、全然」
まさか、プラチナは気づいていないのか……?今自分が置かれている状況に。
今まさにお前を殺そうと手を広げている存在に!
「プラチナ!後ろだ!」
「えっ?」
プラチナは驚きの声を上げながらも、後ろにやった手に槍を装備して真後ろの敵に攻撃した。が、その攻撃は長いローブに当たっただけで本人には当たらなかった。
プラチナは体を翻し、俺の隣に立った。
「フン、鈍いな」
白を基調としたローブを着る男は目元まで深くフードを被っている。清潔さと不気味さが共存する服装に見えて、よくわからないが鳥肌が立った。
「あっ!お前、こないだの!」
プラチナは男を指さし、叫んだ。俺は臨戦態勢を保ったまま目だけでプラチナを見て、問う。
「知ってんのか?」
「うん。ミノタウロスを操ってた張本人だよ…………」
ミノタウロスを……操る、か。
相当な技術力だな、とか何のためにそんなことを?とか、そんな理屈より先に俺の口から出た言葉はこれだ。
「要するに、敵だな?」
プラチナは頷いた。
なら話が早い。とっととぶっ殺す。
俺はナイフを胸元に構えたまま、男に突進した。そのまま斜め右上に手を払うようにナイフを振る。
「うらぁあ!」
男はそれをスッと避け、俺の背中に肘で打撃を加えてきた。見事に骨に刺さった一撃はかなり効いた。
「大地!」
プラチナは俺の事を心配しながらも、槍を持って男を攻撃した。この路地は意外と縦にも横にも広い。だいたい8〜9mは幅がある。射程の短い斧よりはある程度射程のある槍の方がいい、そう判断したのだ。
「はぁああ!」
プラチナは旗を振るように槍を振り回し、男を攻撃する。男はフードの内側から剣を取り出し、その槍の先を峰で受け止めた。
そしてそのまま力でプラチナを跳ね除け、2歩踏み込んで斬りつけた。
「うっ……!」
そこまで深い傷ではないが、痛手にはなった。が、プラチナとて負けてはいない。攻撃を受けて3歩後ろに下がったが、そのまま槍を水平に持って男の腹に突き刺した。
男は深く刺さる前に槍を手で掴んで止めたが、剣を持っていない左手で掴んでいるため力は小さい。結局、槍を無理やり引き剥がす形でその攻撃は終わった。穴の空いたコートから血を噴く腹が少し見えた。
「……なるほど、一応さすがと言っておくか」
「へぇ、随分と偉そうなこと言うんだね。アタシだって痛いけど、アンタは痛いじゃすまないはずでしょ?」
「……それはどうかな?」
男はそう言ってフードを外した。中から現れたのは紺と紫を足したような色の少し長めの髪型で、メガネをかけた男。
コイツが、全ての元凶…………!
「お前ら、強くなるために努力したんだな」
「あ?いきなり何の話だ」
「いやぁ、私は努力することが苦手……というか嫌いでね。いつも抜け道を探して、努力せずに強くなってきた」
なんだ……?だから自分は俺達より優れているとでも言いたいのか?
「だから私はねぇ……」
男はローブの袖をまくった。その下には黒いバンドのような物が腕に巻き付けられていた。細長い溝の様なものと丸い金属の部品。何かのアクセサリー、という訳でも無さそうだ。
男は反対の手でポケットに手を突っ込んで言った。
「ズルすることに決めたのさ」
男が取り出したのは試験管のような円柱状の容器とそれに入った赤黒い液体。多少透明度を上げた血のような色合いだった。
男はそれを、まず金属の部品に垂直になるように刺した。そして容器を掴んだまま、気味悪く言った。
「イグニッション…………」
ガチャン!と容器が倒されて溝にはまる音と同時に、システム音が鳴った。
「hack on,『バーサティリティ』」
次の瞬間、男の体は赤い光を放ち始めた。
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