ここは俺の家。水ヶ音市にあるマンションの一部屋だ。両親も家族もこの家にはいない。いわゆる一人暮らし状態だ。今は親戚の金持ちからの仕送りで生計を立てている。情けない話だ。
「で」
俺は自室の椅子に座りながら、その1文字を放った。
「色々と聞きたいことがある」
俺の目の前にいるプラチナは腕を後ろで組み、ふらふらと揺れながら俺を見る。何のことだか分からない、といった顔をしながら。
「1つ目、お前がなんでここにいるかって事だ」
プラチナは俺のアバター。つまりゲームのキャラクターだ。言うまでもないが、ゲームのキャラが現実世界に現れるなんて有り得ない。
その有り得ない事象が俺の目の前で起きているんだ。まずこれを説明してもらわないことには始まらない。
「てか、私が本物のプラチナかどうかは疑わないんだね」
「バカヤロウ。何年も一緒に戦ってきたお前を他の奴と見間違えるわけねーだろ」
これに関しては確信している。
容姿だけでなく声や戦闘スタイルまで俺のよく知るプラチナだった。こいつは間違いなく本物のプラチナだ。
「ま、そこまで断言してくれるなら教えてあげるよ。さっきも言ったけど、ちょっと長くなるよ。いい?」
「百の承知だ」
プラチナは「おっけ」と軽く言うと、少し離れた壁際のベッドに腰掛け、語り始めた。
「まず、『リバース』の事から。
大地も含め、こっちの世界の人達は『リバース』をただのゲームだと考えてるらしいけど、実際はそうじゃないの。結構前から、『リバース』は『リバース』としてこことは別の世界になってるわけね」
「『リバース』が1つの世界に、か」
言うなれば別次元。異世界。あるいは平行世界って所か。SFだけの話だと思っていたが、同じ部屋にプラチナがいるという事実から、その常識は通用しなくなった。「事実は小説よりも奇なり」という言葉もあるしな。
「だから、こっちの世界に来れるのは何もアタシだけじゃない。それこそさっき見たミノタウロスとかもだしね」
プラチナは足をパタパタさせながらそう語るが、俺にはもうひとつ疑問が生まれた。
「そういえばお前はどうやってこっちに来たんだ?いくらリバースが別世界として存在していたとしても、そうやすやすと現実世界に来れるわけじゃねぇだろ?」
「あー、そこも説明しなきゃね」
プラチナは立ち上がり、今度は俺のスマホを持って俺の隣に立った。スパスパとフリック入力を繰り返した後、その画面を俺に見せた。
「これって……」
そこに写っていたのはSNSの投稿。
見た感じ、『リバース』のバグによるグラフィックの乱れを報告したもののようだ。
「最近……てか今日、『リバース』アプデ来たよね?それからゲーム内でグラフィック関連のバグが多発している」
「あぁ。大体はすぐに元に戻ってるみたいだがな」
プラチナはまたスマホを操作し始めた。
「ところで大地。今日ミノタウロスと戦った場所ってどこか覚えてる?」
ミノタウロスと戦った場所……北水ヶ音の駅前だったっけ。『リバース』のマップに対応させるとあの辺は…………
「マキュリーの北の帽子屋の辺り、だったか。それがどうしたんだ――――」
そこまで言うと、プラチナはもう一度俺にスマホの画面を見せてきた。
それを見た俺は目を見開いてしまった。
「なっ……!」
それもSNSの投稿の1つ。『リバース』のグラフィックのバグを報告するものだった。しかし、その投稿に添付された写真には、マキュリーの帽子屋にバグが発生している様子が映されていた。
しかも、投稿時間は俺達がミノタウロスと交戦したくらいの時間だ。
「あとは言わなくても分かるっしょ?」
分かる。ああ分かる。
つまり、ゲーム内でグラフィックバグが発生すると、現実世界の対応した場所にゲームのキャラが現れる。そういう事だ。
「一応補足しておくけど、アタシがこっちに来た時光の渦みたいなのが出てきたでしょ?あれがリバースと現実世界を繋げる門みたいなものってわけ。
リバース側の人達はあれを『ゲート』って呼んでる」
なるほど、要するに『リバース』でグラフィックバグが発生すると現実世界の対応した場所にゲートが生まれて、そこからエネミーだのアバターだのが出てくるって訳か。
まだ納得しきれてはいないが、後で考えることにした。
「とりあえず今までの話は分かった。から次の質問だ。そもそも、どうやって『リバース』は1つの世界になったんだ?」
ゲームはプログラミングの集合体。つまり実態を持たない0と1の結晶。それが質量を宿し、2進数の世界を飛び出した、なんて事例どこを探してもない。
「それに関しては、アタシもわかんないんだよね。気づいたら当たり前のようにリバースに立ってて、大地がプレイしてない時は自由に歩き回ってたし、街並みとか風景とかにも違和感はなかった。
なんか……記憶をごっそり抜かれたみたいな感じなんだよね。この建物は見たことあるけど、初めて見た時のことは覚えてない、みたいな」
「なるほどなぁ……。そういう観点からすればプラチナも被害者の一人ってわけか」
「うん。なんならアタシだけじゃなくて、他の人達もおんなじだって言ってた」
「てことは、アバターじゃない第三者が『リバース』に何かしら手を加えて実体化させた…………って事になるけど、そんなこと有り得るのか?一体なんのために?」
「うーん、こればっかりはアタシにもさっぱりだなー」
結局、謎は深まるばかりか……。まぁ今問いただしても仕方ない。次に進もう。
「最後、さっき倒したミノタウロス。あれもたまたまエネミーがゲートをくぐっただけか?」
「そう……だと思うよ。誰かが悪意を持ってこっちの世界に仕向けたとしても、ミノタウロスみたいな強いエネミーを制御するには相当な過程が必要だし、それをしてたとしても誰かに見られてるはずだもん」
そっか、そうだよな。と、俺が腕を頭の後ろで組もうとした時、プラチナは「ただ」と続けた。
「裏に何かあるのは間違いないと思う」
俺は真剣な表情のプラチナを見て、前のめりになった。
「なぜそう思う?」
「大地…………もしかして気づいてないの?あのエネミー、死んでないよ」
「何ッ!?」
「アタシ達に倒される寸前で誰かに連れ去られたみたい。その時一瞬グラフィックバグが発生してたみたいだし、ミノタウロスはゲートを通って『リバース』に帰ったっぽい」
「ゲートを通って……?」
プラチナは頷いた。
「そんな都合よくゲートができるわけがない」
俺とプラチナの推理は一致していた。
「ってことは、誰かが意図的にゲートを作って、そこからミノタウロスを連れ去ったってことか?」
「そう。しかも、そのゲートはミノタウロスを回収してすぐに消えた。だから大地はミノタウロスは倒された、と勘違いしちゃったんだね」
ゲートがその場に残っていれば取り逃したと考えていたところだが、それが無いとなればEXPか何かに変換されたと勝手に解釈してしまう。
実際、あの時の俺はそうだった。
「つまり、何者かがミノタウロスを逃がすためだけにゲートを人為的に作り出したってことか?」
プラチナは頷いた。
もしそうだとしたらまずいな…………。ミノタウロスを回収したってことは、どこかのタイミングでもう一度現実世界に送り込んでくる可能性があるということ。
さっきは廃ビルだったから良かったものの、あれが繁華街や住宅地だったらと思うと…………。
それだけは避けなければならない。
「プラチナ、ミノタウロスがもう一度現実世界に来るのを防ぐ方法、何かないか?」
俺は相談のつもりでプラチナにそう聞いた。にも関わらず、プラチナは模範解答を提示してきた。
「そんなの簡単だよ。現実世界に来る前に、『リバース』でそのミノタウロスを倒せばいいんだよ」
…………そうか、考えれば単純な事だった。
防ぐとか食い止めるとか以前に、ヤツを始末してしまえば全て解決する。
「アタシはリバース側からミノタウロスを叩く。大地は念の為、こっちの世界の対応する場所にいて。何かあったら『バイユー』のチャット機能で教えて。アタシもチャット欄見れるから」
『バイユー』、すっかり忘れてた。
確かにこれを使えば、現実世界と『リバース』との間で連絡を取れる。名案だ。
「分かった。くれぐれも無茶はするなよ」
俺が心配と期待を半々にしたその台詞を吐くと、プラチナは笑顔になって言った。
「多少無茶しても大丈夫よ。アタシ、強いもん」
俺とプラチナは互いの検討を祈り、ハイタッチした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!