ワールドイズマイン

〜自分好みに作ったアバターが現実世界に出てきたんですが〜
セリシール
セリシール

第6話「アンコール」

公開日時: 2020年9月15日(火) 07:30
文字数:3,031

 アタシは服に着いた土を払い、上着をフッと着直した。斧を持っていた右腕はまだ痛みが引かないが、しばらくしたら治るだろう。

 アタシがその場を立ち去り、現実世界へ向かうゲートを探そうとしたその時。


 真後ろから芝生を踏みつける音が聞こえた。


 アタシが脊髄反射レベルの速さで振り向くと、そこにいたのは1人のアバターだった。魔法使いのような見た目で、白を基調としたフードを深く被りながら、しゃがみこんでアタシが倒したミノタウロスの亡骸に近づく。

 素材の横取りをしに来た初心者プレイヤーかな?別に今更ミノタウロスの素材なんて貰っても仕方ないし、あげちゃってもいいか。

 アタシは気にせず、あくびを一つした。


 が、その数秒後に眠気なんて彼方に吹っ飛ぶような大事件が起きた。


 ガシュッ!

 今まで聞いた事のないような音。それがミノタウロスから鳴っていたのは言うまでもない。アタシがもう一度振り返ると、そこにいた魔法使いは不気味にほくそ笑んでいた。

 そして、そのミノタウロスの体から試験管のようなガラスの筒が落ちるのをアタシは見逃さなかった。


 ハックオン。ウォーキング・ネクロ。

 女性の声でそう聞こえたかと思えば、魔法使いは独り言を喋り始めた。


「この『ハック』なら……君はもう少し頑張れるんじゃないかな?」


『ハック』……?まさかこの魔法使い、チーター!?

 そう思うと反射的に声が出た。


「ちょっと。アンタ、チーター?アタシが倒したんだから余計なことしないでよ」


 アタシがちょっと威圧気味にそう言うと、チーターは立ち上がって笑い出した。バカにするような笑い方が癇に障ったが、チーターはそんなアタシの様子に気づかずにこう言った。


「ハハハッ……チーターかぁ。あながち間違ってはいないね。でも…………」


 魔法使いがそう言うと、その直後に信じられないことが起きた。

 隣で死んでいたミノタウロスがヌルッと滑らかな動きで上半身を動かしたのだ。アタシが目を疑ったまま動き出した死体を凝視すると、ミノタウロスはそのまま腕で体を持ち上げ、のっそりと傷だらけの体で立ち上がり、落ちていた大斧も拾い上げた。

 そんな…………まさか!


「そんな貧弱なものと一緒にしないでくれ」


 グモォォォォォオオオオオオ!!


 大きな雄叫びと共に、倒したはずのミノタウロスが蘇った。確かにリバースにもゾンビとかスケルトンとか、アンデッド系のエネミーは存在する。

 だけど、今さっき倒したエネミーがそのまま起き上がるだなんて……!

 今まで経験したことがない事象だった。


 アタシは未知に震える手を必死に制御して、大地に連絡を取った。


「…………聞こえる?大地。悪いけど、もうちょっとだけ時間かかっちゃう」


「何かあったのか?今から俺もゲートを探してそっちに――――」


「現実世界の人間はゲートをくぐれない。大地がリバースに来るのは不可能なの」


「じゃあどうすれば…………」


「どうって…………」


 アタシは背筋を伸ばし、ミノタウロスを見上げながら口角を上げた。


「別に何もしなくていいよ」


「なっ……!」


 その声から大地の驚く顔が目に浮かんだ。


「何があったのかは知らねぇが、お前1人で大丈夫なのか!?何か俺に出来ることは…………」


「ばーか。アタシを誰だと思ってんのよ。あんたのアバターはそう簡単に死ぬような奴じゃないでしょ?」


「で、でも…………」


「だいじょーぶ!ミノタウロスごときに負けたりしないよ。あ、強いて言うならプリン買っといて!」


「…………わかった、お前を信じる。1回でも死んだら俺がプリン食うからな」


 はいよ、と電話を切り、槍を装備した。その時のアタシは既に恐怖を克服していた。


「随分と余裕じゃないか」


「当たり前でしょ。何度蘇ろうともミノタウロスはミノタウロス。アタシの敵じゃないわ」


「へぇ、さっきあんなに苦戦してたのにか?」


「あの時はあの時だよ。まだ強化に気づいてなかったし。でも、もうソイツの強さには慣れたよ」


 アタシは飛び出し、槍を前へ突き出した。ミノタウロスは斧で槍を切り落とそうとそれを振り下ろしてきた。確かにこれは予想外の動きだ。

 だけど対策不可能な動きではない。


 アタシは斧が槍を叩き割る寸前に武器を銃に変えた。そのまま高速で照準を合わせ、ミノタウロスの頭めがけて数発発砲した。

 今ぐらいの動きなら、脳みそ空っぽでも脊髄反射で対応できる。

 アタシはそのままもう一度武器を槍に持ち替え、ミノタウロスに攻撃を仕掛けた。


 ミノタウロスは今、斧が地面に刺さって足止めを食らっている状態だ。何度蘇っても学習能力は得られないみたい。

 ならその隙に、連続で攻撃を仕掛けるまで。

 正直まぁまぁ疲れるからあんましやりたくはないけど仕方ないか。


「はぁぁぁぁあああああ!!!」


 槍を持ったまま踊るかのように全身を使って攻撃を繰り出す。1発1発はかすり傷だが、連続で行えばそれは大きな傷になる。

 塵も積もればなんたららって誰かが言ってた。


 魔法使いはギシッ……と奥歯を擦り合わせ、叫んだ。


「ミノタウロス、ソイツをひねり潰せ!」


 その言葉が伝わったかどうかは知らないが、斧を抜いたミノタウロスはその刃をノータイムでこちらに向けてきた。

 前も言ったが、これを食らったら最後アタシは原型を留められない。

 が、タイミングさえ分かれば避けるの自体は簡単だ。


 ブォオンッ!

 空気を切る音が耳をつつくように鳴る。その時アタシは既にミノタウロスの後ろ側に回っていた。ミノタウロスは視界が狭い。しゃがんで死角に入れば背後を取ることは簡単だ。


 アタシは武器を斧に持ち替えた。

 どうせここで銃を使って弱点を突いても、またあのチーターが復活させるかも知れない。だから、復活できないほど全力で叩きのめしてやる。

 アタシは芝生の地面を強く強く蹴り、飛んだ。

 そして装備している斧ごと体を数回回転させ、勢いを付ける。


「いっけー!」


 そしてそのまま、弱点に叩きつけるように斧を振り下ろした。

 ドゴォォォオン!!!ミノタウロスの硬い皮膚と鋼がぶつかり合い、鈍い轟音が鳴った。

 ……と思っていた。


「今のは危なかったね。これがあってよかった」


 魔法使いは引きつった笑顔で手の中の宝石をアタシに見せつける。水色に輝く宝石の色は段々と薄くなり、次第に透明になって光も消えた。


「……!!『水面の月光』!」


『HPが0になる攻撃を受けた時、その攻撃のダメージを1/2にする』効果を付与する消費アイテム。

 巷では自分に使えないという点から有用なアイテムとは言えない、って評価になって誰も使ってなかった。それ故に完全に想定外だった。


「それに……もう時間だ」


 魔法使いがそう言うと、ミノタウロスの背後にゲートが現れた。


「えっ……!?」


 いくらなんでも都合が良すぎる…………。やっぱりコイツ、ゲートを自由に生み出せるの!?

 と思っていたが、魔法使いはアタシの心を見透かしたように言った。


「なに、ゲートを生み出せるなんて大層な力じゃない。ただ、ゲートの生まれる場所が分かるっていうだけの事さ」


 ゲートの場所が分かる…………。最初アタシが見つける前、ミノタウロスを移動していたのはそういうわけか。


「さ、あの鉄パイプの男はこいつに任せて、僕は逃げるとするよ」


 魔法使いはそう言うとワープ魔法でどこかへ消えた。鉄パイプの男…………大地の事だ!

 まずい、大地が危ない!


 そう思った頃には、ミノタウロスはゲートをほぼ通りきっていた。

 アタシも後を追わなきゃ!そう思って全力でゲートに向かって走ったが、


 ゲートはアタシの目の前で消えてしまった。

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