「『AAU』……?聞いた事ねぇな」
俺とプラチナがお互い顔を見合わせて首をひねる。
「当然だよ。『AAU』は秘密組織だから」
秘密組織ねぇ……イマイチピンと来ねぇな。
「で、具体的にどんな団体なんだ?」
俺がそう問うと、櫛名さんはおほんと咳払いをして語り始めた。
「正式名称は『Against Another Universe』。リバースからの侵略者に対抗するために作られた政府公認の対エネミー機関だね――――」
「まっ、待ってくれ!」
俺は焦ってそれを止めた。
今……なんて言った?
「リバースからの侵略者……?エネミーは、現実世界を侵略するためにゲートをくぐっているって事か……?」
櫛名さんは深刻そうな表情でゆっくり、そして深く頷く。
「エネミー達の目的は現実世界の略奪。ゲームの世界を飛び出して、現実世界をもリバースに変えてしまおうとしているの」
「マジかよ……!」
確かに、なぜエネミーが現実世界に現れるのかは不思議に思っていた。たまたまゲートを通ったとか、愉快犯の犯行だとか、その程度としか考えてなかった。
だが、そんな小規模なものじゃなかった。
「それに、ゲートが現れ出したのもつい最近だろ?なんでそんな急ピッチで秘密組織を作る事が出来たんだ?」
ゲートが生まれる原因となった『リバース』のアップデート。それは本当につい最近のことだ。そうなると政府はものの数日で『AAU』を設立したことになる。
議会の承認等も必要なはずなのに、なぜ?
が、ここでもまた事態の大きさを知らされることになった。
「そもそも……ゲートが現れ出したのはつい最近の話じゃないの」
「なっ…………!」
そんな…………てっきり、こないだのアップデートに合わせて大量発生したものだとばかり思っていた。
「確かに以前のアップデートによりその数は急激に増えた。でも、アップデートの前から確かにゲートは出現していたの。実際にそこから現れたエネミーによる被害者も出てる」
被害者……。
そう聞いた途端、ぐっと心臓を掴まれた気分になった。今まで目を逸らしてきた問題に、強引に頭を捻られて直面させられた。そんな気分だ。
「正体不明の生命体に市民が襲われた、その事実を重く受け止めた政府はとある女性を長に置いて、『AAU』を結成。でも、その人数は決して多くはないの。実際、現在のメンバーはたったの4人」
「4人……?それだけで日本中のゲートを対処できるのか?」
俺がそう聞くと、櫛名さんは今度は規模の小ささを俺に押し付けてきた。
「ゲートがこれほどの頻度で出現しているのは水ヶ音市だけなのよ」
「だっ……だけ?」
「えぇ。確かに他の場所にもゲートは現れるけど、エネミーが通ってこれるほど大きな物はそうそうないわ。稀にその大きさのものが生まれたとしても、エネミーが通ってくる確率も低いみたい」
「でも……確率が低いだけで通ってくるには来るんだろ?」
「もちろん、それを対処するために政府は『AAU』以外にも対エネミー組織をいくつも形成しているみたい。そのほとんどが武装組織だけどね」
場合によっては、自衛隊の精鋭が対処したりもしているらしい。
それにしても、武装組織か…………。生身の人間がエネミーと戦うならそれほどの装備が必要ってことだよな。
俺が今まで戦えてきたのは『リバース』での経験とプラチナのおかげだし。
「でも、櫛名さんは武装してないよな?拳銃一丁持ってるだけで」
「『AAU』は武装するような組織じゃないの。というか、武装しなくても戦えるような人達が集まっているのが『AAU』なの」
武装しなくても戦える…………つまり、ある程度エネミーとの戦い方を熟知しているってことだよな。
「要するに、『AAU』は『リバース』の経験者で結成されてるって事か?」
櫛名さんはまた頷いた。
「正確には、『リバース』のランカーとそのアバターだね。エネミーとどうやって渡り合っていくべきかをちゃんと知っている人が『AAU』に入ってる」
そういう事なのか。確かに、何も知らない人間が武器を持ってがむしゃらに戦うより、例え軽い装備でも攻略方法を分かっている方が良いのかもしれない。
「で、私がここまで説明したってことは、もう分かるよね?」
…………そうだよな。無関係な人にここまでベラベラ喋るわけがない。もう俺は無関係ではなくなろうとしているんだ。
櫛名さんは静かに俺に一通の封筒を渡してきた。その中の書類を少し引っ張ると『契約書』と書かれていたのが見えた。
『AAU』の加入用書類、というわけか。
「私はもう行かなきゃいけないからさ…………。もし私達に協力してくれるなら、ここに来て」
そう言って櫛名さんは俺の手に住所の書かれた1枚のメモ用紙を握らせた。そしてムラマサを連れてどこかへ行ってしまった…………。
――――――――――――――――
「なんだ、疲れてんなお前」
「いやちょっと……『リバース』やりすぎた」
「へぇ〜。ランカーは大変だな」
優斗と駅に向かう途中、俺はいつも通りくだらない雑談を繰り広げていた。優斗は俺と同じ高校生で、同じ歳で、同じ『リバース』プレイヤー。
なのに、もう優斗の隣には並べない。そんな気がしてならなかった。
「なぁ……優斗」
「ん?」
「もしお前がさ、なんかとんでもねぇ重しを課せられて、元の平和な生活に戻れないって分かったとして…………お前はどうする?」
「あ?なんか難しい質問だな。心理テストか?」
「…………まぁそんな所だ」
優斗はしばらくうーんと考える。空を見たり、車を見たり、手のひらを見たり、色々なことをして考える。
そしてしばらくしてから、優斗は結論を出した。
「…………わり、よく分かんねぇや」
優斗はそう言って明るく笑った。そうだよな、分かるわけがねぇ。俺にだって分からねぇ。
『AAU』とか、エネミーとか、現実世界を守るとか、ただの高校生の俺には難解すぎる問題だ。
それに、イマイチ実感が湧かないというか……被害者が出てるとか、水ヶ音市が危険だとか聞いても、心のどこかで他人事と思ってる自分がいる。本当に無責任な事を言っているのは分かってるが、それでも俺には難しすぎた。
「でもさ」
と、俺の悩みを打ち切るように優斗が言った。
「もしお前がそういう状況になったらさ、俺も道連れにしろよ」
「…………は?」
思わず威圧的な発言をしてしまったが、それでも優斗は表情を崩さなかった。
「こんな難しい問題、どーせお前も分かんねぇんだろ?」
優斗にズバリ言い当てられて焦ったが、俺は頷いた。
「だったらさ、俺も連れてけよ。お前じゃ解けない問題でも、俺達2人なら解けるかも知れないだろ?」
「……そういう、もんか」
「あぁ。お前が何背負い込んでるのかは知らねぇけど、荷物持ちくらいなら俺にだって出来るからさ」
…………俺は本当に良い友達を持った。
「ありがとな、優斗」
優斗は「おう」と言って笑った。
そして、それと同時に見つけてしまった。建物と建物の間の通路に。俺が背負い込んでいる荷物を。
「ゲート……!」
ボソッと呟いた焦りの混ざった声、どうやら優斗には聞こえていなかったようだ。
俺は急いでスマホを取り出し、プラチナに連絡した。と同時に、俺は優斗に言った。
「悪い、急用を思い出した。今日のところは先に帰っててくれ」
「あっ、おい!」
俺は一目散にゲートに走った。
その途中、優斗の言葉が頭をよぎった。
『もしお前がそういう状況になったらさ、俺も道連れにしろよ』
「……出来るわけ、ねぇだろ」
俺は内ポケットにしまっておいたナイフに手をかけた。
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