ワールドイズマイン

〜自分好みに作ったアバターが現実世界に出てきたんですが〜
セリシール
セリシール

第7話「イン・リアル」

公開日時: 2020年9月15日(火) 08:15
更新日時: 2020年12月13日(日) 18:34
文字数:3,030

「チッ……!最悪だ……」


 真夜中の公園。白い街灯がポツポツと光を灯しているだけの暗闇の中、俺はそれを見上げていた。俺の身長の2倍はあるであろう、牛の頭を持つ怪物。ミノタウロスだ。

 少し焦げた足元の芝生は俺を嘲笑うかのように風に揺られている。俺はそれに苛立ちを覚えつつも、目の前の絶対に身を震わせていた。


 俺は重い上着をピシッと着直し、その内側に手を伸ばした。取り出したのは家から持ってきた果物用ナイフ。重い武器を標準装備する訳にはいかないし、このくらいがちょうどいいだろう。


「大地!聞こえる!?」


「プラチナか……」


「そっちにミノタウロス行ったでしょ!?今ゲート探してるから、到着するまで逃げて!」


 ……出来ることなら、俺だってそうしたい。俺はプラチナと違って死んだらそこまで。生き返ることはできない。俺は普通の高校生だ。自分の命は大事だし、痛い目だって見たくない。


 だが、ここで俺が逃げたらどうなる?

 これはあくまで俺の推論だが、コイツはなにも俺だけを狙っているわけじゃない。視界に入った人間を片っ端から殺して回る、なんて可能性もある。

 以前のような廃ビルならまだしも、ここは市街地のど真ん中にある公園。野次馬がミノタウロスを見るために集まり、そのまま全滅させられてしまう、なんてこともありえる。

 だったら、俺がここで全力でコイツの相手をして被害を最小限に抑えるのが正解だ。


 恐怖に支配されて冷静さを失うこと、最も危険なのはそれだ。


 ナイフは月明かりを浴びて微かに輝いている。しかしそれはミノタウロスの持つ斧も同じだ。その光がお互いの殺意や覚悟を表しているなら、両者とももう躊躇なんていらない。命懸けでぶつかり合うだけだ。

 2つの輝く刃が暗闇の中に目立つ。両者の血は既に限界までたぎっていた。煮えたぎるようにドクドクと脈を打つ俺の心臓はまるで俺の無謀な戦いを止めようとしているかのようだった。


 だが、もう止まれない。

 俺はもう捻れた道を歩いちまってるんだ。だったら、たとえ悪路でもその道を突っ走るしかない。

 そう覚悟を決め、ナイフを持つ手を強く握った。


 ブンッ!

 先にしかけたのはミノタウロスだった。身の丈ほどあるバカでかい斧を両手で垂直に持ち上げ、そのまま俺の頭をかち割ろうと振り下ろす。

 衝撃波と風圧で俺は数歩後ろに下がったが、すぐに体勢を立て直してナイフを後ろにやった。


 そのまま一気に距離を詰め、ミノタウロスの足目掛けてフルスイングした。ガッと一瞬引っかかる感覚に襲われたが、そこを抜けるとスンッとナイフが通り抜けた。

 切り口からは血がダラァーと溢れ出した。


「……マジかよ」


 俺は手に持ったナイフを見てショックを受けた。たった一度、数十センチの切り傷を作ってやっただけなのに、刃は既になまくらとなっていた。

 もう指でつついても痛くもなんともない。おままごとの包丁の方がまだ殺傷能力がある。


「安いナイフはダメだな……」


 俺はナイフを地面に捨てた。そしてすぐさま、悠々と生えている1本の木に向かって走った。

 木の枝に引っ掛けて隠しておいた、もう1つの武器。金属製のバットだ。

 家の押し入れを探していたらたまたま見つかった、全く使ってない新品同様のバット。こいつもまさかこんな形で日の目を見るとは思わなかったろうな。

 一応予備のナイフもあるが、それがダメになってしまったらいよいよミノタウロスの弱点をつける武器が無くなる。そこから先は言わなくても分かるだろう。


 俺はバットを片手で持ち上げ、ミノタウロスの首目掛けて突き出した。さながらホームラン予告をするバッターのように。


 ミノタウロスはそれを挑発と受け取ったのか、斧を持ち上げたまま俺に近づいてきた。一瞬、金属バットならあの斧の攻撃を受け止められるんじゃないか、とも考えた。

 しかしこのバットは押し入れから出てきたもの。買ってからどれくらい経つのかすら分からない。大人しく避けるのが無難だろう。


 ズンッ!

 そう考えを巡らせている時に時間切れだと言わんばかりに振り下ろされた斧。空気を斬る音など逆に気にならず、重く地球に振り下ろされた一撃だけがその場に残った。


「よしっ!」


 俺はミノタウロスに近付き、頑丈な腕の上に乗った。そして今の攻撃により下がった頭に向かって全力のフルスイングをぶちかました。ガキィーン!という無機質な音が鳴りながら、ミノタウロスの頭はブルンと震えた。

『リバース』でも、頭に一定以上のダメージを与えるとスタンが発生し、数秒動きが止まる。

 狙ってみる価値はあるはずだ。


「もう1発!」


 俺はスイングして後ろに大きく振り切れたバットを逆方向に振り直し、もう一度、さらに強い打撃をミノタウロスの頭に叩き込んだ。

 今度は少しグシャッ!と何かが砕ける音がした。

 よし、もう1発当てればスタンが発生する。その隙に弱点を突けば…………!俺は自分の勝利を確信した。


 しかし、確信と慢心は紙一重だと言うことをこの時の俺は分かってなかった。


 2発目の攻撃を当てた時点で、ミノタウロスはまるで動く様子がなかった。頭に強めの打撃を加えたことで頭が回らないのか?なんにせよ好都合だ。

 普段なら警戒して一旦引くところだが、俺は欲張って3発目の準備をしてしまった。大きく振ったバットを、ミノタウロスが斧を持つポーズと同じように縦に構えた。

 と、次の瞬間。


 グァア…………。

 そんな粘着質な擬音と共に、ミノタウロスの口が開いた。その目はしっかりと俺の方を見ていて、矢じりのように鋭い牙がこう俺に伝えた。


 お前は俺の獲物だ、と。


 既にミノタウロスの口は俺の足を含んでいた。今コイツが口を閉じれば俺の足はバチンッ!と弾け、消えていく。それをしないのは足だけじゃ食い足りないからだ。


 やばい……死ぬッ!


 冗談でも比喩でもなく、本気で死を覚悟した。

 …………いや、覚悟なんてしていなかった。覚悟なんて出来る間もなく、目の前の死は理不尽に襲いかかった。

 改めて思い知った。これはゲームなんて生易しい世界じゃないって事を。


 そこから先はスローモーションだった。

 ゆっくりとミノタウロスの口が閉じていくのが見え、ゆっくりと俺の腹にミノタウロスの犬歯が刺さっていくのが見え、それと同時に俺の体が大きく横に動くのも見えた。


 ………………これが、死の感覚か…………。


 痛い……頬に稲妻が走るような痛みが継続的に発生する………………。


 痛い……痛い痛い痛い……。





「おーい、大丈夫?」


 痛い痛い痛い!


「おわっ!」


 突然、現実に引き戻された。

 俺がガッと顔を上げると、そこはさっきまでと何も変わらない公園だった。

 ただ一つを除いて。


「あー起きた起きた!ビビらせないでよー!」


 そう言って俺の頬を叩いていたであろうプラチナはホッと胸を撫で下ろした。


 …………プラチナ?


「お前、いつの間に…………」


「ほんとについさっき。ちょうどすぐそこにゲートが発生したんだけど、アタシが出てきた頃にはもう大地が食べられそうになってた。

 危なかったね〜。間に合ってよかった」


 そうか……ギリギリでプラチナが助けてくれたけど、俺自身、自分が死んだと思い込んでたから一瞬気を失ってた訳か。


「……運が、と言うよりかは都合がいいな」


 俺がバットを拾い、痛む節々を無理やり動かして立ち上がると、プラチナは満面の笑みを浮かべた。


「ご都合展開は激カワヒロインの特権でしょ?」


 そう言いつつ槍を装備する。

 全く、こいつの底抜けな自信には頭が下がる。


「…………違いねぇ」


 俺はバットを肩に担ぎ、プラチナの目を見た。

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