救界戦隊レスキューヒーロー。
それは新志熱太、鞭巻エレナ、走駆翔香の三人で構成された戦隊のヒーローだ。
チームで戦うことを想定されたヒーローで、個々の性能を抑えることで総変身時間の短縮を成立させた画期的な世界展開を持っている。
その選出方法はまるでドラマのようで先んじてレッドに選ばれていた熱太の戦いに感銘を受けた者たちが集まるという、まさに戦隊ヒーロー冒頭の仲間集めが如き展開で集まっている。
無論、それには試験という名のテストがあったことは公にはされていない。
ホリィが気づいたように、同じチームメンバーの熱太もエレナも翔香の異変には気づいていた。
上級生の校舎から校庭で沈んでいる翔香を見ている二人は、表情を固く強張らせている。
「翔香ちゃん、このまま辞めちゃうんじゃないかしら?」
「——エレナはどうなんだ?」
常に直球勝負で回りくどいことが嫌いな熱太でも、今回は答えを先延ばしにするように話題を逸らした。
しかし、投げかけた話題も心の奥底で気にかかっていたものなのだろう。
それを問うことを恐怖していたからか、熱太はエレナの方向を一切見向きもしない。
「私は……」
無意識にふわりとウェーブがかった栗色の髪が色香をまいた。
少し疲れたようなため息が大きな胸を揺らす。望まぬ答えが返ってくるのではないか、と熱太も冷や汗をかいた。
「やめないわよ。なぁに? 辞めるって思ってたの?」
「——俺たちが変身している間に何人もの護利隊員が犠牲になっている……それを受け止められるものはそういまい」
「月並みなこと言うけど、私たちが戦わなきゃもっと人が死ぬ」
その意見は熱太も考えていることだった。
自らの立っていた場所が崩れ去るようなことが起きても、立ち続けるような精神力がヒーローには求められる。
「流石だなエレナは」
「熱太くんだって、一人になっても戦い続けるつもりだったくせに」
「俺は飛彩と約束したからな。ナンバーワンヒーローになって共に戦うと。かつて世界を希望で照らしたあの人のようになると!」
どんな苦難に飲まれようと、ヒーローとして戦い続ける覚悟が二人はあった。
踏み込みにくかった信念の領域を互いに知ることができ、急に表情が綻ぶ。
「俺は戦い続けてみせる! 平和のために散っていった者たちへ唯一できる手向けであろう」
その熱い決意は本物に違いない。間違いなく熱太の熱気は太陽のように人々を暖かく照らし続ける。
そういった灯火が大きな光になって、希望に変わっていくのだ。
世界を平和に導く覚悟が、紛れもなく熱太とエレナにはあった。だが、翔香はどうだ。
視線は再び校庭の隅に向けられる。当たり前のように使命を語った二人だが、この洗濯がどれだけ辛い決断かを理解しているつもりだった。
「翔香が立ち上がれるかどうかは、翔香にしか決められないわ」
「ああ。俺にもかけてやれる言葉はない」
厳しく接しようとする自分と同意見なのか、とエレナは目を見開いた。
普段ならば通話時間が数時間超えるほど悩み相談に乗る熱太だというのに。
「熱太くん、それリーダーとしてどうなの?」
思わず出た言葉は、もはや冗談の方が意味合いを多く占めていた。
「——俺にできることはヒーローとしての生き様を語ること……もちろん、背中でな!」
「もうっ、昭和じゃないんだから」
よかった、そうエレナは感じた。
熱太は何も変わらず世界も仲間も同じように大切に考えていると。
誰も見捨てない熱い心に惹かれて、仲間になったエレナと翔香ならば再起の日が訪れるのもそう遠くない。
熱太のリーダーシップにはそのような魅力があった。
自分の選択は間違っていない、そう感じられるような。
「——きっとすぐに元通りになるわ」
三人で思い描いていた平和への道。
熱太たちの思いとは裏腹に、その願いは少しずつ崩壊へと近づくことになる。
それから数回の戦いを経て、救界戦隊レスキューワールドは目を覆いたくなるほどひどい戦果を叩き出す。
精彩を欠いた戦いぶりによって、レスキューワールドの三人だけではヴィランを仕留めることが出来ずに助っ人に入ってくれたジーニアスやホリィの活躍だけでなく飛彩が率先してヴィランを仕留めること異世化を免れてきたのだ。
もちろんお茶の間に激闘が提供される前には上手く編集されてヒーローのピンチに駆けつけた頼れる戦友たち、という楽観的なコラボレーションでレスキューワールドの人気が衰えることはなかった。
だが、飛彩が戦った時は話が別だ。
ヴィランの攻撃でカメラが破壊されたことにして、映像が民衆に届かないような措置が捉えている。
つまりレスキューワールドを支援する企業にとっては、みすみすその宣伝機会を失うことになるのだ。
世界をいくら守ることに成功しても、資金援助しているスポンサーたちにとっては、その戦いは失敗や敗北といったものに他ならない。
「……以上が君たちのグッズの売り上げだ。予測より十パーセント多い。さらに最近の視聴率も悪くない」
ヒーロー本部の応接室に呼び出された熱太、エレナ、翔香の三人は、自分たちの担当官とスポンサーと対峙する形で座らされていた。
苦戦する戦いぶりとは反比例する人気。
それも広報部や制作会社が上手く隠してくれているだけだということも熱太は理解できていた。
「ただ……これ以上、仲間の手を借りて戦っていたら飽きられると?」
「——言いにくいが、な。私の力ではどうにも止められんよ」
スポンサー会社から説明に来ている初老の男はこけた頬を撫でながら厳しい視線を送った。
このまま失敗が続くようならヒーローとしての存在価値はないぞ、と暗に示すようで、異世界からの侵略者と戦っている戦士といえども身が竦む。
それもそのはず、彼らはまだ高校生なのだから。
「我々は精一杯戦っています」
リーダーとして気丈に振る舞う熱太。
ここで怯めばエレナや翔香が余計な重荷を背負ってしまうことを認識し、たった一人で矢面に立とうとしているのだ。
自分たちの担当官は結局サラリーマンで、スポンサーたちに頭が上がらないことも理解した上で。
「ヒーローによるヴィラン撃退の戦いは官民一体の事業……世界が滅ぼされるかもしれないのに、何故国が主導しないか分かるかい?」
「世界のために戦いたい、それに賛同してくれる企業の方々がいてくれるからでしょう?」
「残念だが……結局は金になる。ただそれだけだよ」
「——っ……!」
今まで快勝を続けてきたレスキューワールドは値踏みされるような目にあったことがなかったが、ヒーローですらこの世界は金儲けの道具に過ぎないのか、と仕組みへ苛立ちが募っていった。
エレナも汚物を見るような目つきで初老のスポンサーを睨む。
「これも申し上げにくいことだが……君たちが結果を出せなければ世界展開は没収。再び試験をして新しい中身を募ることになる」
英雄は富豪の掌の上にいる、その事実に熱太はヒーローらしからぬ衝動にかられそうになった。
素早く察知したエレナが腕を抑えなければ、この場所は強盗と揉み合ったように荒れた状態になっていただろう。
「負け続ければ……辞めさせられる……?」
虚ろな瞳で男の言葉を解釈した翔香。
そこから漏れるのは絶望の息と何かが見え隠れしているようで、エレナがすぐさま肩に手を置いた。
エレナも本当は誰かを頼りたいだろうが二人を献身的に支える役を自ら買って出ている。
「二人とも……勝てばいい。ただそれだけよ。私たちはお金のために戦ってるんじゃない」
「——そうだな」
「はい……」
その後、男は事務的な話をしてそそくさと去っていった。
体を張って戦っているヒーローに、会議室で居眠りしながら未来を想像する連中の言葉を伝えるには大きな心労が伴うのだろう。
いたたまれない空気に耐えられなくなったのか、担当官も口をもごもごさせながら退出していく。
本来色とりどりの戦隊のはずが、まるで真っ黒に染まったように重苦しい影を落としている。
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