「あー、こいつの言ってることなんて、気にすんなよホリィ?」
「大丈夫です」
恐る恐る飛彩はホリィを見たが、そこにいるのはヒーローとして戦っているときと同じく凛としたものになっている。
その姿を見た瞬間、余計なお世話だったなと飛彩は小さく笑った。
「こいつクビにした方がいいだろうな」
「そうですね。ただ、私の方がこの家から勘当させられちゃうかもしれないですけど」
逆に冗談で言い返してくるくらいにホリィの心は決意に満ちたものになっている。
そっとホリィの耳に手を伸ばした飛彩は左足の力を解放しながら通信機を優しく取り外した。
「報告遅れた。とりあえず一番やばかった相手はぶっ潰した。ホリィも無事だぜ」
「心配したわよ! だいぶ苦戦したんじゃない?」
「一般の方に展開の力を使うわけにはいきませんからねぇ」
「うるせーな。ホリィに通信機渡しっぱなしにしてただけだ。欠片も苦戦なんかしてねぇ!」
ムキになって言い返す飛彩を見ながら小さく笑ったホリィはそそくさと上の階へ向かうエレベーターのボタンを押した。
「……」
飛彩に背を向けた状態で深く息を吸ったホリィは、もし飛彩が来なかったらどうなっていたかを想像した。
「——私は逃げていただけでした」
どちらに天秤を傾けるべきかという問題。
ヒーローとして世界を救う存在になるか、家のためにお飾りのヒーローになるか。
その二択は当事者にとって、途轍もなく重いものでありどちらかを裏切ることなど想像もつかないものとなっている。
だからこそ飛彩に選択してほしいと願った、だからこそ流されて従おうとも思った。
自分の選択したという責任を一番ホリィは恐れたのかもしれない。
気丈に振る舞いつつもいつの間にか俯いていたホリィの肩に手を置いた飛彩は何も言わずにただ隣へと並び立つ。
ホリィがどうしたいのかを確かめる、ただそれだけのはずが歴戦のボディーガードと大立ち回りまで演じたのだ。
蘭華やカクリは絶対にヒーロー本部に戻ってこないと許さないという念を送り続けていたが、現場にいる飛彩は何事もなかったかのように飄々としている。
「おい、エレベーターきたぜ」
家族に対し、一歩を踏み出すことがホリィには出来なかった。
何よりも優先すべきものだと教え込まされていた相手に、今ホリィは自ら立ち向かおうとする。
「ええ。行きましょう」
パーティー会場では恙無く進行されていたが、スティージェンとの連絡が取れないことにより統率に乱れが生じつつもカエザールの叱責でそれも元通りとなる。
「あやつが護衛の時間に遅れるとは、何か起きたのではないのか?」
「最後にスティージェン様が何をしていらっしゃったのか不明でして……」
「そうか」
控室で自分の演説の時間を待っていたカエザールは、会場のことをマリアージュに託して一人静かにソファに腰を下ろしていた。
ホリィのところに送ったスティージェンが戻らないということは、娘の説得に時間がかかっているのかとも思考を巡らすが自分の娘にそれほどの胆力がないと決め付けているカエザールは別の想定も巡らせる。
「スティージェンにはホリィの面倒を見させていてな。もう少し時間がかかるようなら、誰か迎えに行け」
「かしこまりました」
身内やごますりをする連中だけを呼んだはずのカエザールだが、誰が命を狙ってくるかは分からない職業柄、スティージェンのような腕利きが必要なのだ。
少し演説が遅れても誰も文句など言うまいとふんぞり帰っていると、黄色の可愛らしいデザインに身を包んだライティーが血相を変えて飛び込んできた。
「お父様大変だよぉ!」
「ライティー、もう少し落ち着きを持てといつも言っているだろう?」
「それどころじゃないよ! ホリィお姉様が勝手に会場に来ちゃった!」
「——何だと?」
狂い出したカエザールの想定。
逆にホリィが会場へ勝手に足を踏み入れるなど、スティージェンが裏切って唆したとしか思えないらしく青筋を浮かべる。
「早く止めさせないと! あんなお姉ちゃんが勝手に喋ったら……」
「わかっている」
とは言いつつも、止められない。
完璧なこのセンテイア財閥の催し物に何度も不手際があってはならないからだ。
全力でホリィを止めようと思えば停電などの方法がいくらでもあったが、すでにサイレンの誤報というハプニングが会場を襲っている。
それを鑑みると、いくらカエザールといえども動けなかった。
「私が止めよう」
直々に止めるしかないと重い腰を上げたカエザールはスティージェンの解雇という飛彩と同じ思考に至る。
「こっちです!」
「ライティー、先にホリィのところへ」
「わかりました!」
強者が弱者に振り回されることを良しとするわけにはいかない、と金と権力というヒーロー以上の力を持つ存在がその牙を奮おうとしていた。
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