「いてて……ってこんなもん飛ばしてたのか! カクリすげぇな!」
自分の身に何が降りかかっていたのか全く理解していない飛彩に大きなため息をつくことになった。
そのままカクリは、邪魔されないことを良いことに床に寝転ぶ飛彩へと顔を近づけていく。
「メイさんのおかげです。私の空間転移の力を使って飛ばしてるんで自動操縦も簡単なんですよ〜」
「だから他の隊員もいねぇのか」
「ええ。だから着陸するまで……カクリと一緒に……!」
妹同然に思っていた相手が急に色気を醸し出すものだから飛彩は面食らってしまう。
隊服の胸元をはだけさせたカクリに咳払いをしながらやめさせようとする飛彩だが、これで完璧にヴィランの精神攻撃の類という間違った確信を抱いてしまった。
「ヤベェな……蘭華たちもすぐメイさんに見せよう!」
「えっ! ちょ、ちょっと飛彩さん!?」
立ち上がった飛彩はカクリをお姫様抱っこして、まだつながっていた異空間へと飛び込んだ。
それだけはまずいとカクリは元々の目的も忘れて早口で捲し立てるもの飛彩は聞く耳を持たない。
「ダメですダメです! 飛んでる時にカクリを外に出しちゃったら〜!」
「いいから行くぞ!」
「せめて動力変更を〜!」
浮遊感で上下がどちらかもわからない異空間を飛彩は颯爽と駆け抜けて、元のホリィの隣へと再び降り立った。
蘭華たちはまだ何事も起こっていないことに安堵しつつも、カクリをお姫様抱っこからすぐに解放させる。
「ちょっと! 皆抜け駆けし過ぎよ!」
「それを蘭華さんが言いますかぁ!?」
「落ち着こう、一回落ち着こう?」
諭す春嶺の慌ただしさがより、飛彩の心をざわつかせる。
まだヴィランの攻撃の余波があるのではないか、自分の左足の回復に副作用があるのでは、など理由は様々だ。
「ねぇねぇ、隠雅? 皆どうしちゃったのかなぁ〜?」
「こらぁ! 翔香さん! 今更常識人気取らないでください!」
いつもの直情的な作戦をやめた翔香を無理やり下がらせるホリィ。
よくわかっていない熱太はワハハと笑い続け、エレナは早く家に帰って寝たいと嘆息した。
「やっぱり皆、混乱してるのか……?」
鈍感さがさらに混乱の輪を広げていく。
ここで君が誰か選べば解決よ、とエレナは身も蓋もないことを考え始めた。
「熱太くん、年長者なら止めてくれば?」
「戦いが終わった後の親睦! 青春だなぁ!」
「意味わかってて止めてなかったわけ……?」
勝利の興奮もあるからか、騒々しさがどんどん広まっていく。
さらにそこへメイが鬼のような表情で駆け寄ってきた。
「おいおいメイさんまで……嘘だろ?」
「このバカ飛彩ー! なんでカクリまで連れてきたのぉ!」
白衣がありえないほどにはためいていることで、その凄まじい速度が体感できた。
ハイヒールにもかかわらず一瞬にして数十メートルの距離を詰めてくるメイに飛彩たちは顔を引きつらせる。
「な、なんでそんなに怒って……」
「あ!」
怒りの原因に気づいたカクリは急いで輸送船に戻ろうとするが、耳を劈くエンジン音が再び全員を包んだ。
「カクリの展開力で動いてるんだからカクリが出てきちゃダメでしょォォォォぉぉぉ!」
全員の視界に飛び込んでくるのはコントロールを失って緊急事態を知らせる警報を鳴り響かせる最新の輸送機だった。
予備燃料に連結する他の人員が存在しないせいで墜落まで秒読みというところである。
「と、止めないと!」
「やめろカクリ、今からじゃ無理だ!」
開いた異空間に飛び込もうとするカクリだが、後ろから飛彩に抱き抱えられたことですぐにしおらしくなった。
「飛彩さん、大胆ですねぇ?」
「言ってる場合か!」
「つ、墜落しますぅぅぅ!」
甲高いホリィの悲鳴が響いたかと思えば、メイの持つ全ての技術力を結集した輸送機「ディフェンスフォース」は壊れかけのドームに直撃して大爆発を巻き起こす。
照らしていた月明かりを塗り替えるほどに燃え盛る炎が全員を鋭く照らした。
驚きも嘆きも出てこず、むしろ全員共通して呆けた表情になってしまう。
「え、えっとこれは……」
誰もが開発した本人であるメイに視線を集める。
爆炎に照らされた横顔は涙を流すでもなく無表情なままだった。
「みんな、怪我はない? 中の人たちは避難させてあるからきっと大丈夫よ」
辛い気持ちを心の奥底にしまっておく大人の余裕に感服する一同。
財源がどうなっていたのかを考えるだけで吐き気を催していた黒斗を除いて、全員がはしゃぎ過ぎていたことを反省する学生のように顔に影を落とした。
「ご、ごめんなさいメイさん……」
暴走のきっかけを作った蘭華は事態の重さを認識するにつれて謝る腰の角度が大きくなっていった。
それに追随してしまった少女たちも勝利の功績が霞む失態を前に反省の色が深くなった。
「ま、まあリージェにも勝ったんだし、いいじゃねぇか……」
勝利の美酒も早々に薄まってしまう。
華々しい功績は求めていなかったが、何事も起きていないという風に見せかける作戦は完璧に崩れ去ったのである。
まさか戦いがこんな形で広まることになろうとは、そう飛彩は頬に汗を伝わせるのであった。
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