「やった!」
「ってときは……!」
歓喜に打ち震えるのも束の間、飛彩の左足に再び同じ展開が発生する。
しかも展開力が何倍にも込められた螺旋回転を纏った蹴り込みは一気にリージェの胸元へと近づいた。
「やれてねぇ時なんだろ?」
そこから始まる拒絶と再生の繰り返し。
飛彩の展開が弾けた瞬間、それは瞬時に元に戻っていった。
能力を弾いた瞬間、わずかに生まれる隙に合わせて飛彩の脚が進んでいく。
じわじわと迫る断頭台のような飛彩の脚撃にリージェの表情は勢いを増して青くなっていった。
「そ、そんな方法あり!?」
「戦いに汚ぇも何もねぇ!」
幾千という再生と破壊を繰り返した後、刃がとうとうリージェへと届いた。
拒絶することの出来ないほど濃密な展開力を帯びた飛び蹴りが胸部へと叩き込まれる。
「なっ……にぃ!?」
螺旋回転を描いていた展開力が、着撃と同時に逆回転してリージェの展開だけを引き剥がすようにして消しとばした。
その代わりに、その場から吹き飛ぶことはなかったリージェだが、代わりに蓄えていた全ての拒絶展開が消えてしまった。
むしろ飛彩もこの一撃ではトドメを刺しきれないと分かっていたからこそ、肉体ではなく展開を吹き飛ばすことを選んだのだ。
「異世の案内はいらなくなっちまったな」
「ふざけ……!?」
黒き左腕から放たれたアッパーカットでリージェは無残にも空中へと投げ出された。
そして、ホリィが描いていた未来が今ここに確定する。
未来は飛彩が立ち直り、リージェを倒すと知っていたのかもしれない。
「飛彩くん……!」
ここからの未来を決める必要はない、そうホリィは思えた。
この場にいる誰よりも強くなった飛彩が切り拓く未来こそ最高最善の未来だと知っているからだ。
「いくぞ!」
「ぐぅっ!?」
高く投げ出されたリージェは、いまだその勢いに逆らうことが出来ず唯一動く目で下を見ることしかできなかった。
だが見る必要もなく、赤と緑の装甲脚から生み出された超跳躍がリージェをすぐに追い抜いていく。
未だに上昇し続ける中、風圧に逆らいつつ顔を上げた時。
飛彩が残虐ノ王を振り下ろした瞬間だった。
「ね、ねぇ! 引き分けってことにしない?」
「いや、このまま勝ち逃げさせてもらう!」
左肩へ沈み込む飛彩の右足。
その踵落としですらリージェの鎧に大きな亀裂が走っていく。
それだけでは生温いと言わんばかりに、深緑の左足から展開力が吹き出した。
「これで終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
共に落下していく勢いそのままに、二撃目となる槍脚をを心臓部へと炸裂させリージェを黒い流星として地面へと放った。
願いを叶えることのない敗北の星屑となったリージェは地面に大きなクレーターを作り、その底で身体を無造作に投げ出した状態で転がっている。
「ふざけ、やがって……」
上半身の鎧は粉々に砕け、痩せているが筋肉質な身体が月夜に照らされた。
クレーターの淵へ着地した飛彩は深い底へと視線を飛ばす。
「……まだ、やるか?」
「——無理だね、限界だ」
息も絶え絶えな様子のリージェはもはや万策尽きたという様子で苦悶の声を漏らす。
敗北を知らなかったリージェのプライドは粉々にされたのだが、それに対し怒りも湧かずにただ命があったことを安堵した自分自身に嫌気が差しているようだ。
「だが……今日のところは、だ」
「!?」
穴の底が深淵に繋がってしまったかのような暗黒に染まり、ゆっくりとリージェが沈み込んでいく。
異世の黒い雷が轟きながら昇り、詰め寄ることを拒む。
「飛彩っ!」
「飛彩くん!」
未来確定で雷を弾きつつ、ホリィと蘭華が勝利した飛彩へと駆け寄った。
そこで目の当たりにするのは逃げおおせるリージェの姿。
異世そのものの瘴気と展開が渦巻き、こちら側が蝕まれないように飛彩と共に展開を最大限に張るだけで精一杯だった。
とても未来確定の力を使ってリージェを引き戻すことなど出来ないようで、悔しさに端正な顔立ちが歪んだ。
「蘭華、俺の後ろにいろ」
迸る雷から隠されるように蘭華は飛彩の背中に顔を埋める。
結局足手纏いになってしまったと、心配になってすぐに駆け寄ったことを即座に後悔して。
「リージェ、逃げるのか?」
「うーん、死ぬまで戦ってもいいかと思ったんだけど……呼ばれちゃった」
ヴィランにしては喜怒哀楽の激しいリージェだったが、今や美しい金髪もくすんで表情も諦めたようなものになっている。
「誰にだよ?」
「一番偉い人に、ね」
その一言に再び飛彩の胸がざわめいた。
今リージェと共に乗り込めば異世を統べる相手を捕捉出来る。この絶好の機会を逃すわけにはいかない、と。
リージェの奥にいる強大な何か。
その気配を感じられた飛彩だが、恐怖などの感情どころか一切の感情も生まれなかった。
それが力を抑えているということだと理解してしまう不思議な感覚が飛彩の脳を直接殴りつけているようで。
「飛彩くん、ここは引きましょう?」
そのホリィの問いが聞こえないくらいに飛彩の身体からは汗が流れていた。
間違いなく自分より次元の違う強さを持っている相手が、さらには異世を統べる存在が向こう側にいる。
飛彩の持っている常識の外にいるということは理解できていたが、ここで世界を救えるかもしれないと思うと向こうへ飛び込めという衝動が湧いてくる。
「勝てるかどうかなんて関係ねぇ……その親玉ってやつと会わせてもらおうか?」
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