先天性の世界展開がカクリの一件により眉唾物と化した中、飛彩は自身の能力がメイに植え付けられたものではないとその話を持って確信していた。
「今の支配ノ起源とは違って不完全な状態だったらしいけどよ」
「そうなんだ……ありがとね。全然覚えてなくてごめんだけど」
その時、蘭華は眠れる力を呼び覚ました鍵が自分だったことに不謹慎ながらも嬉しさを覚えてしまう。
飛彩がそこまでして自分を窮地から救おうとしてくれたのか、と。
「俺もよく覚えてないし、メイさんは俺を悪用させないようにずっと本部とかから守ってくれてたらしい」
「……メイさんらしいわ。私たちの知ってる、ね」
「それもそうだけど、俺の言いたい事はそこじゃねぇ」
真剣な飛彩の表情を見て、常に孤独であろうと尖っていた存在がここまで成長するとは蘭華も思っていなかったようだ。
「俺の力はお前がいたから生まれたんだぜ?」
「何言ってんのよ、本人の資質でしょ?」
「そうかもしれねーが……俺にとってやっぱりお前は特別だ」
外敵から物理的に守り、心に迷いや恐怖があれば寄り添うような言葉をかける。
それがヒーロー相手でも蘭華のような一般人に近い存在でもだ。
「俺は……お前がいる世界を守りたい」
「そ、それってどういう意味!?」
「とにかく。世界を守れても、蘭華がいない未来だけは嫌なんだって思うんだ」
告白じみた言葉に蘭華はたまらず半歩下がってしまう。
きっと告白でも何でもない幼馴染みの延長線としか考えてないであろう飛彩の言葉は蘭華の心から迷いを奪って喜びを急速充填させていく。
「ずっと一緒だったろ? いなくなったら普通に嫌なんだよ」
「あ、やっぱりそういうね……」
残念さが少しばかり滲んだ。そのような展開だと予想していたものの蘭華を想う飛彩の真摯な気持ちは着実に心を軽やかにさせていく。
「まーなんていうか。世界を守るとか正直、スケールがデカすぎて実感が沸かねぇ」
全人類の行く末を背負っているというのに飛彩は普段通りの平常心を完璧に取り戻している。
きっとそれは自身以上に思い悩む存在の多さが冷静さに繋がったのだろう。
ゆえに普段言えない感謝の言葉も紡げる。気恥ずかしさも何もかも捨てて、せめて自身にとって蘭華がなんなのかを伝えようと。
「でもお前と一緒にいる日常を守らなきゃって思うと力が湧いてくるんだ」
「飛彩……」
そこで蘭華の手を取る飛彩は下がられた距離だけ詰め寄り、左手で力強く握り締める。
「何も出来ないとか言うな。お前が俺の側にいてくれるだけで俺は強くなれる……だから待っててくれ。俺が世界を救うのを」
「……はぁ〜」
意外なことに蘭華の返答はため息だった。愛の告白をしたつもりのない飛彩だが、それなりに気持ちを込めていたこともあり目を丸くする。
「ら、蘭華?」
苦いため息を浮かべたかと思いきや、蘭華はすぐに飛彩へ微笑みを携えて見つめ返す。
「そんなこと言われてただ待ってるなんて出来る?」
「ん〜……むしろやる気出るよな?」
「今、飛彩と同じ気持ちよ」
震えや無力感が消えた蘭華は握られていた手を解き、意を決して飛彩へと抱きついた。
一瞬で飛彩の顔が赤くなるが、蘭華も同じく顔を赤らめている。
「お、おい!?」
「私も一緒に戦う。どんな時も一緒にいるから……飛彩が守ってよね」
「……ああ」
危険だと返せなかった飛彩も、蘭華を振り解かずになすがままの状態だった。
柔らかい胸に気圧されてという理由が大きいかもしれないが、事実飛彩の近くが世界のどの場所よりも安全かもしれない。
「でも無茶はすんなよ」
「ふふっ、それは飛彩でしょ」
隊服により温もりが伝わることもないが、お互いの心臓の音が聞こえてしまいそうな空間は黒斗からの連絡が入るまで続くのであった。
一方、何かを思いついたように部屋を飛び出したホリィはとある人物を呼び出していた。
「お嬢様……私にはカエザール様をお守りする使命があるのですが?」
広いトレーニングルームには機材もなく一対一の組み手をする道場のような場所。
そこにホリィが呼び出した相手こそ人間界最強の男かもしれないかつての執事、スティージェンだった。
「私に武術を教えなさい」
「血迷いましたか? そんな付け焼き刃など意味がない。では私は警護に戻りますので」
「お父様には他の護衛を送りなさい」
「……私に命令できる権限はないと思いますが?」
相変わらず気怠そうな佇まいのスティージェンは癖毛や半開きの眼のせいで高いスーツを纏っているというのにくたびれた印象を与えてくる。
せっかくの長身も猫背で台無しとなり、間違いなくホリィをナメている証拠だった。
「変身能力失ったのでしょう?」
「……ええ」
「であれば貴方は作戦からはお払い箱。あの飛彩とかいう少年だけが戦うのでは?」
「飛彩くんだけ、ではダメなんです! 私も絶対に変身能力を取り戻して飛彩くんと一緒に戦いたい!」
カエザールの利益を優先するスティージェンにとって、現状のホリィが死のうがまだ娘は二人もいる。
見殺しにしたところで問題ないのだが、飛彩から受けた借りを思い出してしまった。
「あの少年には借りがある……それを考えれば貴方の申し出を受けるのも吝かではない」
「で、では!」
「しかし、本当に彼のためを思うのであれば他のヒーローふくめ隠れている方がよほどいいと思いますが?」
冷酷な現実を突きつけるスティージェンだが、その思考は戦士として戦場に余計な荷物があるのは困るという飛彩を想っての言葉だった。
だが、今のホリィ達はそれでもなお隣で戦うという選択肢を選んだのだ。強い覚悟を宿したホリィは一歩も退かずに唯一の出口へと歩いていく。
「私は飛彩くんと一緒に戦える力が欲しい。例え付け焼き刃でも、ほんの一瞬でも敵に隙を作り出せるのなら何でもやってみせます」
立ち塞がるような態度のホリィからはかつてスティージェンが感じていた意思薄弱さは消え失せていた。
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