「……ん?」
手刀が蘭華達の頭上で止まり、風が髪をはためかせた。
「何をしている」
そこで蘭華は閉じていた瞳を見開く。
「ひ、飛彩……!」
「何勝った気でいやがる。まだ俺は死んじゃいねぇぜ」
倒れていた飛彩は力強い眼光でヴィランを睨む。
さらに消えたはずの左腕の鎧を再構築して相手の足首を音が出るほどの握力で握り締めていた。
「歯向かうだけ無駄だ。リージェを斃した褒美に一度は見逃してやる。その手を離せ」
「——ああ、いいぜ」
しかし飛彩が弱気な姿勢を見せるはずもない。起き上がると同時に握っていたヴィランを上空へと放り投げる。
そのまますかさず立ち上がった飛彩は蘭華を守るように一歩前に出て左腕を深く引いた。
投げ出されたヴィランは回転しながら地上へと足を伸ばしている。
目まぐるしく変わっている景色の中を穿つしかないと、飛彩は残された力を全て左腕に込めて突貫した。
「くらえぇえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「……愚かな」
その攻撃は失敗に終わる、未来を見通す力のない蘭華でもそう感じてしまう。
展開力を一切込めていない拳と周囲を圧倒するほどの波動がこもった拳。
見れば飛彩が勝つと思えるはずなのに、どうしても敗北の未来が拭えずにいた。
「飛彩ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
その悲痛な叫びが響くと同時に、飛彩とヴィランの間に空間亀裂が発生し二人はその両面の中へと消えていく。
そのままお互いはいちを入れ替えるようにして、闇の街へと着地した。
「これは……」
「カクリの空間移動!?」
展開力があるものには使えないはずではという考えが蘭華の脳裏によぎった瞬間、もう一つの転移の門がその背後へと発生する。
響く靴音が、廃墟の乾いた大地を踏み締める音へと変わっていく。
新たな敵の出現に強張る飛彩はすかさず蘭華を抱えて、ヴィラン達から距離を取った。
「大人げないですよ、こんなところでお遊びになって」
その声を飛彩と蘭華は理解出来なかった。
いつも優しく自分たちを見守ってくれていた声を脳が理解しようとしない。
「嘘だろ……」
「……メイさん?」
見慣れた白衣と気怠そうな瞳。
目で見てしまっただけでなく、本能でいつも自分たちが接してきた星霜土メイだと感じてしまう。
「ど、どういうことだよメイさん!」
「うるさいわね」
鋭いヒールの蹴り込みが飛彩を思い切り吹き飛ばす。
横たわる熱太や刑に蹴躓いてすぐに地面を転がるものの、威力の凄まじさに痛苦の息を漏らした。
「我らが始祖よ。こちらの世界は我らにくださるという契約のはずでは?」
「ふっ、記憶の彼方だがそんな契りを結んだこともあったな」
闘気を抑えた挑発のヴィランは知己と話すような軽やかさを纏い始める。
気心知れた間柄のようにも見える光景に、変装が得意なヴィランであってくれと蘭華は心の底から懇願した。
「飛彩くん、蘭華ちゃん」
だが、その一声でもはや疑う余地はないのだと理解させられる。どれだけ否定したくても目の間にいるメイは本物だ、と。
「もう抵抗するのはやめなさい。苦しむだけ損よ」
「何言ってるんですか! メイさんは仲間で絶対に裏切ったり……」
「あー、裏切るとかそういう話じゃないのよ。この世界を私達のものにするために、あっちから逃げ出してくるヴィランを撃退したかっただけ」
それを裏付けるが如く、メイの片足が鎧に変貌を遂げていた。
全てを穿ち抜き、どんな攻撃も防いでしまいそうなその鎧は見まごうことなくヴィランの黒さを光らせている。
「メイさんが、ヴィラン? 嘘だ……嘘だぁ!」
誰よりも頼れる援軍だった存在の唐突な裏切りに流石の飛彩も震えた。
そのまま、左手の親指から広がっていく鎧が鎧がトレードマークだった白衣を覆い尽くしていく。
しなやかな肢体を強調する軽装鎧が頭部以外に装着され、ララクやリージェと変わらぬ様相へと成り果てる。
「メイ……さん」
「子供みたいに喚かないで」
紡がれる言葉は全て嘘のように思えるものの、それはそう信じたい心が見せるものだと飛彩は立ち上がりながら歯噛みした。
優しかったメイの記憶と目の前の光景がせめぎ合い、拳を握ることすら出来ずに力なく視線を落とす。
「まあ、あなた達はもう戦えないでしょう」
意識のある飛彩と蘭華の戦意喪失は、絶対強者ではなく最愛の仲間によりもたらされた。
「ここからは私と貴方の話よ……フェイウォン・ワンダーディスト」
「その名で呼ばれるのも、久方ぶりだ」
懐かしむ「フェイウォン」と呼ばれた始祖のヴィラン。
何よりも黒い鎧を身に纏う存在から黒や影、闇というものが生まれたのではないかと蘭華は思えてしまう。
「フェイウォンの誕生が全てを作り替えた……人とヴィラン、生物から善と悪を切り分けて」
壮大な語り口のメイ。
底知れぬフェイウォンというヴィランならば天地創造に関わっていても不思議ではない、そう思えてならなかった。
飛彩達の戦意を削ぐためか、メイはそのまま異世に残されている伝説を語り始めた。
古来、光は存在しても影というものは存在しなかった。
そう、光に照らされたものの後ろに黒いそれが落ちることはなかったのだ。
そもそも影以前に黒は世界に色としても存在していないのである。
では何故それが生まれたのか。
答えは簡単だ。
彼がその場を歩いたからだ。
宇宙を黒く染め、光が闇に怯えて影を作るようになってしまったのはたった一人の「悪」がいたからに他ならない。
光と闇の確執を創り上げた存在、それこそが悪の始祖『フェイウォン・ワンダーディスト』なのである。
「彼こそが我らがヴィランの始祖にして我らが王『フェイウォン・ワンダーディスト』よ」
伝説を語るメイはそれを見てきたもののように言葉を紡いでいった。
もはや、天災や神の域にいる存在だと暗に語られた飛彩達は戦う意志を今度こそへし折られる。
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