【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
半袖高太郎

ホーリーフォーチュン、初陣

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
文字数:3,050

 愚痴をこぼしつつも入念な準備を行なった飛彩は、巨大な平地となっている第三誘導区域へと他の隊員よりも先んじて到着していた。

この区域は都市部にありながらも巨大な荒地といった様相の場所で、ヒーローの世界展開リアライズが映えやすい番組として人気な戦場だ。

ホリィの世界展開リアライズがこの殺風景な荒地をきらびやかな幻想空間に変えてしまうことも想像に難くない。


「裂け目は……あれか」


 広大な空間のちょうど中央に、小さな時空の裂け目が鎮座している。

まだ強者を運び出すには心許ない大きさだが、そこからはしっかりと異世の展開が漏れ出していた。

上からの命令はホーリーフォーチュンの正式なデビュー戦に相応しく、そこそこ弱いヴィランが現れるように調節しろとの連絡がきていたが、そんなことができるなら毎回調節していると飛彩は石を投げ捨てた。


 準備を終え、暇を持て余した飛彩が小太刀を研いでいると空撮用のヘリコプターが二機接近し始めた。

片方がホリィたちを乗せたもので、もう一つはドローンカメラ以外の撮影クルーが乗っているのだろう。現に片方のヘリコプターがゆっくりと降下し始めた。


「けっ……来ましたよ今回の主人公様が」


個人領域パーソナルスペースを発動し、自身を透明化させた後、視界を覆うバイザーの一部を生放送の番組へとつなげる。



「ご覧いただけますでしょうか? あれが次元の裂け目! 異世からヴィランが侵略しようとする兆候です!」


 護利隊の飛彩にとっては既知の情報だが、それよりも度肝を驚くことが画面には映し出されていた。


「何とも禍々しい雰囲気です……これ以上、近付くなと言われているような気がします!」


リポーターの女性は理知的な眼鏡をかけたスーツ姿で髪の毛は真っ黒なロングストレート、さらに声は全くの別人だったが飛彩の目は欺けなかった。


「蘭華じゃねぇか! あいつ何やってんだよ!」


すかさず事情を説明するように黒斗からの通信が入る。


「リポーターを危険に晒すわけにはいかないからな。新米のフリーアナウンサーという触れ込みで蘭華に潜入してもらっている」


「何回驚かせてくれるんだ? ここはいつからびっくり箱の宝庫になってんだよ?」


「気を抜くな。そろそろホリィ・センテイアも到着する」


「だったら先に言っておけよ……」


 恨み言をかき消すように接近するもう一つのヘリコプターが無事に着陸すると、そこからヒーロー本部正式隊服を纏ったホリィが現れた。


軍服のような様相をしているがカラーリングは白と薄い黄色を基調としており、ホリィ専用デザインの隊服ということが見て取れる。


「きました! 彼女です! 彼女こそ今日新たに誕生するニューヒーロー!」


 ドローンカメラが取り囲むようにホリィの全身をくまなくお茶の間へと届けていく。

さらに追随していくテレビクルーも機材のセッティングを急いだ。

ヒーローは人気を出すために美男美女揃いである。


このホリィもそういう意味では人気になるだろう、と常にヒーローを守り続けていた飛彩はそう直感できる。

胸も大きいし、と付け加えて。


「彼女はホリィ・センテイア! かの有名な財閥の次女であり、ヒーローとしての才覚に溢れる私たちの新たな救世主です!」


 口をパクパクと動かす蘭華の演技は一切不自然なところはなく、生放送の今でも誰もおかしな点があるなど欠片も抱いていないだろう。


「新ヒーロー爆誕、新たな歴史の一ページ……またテキトーな番組名だな」


 悠々と歩いていくホリィに追随するカメラたち。

それに呼応するように時空の裂け目から小さなコウモリが飛び出した。

誰もが拍子抜けし、飛彩や蘭華含め自分たちで何とか出来るだろ、と思った瞬間。


「「「「「「キイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」」」」」」


 次元の裂け目を押し広げ、波濤のようにコウモリたちが溢れ出す。

羽根を広げた大きさでも五十センチほどしかないが、その数が異様だった。


「百、千、万! 凄まじい数です! 異世からやってきた吸血コウモリの群れがホリィ氏を取り囲んでいます」


 真っ黒なそれらは夜の闇に一際暗く輝く黒そのもの。

その中にいた一際大きなコウモリが高く舞い上がり、甲高い声を響かせた。


「ハッハァ! 俺の軍勢にビビったか餌共! この世を俺の餌場にしてやるぜぇ〜!」


 知能の高さ、群れの規模からヒーロー本部も護利隊もレックス級のランクGを認定する。

個々の力はガルムに劣るが、群れの規模が評価に直結したのだろう。


「——あぁん? 小娘と……雄が数匹? この世を手に入れるバイトバット様への貢物としちゃあ少ねぇんじゃねぇか!?」


小悪党のようなセリフにお茶の間のヘイトが高まり、このヴィランをいかにヒーローがこらしめてくれるのかと注目が集まっていく。


「貴方のような人を人とも思わない侵略者に……負けるわけにはいきません!」


「ハッ……まずは貴様から血祭りにあげてやる! かかれぇ!」


 羽尾を翻すと、けたたましい叫び声をあげた小さなコウモリたちが一気に迫っていった。


「私は誇り高きセンテイア家よりヒーローになった存在……貴方たちのような悪に屈するわけがないでしょう!」


 未だに変身する気配のないホリィに苛立ちながら、研いでいた小太刀を携え突貫した。

先導を切っていたコウモリを殴りつけると、警戒し始めたようでホリィを取り囲むようにコウモリたちは旋回し始めた。

「おい、本当に俺は映ってねぇんだよな?」

「クルーには安全用と偽ってバイザーをつけさせてある。個人領域パーソナルスペースを切ってもお前のことは見えない。もちろん全てのカメラにもな」


「けっ……また損なお役目だ」


 自分の動きを見てヒーロー部に転属させてくれる上層部がいるかもしれないと思っていたが、その願いも再び儚く散った。

それなのに、ホリィを傷つけでもすれば全責任は飛彩へと降りかかる。


「白兵部隊はお前一人だ。残りは全て狙撃部隊に回している」


「上司の厚い信頼ってもんに殺されそうだぜ」


 今もなおコウモリに説教を続けるホリィに接近するコウモリを倒さずに殴りつけてその場から引き離すという地味な作業を繰り返す飛彩。


個人領域パーソナルスペースで繋がっている者同士にしか聞こえない通信で、カメラに映らない後方から狙撃が始まったとの連絡が入った。


「いいですか? 貴方たちの侵略は間違っています……」


熾烈になっていくコウモリの襲撃からホリィやドローンカメラを守るため、飛彩は縦横無尽に駆け回る。


「こいついつまで喋ってんだよオイ!」


 未だにバイザー内で番組を視認する余裕のある飛彩はもう殴るのではなく、切って頭数を減らしたいという欲求に駆られ始める。

偽りだらけのヒーローとヴィランの戦いは、新ヒーローの初変身ということもあいまって市井の人々の注目を集めていた。

視聴率や動画配信、何もかもがホリィの一挙一同を伝えている。


「どんなに辛くても……誰かを傷つけていいわけじゃない! 誰かのものを奪っていいわけがない!」


 澄んだ眼差し、さらに絶世の美少女と語っても過言ではない美貌が画面に大きく映し出される。

急激にバズるSNSや掲示板。画面の向こうの少女へと歓声を上げる男たちは映るホリィに釘付けになった。


「すごいわね。こんな化け物を前にして全然怖がってない」


「おねーちゃん、かっこいいねー!」


「ヴィランもビビって攻撃出来てねぇ! すげぇよ!」


「大口叩いた割に大したことねぇヴィランだなー」


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ! ホリィちゃん激推しします!」


「グッズ予約はじま……くそッ! 転売ヤーのせいで予約できんかった!?」


 様々な感想が飛び交う中、誰も泥臭い防衛劇が行われているなんて予想もしていないようだ。

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