「貴方、何者ですか? 随分と展開力が乏しいようですが」
「ああ。僕は展開力勝負が苦手でね」
ヴィランとの戦いにおいて自殺行為とも取れる宣言だが、仮面をつけたクラッシャーの悠々とした佇まいからは敗北する未来など一切予感できない。
「お、おいおい。いきなり割り込んできてどういう了見だ?」
「君を来るべきララクとの戦いに温存しなければ、ここは差し違えてでも奴を倒してみせるさ」
かたや城を埋め尽くすほどの展開を迸らせるコクジョー、残念なことにクラッシャーの銀色の円域は半径一メートルにも満たない小さなものだ。
飛彩はすでに世界展開を発動していたことに逆に不安感を募らせる。
ヒーローの変身時間の短さは能力の貧弱さに直結するからだ。
簡易展開で姿を隠しながらの変身だったとしても自分たちより後に駆けつけた人物がすでに変身して駆けつけることを加味するとあまりにも短い変身時間だと飛彩は類推する。
「なんならお二人でかかってきて頂いて宜しいのですよ?」
「必要はない。戦いは数じゃなし、展開力だけでも決まらない」
忠告を無視してコクジョーに範囲の長い槍の刺突を叩き込むものの、その攻撃は右腕と腹の間へと吸い込まれていく。
やはりか、と飛彩が加勢しようとした瞬間、薙ぎ払いに切り替えたことでコクジョーの腹部を何とか穂先が掠めた。
「君の展開、大きく広げている割には小さく能力を使うんだね」
「なっ、今の攻防で見切ったってのか!?」
「僕はガサツな君とは違うんだ。展開の扱いには慣れている」
「んだとぉ!?」
「仲間割れなら歓迎ですよ」
槍を相手取るために攻撃の内側へと侵入するコクジョーのセオリー通りの戦い方を見越していたのかクラッシャーは槍を手放した。
そのまま両拳に顕現したセスタスを強く握りしめてカウンターの拳を顔面へと叩き込んだ。
「な、にぃ!?」
「僕も甘く見られたものだ」
さらにセスタスも展開の中へと消え去り、次に飛び出してきた銀色の日本刀が居合の構えとなったクラッシャーの手元へと現れる。
「はっ!」
神速の斬波を辛くも回避したコクジョーだがバランスを崩して転がりながら距離を取った。
そんな隙だらけの回避を逃すわけもなくクラッシャーは止まったまま移動していると錯覚してしまうほど見事な摺り足で近づいた。
「考える暇を与えないというのはこういう戦い方を言うんですよ」
まるで飛彩の戦い方を見ていたかのような一言に顔を顰めつつも、コクジョーのリズムを完全に崩したクラッシャーの戦い方には感心させられた。
単純な超接近戦ではなく敵の意表を突き続けることで思考を奪い去る戦い方は様々な流派を己の中に取り込んだ証拠なのかもしれない。
「ご自慢の展開はどうしたんです?」
「そんなに見たければご覧ください!」
振り下ろされた日本刀に対し、展開が波打つ。
わずかに仮面の奥の視線をクラッシャーは細めた。
止められない斬撃はコクジョーの鎧を掠めたに過ぎず、図らずもクラッシャーが間合いを見誤った形になる。
客観的に戦いを見ていた飛彩は、あの局面でそんな失敗を真剣勝負の中でするはずがないと感じてコクジョーの能力で攻撃位置を変更されていたことに気づく。
「必ず攻撃を外させる能力か……? にしては普通に攻撃を受け止めることも……」
攻撃が不発に終わったクラッシャーはゆっくりと鞘に刀をしまう。
それを再び展開領域の中へと格納し短い双剣を呼び出した。
「君の能力は大体察しがついたよ」
不適に語るクラッシャーへと視線が釘付けになる飛彩だが、コクジョーはハッタリをかまされたような気分になり顔を歪めて嘲笑った。
「では、試してみてください!」
長い脚から繰り出される脚撃とそれを受け止めていく戦いは、再び超接近戦の様相となる。
その中で何度かコクジョーが焦りを浮かべたことに気付いた飛彩は何かしらの方法でクラッシャーが敵の能力を無効化したことを悟った。
「そこだ!」
飛彩が目論んでいた考える暇を与えず、隙を作り出す作戦はクラッシャーが行った場合は見事に成功したようだ。
クロスした双剣の斬撃がコクジョーの燕尾服型の薄い鎧を大きく傷つける。
「ちいぃ!」
「や、やりやがった」
散々翻弄された能力を見事に組み伏せたクラッシャーに腹立たしさを覚えつつも、飛彩は手助けをやめて戦いの結末を見届けることにした。
それが任せろと言った戦士への最大の敬意だと知っているからだ。
「銀色の戦士よ、見事だ……だが、一撃を入れた程度で舐めるな!」
「ならばいくらでもくれてやろう」
そこからはクラッシャーの攻撃は確実に相手へと減り込み、逆にコクジョーの攻撃はクラッシャーの前に防がれるか回避されるかという一方的な試合運びへと変わる。
「がっ、くそっ! あ、ありえない!」
「展開の種は解いた。もうそれは僕には効かないよ」
脚技中心の嵐撃を捌き切ったクラッシャーは決めの一撃といえるほどに力が込められていた前蹴りへとふわりと乗った。
「我が名の通り、壊します」
展開を三次元的に膨らませたクラッシャーは頭上から巨大な銀鎚を取り出した。
その重さに耐えきれなくなったコクジョーのは両足を開く形で前のめりに倒れる。
「くらえッ!」
間違いなく叩き潰れる未来がコクジョーを待ち受けていたが、黒い展開が一際大きく波打ったことで刑の振り下ろそうとしていた鎚が逆に後ろへと傾く。
それは重さに耐えきれずに後ろに倒れ込む姿に周りには見えただろう。
コクジョーもまた深呼吸し、ここから反撃だと身体に意志を滾らせた。
しかし後方に反ったクラッシャーは知っていたことのように反転し鎚を手放した。
「何ッ!?」
「君の確率操作は見抜いていたよ」
よろけたままのコクジョーに対して、素早く着地して日本刀を再び居合の形に構えるクラッシャーのどちらに軍配が上がるかは自明の理と言えた。
「……そろそろ、か」
「変わった遺言だ。そろそろじゃない、君は今すぐに死ぬ!」
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