コクジョーは長々と頭を下げ続ける。
戦いの中でわざと隙を晒すのは飛彩にとって最大の挑発であり、それを後悔させるために飛彩は一瞬で間合いを詰めて緑光迸る左脚を顎目掛けて蹴り上げた。
「ナメやがって!」
これ以上ヴィランに構っている暇はない、と受肉した存在に連打で一気に勝負を決めようと全身の力を乗せた蹴りを放つものの、礼をしたコクジョーが手をかざすだけで顎に炸裂するはずの攻撃は止められてしまう。
時間が止まったような気分を味わされた飛彩は握られた手をを振り払おうとするが、岩の中に包まれたような不動さに困惑した刹那に天井に叩きつけられていた。
「がはっ!?」
天井に体を沈めつつ、コクジョーを捉えていた視界は微動だにせず腕を上にあげただけのほぼほぼ動いていない佇まいだ。
「速攻で私を倒すおつもりで? まあ、早くお仲間を救いたいでしょうからね……しかし」
言葉が耳元で囁かれたと気づいた瞬間に、腹部に拳がめり込んでコクジョーが移動していたことを飛彩は知る。
「ぐふっ!?」
認識出来ない速さに速度を操る展開を仕込んでいるのかと思いきや、展開力を大きく広げている様子もなく迷いを抱いているうちに地面へと受け身も取れずに転がっていった。
「私をナメないでいただきたい。これでもララク様の第一配下……賊にララク様の留守を荒らさせるわけにはいかないのです」
「そーかい……じゃあ、お前を倒せなきゃララクは止められねぇなぁ……」
左足の回復力で傷を癒しつつも、身体が味わった痛みの記憶が消えることはない。
コクジョーに対する脅威を拭えないままに飛彩は機敏に立ち上がり拳を構え直す。
「一撃で終わらせようなんて調子に乗ってたぜ」
「ええ。ではララク様が戻るまで客人にはごゆっくりとしていただきましょう」
あまりにもララクが脅威的なものに見えていた飛彩にとって、対処しなければならない相手は自然と一人だと勝手に思い込むものになっていた。
しかし、ララクやリージェに匹敵する存在がいることで頭の中で思い描いていたビジョンが音を立てて崩れ去る。
「ったく、最悪だ。一日に二人もテメェらみたいなやつと戦わなきゃいけないなんてな」
「……二人も? 何を勝手に私を倒す計算でいるのです?」
侮りには制裁を、と言わんばかりに距離を詰めたコクジョーのアッパーカットに対して飛彩は一瞬にして深く沈み込みさらにリージェの下を取る。
「っ!?」
「本気で行くぜ」
深緑の光が黒き煌めきへと変化し、左腕に装甲が顕現する。
二つ同時に扱えるまで高まった展開力と共に音を置き去りにする拳をコクジョーの顎へと押し込んだ。
「ぐぶふっ!」
先ほどまで飛彩よりも早かったはずのコクジョーが追いつけないほどの速さを披露した飛彩の猛攻は止まらない。
上半身を大きく退け反らせたコクジョーの後頭部をすかさず右手で押さえ、引き寄せながら左脚の膝蹴りを腹部へと打ち込む。
頭は飛彩が抑えていたものの膝蹴りの威力が凄まじく、腰から下が地面から浮き上がった。
「まだまだ終わらねぇぞ!」
押さえていた右腕を上に引き、空中で無防備な姿を晒す相手の鎧に左ジャブの乱打からトドメの左回り蹴りを首筋へと炸裂させる。
「馬鹿なぁ!?」
回転しながら床をバウンドして吹き飛んでいくコクジョーは拳を地面に打ち付けて跳ね上がり何とか体勢を立て直した。
「何のこれしき……!」
「遅ぇ!」
吹き飛ばされていた時間は一瞬だが、飛彩の出せる速度から見ればあまりにも充分すぎる時間だ。
コクジョーが構え直した時にはすでに飛彩が左脚を槍のように伸ばす姿が飛び込んでくる。
「食いやがれぇ!」
爪先がそのまま腹部へと食い込み、燕尾服型の鎧を大きく陥没させる。
頑強そうな壁へと叩きつけられる形になったコクジョーは黒い血を吐きながら城に様々な亀裂の模様を作り上げた。
「まあ、どいつもこいつもリージェ並に強かったら困るからな」
先手は取られたものの息を整えた飛彩は隙のない構えでコクジョーを睨み付ける。
対するコクジョーは口の端から流れ出た血とリージェを追い詰めた人間という情報により、流石に顔色を悪くした。
「受肉した存在って言っても力の序列が存在するんじゃねーか?」
「だとしても城を明け渡すようなことは致しませんよ……ララク様の配下として!」
城内の形に沿うようにじわじわと広がっていく展開領域に空間が蝕まれていくような気分に陥る。
白兵戦は飛彩に軍配が上がった時点で展開能力を用いた戦闘へと切り替えるつもりなのだろう。
「悪ぃけど搦手は効かないぜ?」
左手の指先まで力を込めて振り回すだけで、城内に亀裂が走っていく。
斬り付けられた場所は展開力が抉り取られ、綻びて霞んでいった。
「規格外ですね……リージェ様と戦った時より強くなっているようだ」
「当たり前だ。今だって一秒前より俺は強くなってる……ぜ!」
緑光の展開がコクジョーの沼のような展開下でも速度を落とさず走り込むことが出来る。
一点突破の手刀は再び鎧へと炸裂したと思いきや、腕と身体の間に抜けてしまい紙一重で躱された形になってしまう。
「今度はこちらの番だ!」
そのまま腕を捻り上げられた飛彩は片腕を起点に投げ飛ばされ、コクジョーの目の前で背中から叩きつけられる。
「がふっ!?」
受け身を取る時間は充分にあったものの、その行為をそのものが記憶から抜け出てしまったかのような感覚に陥ってしまう。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!