「なるほどね。展開力の資源化か」
「素晴らしい研究ね。でもあの二人でやってるってところはちょっと意外ね」
「そうですねぇ。特にララクは研究って感じはしないです」
交流会に来ることの出来ない面々の現状を共有する一同は、ララクたちの果てしない研究の旅路を心の中で応援した。
争いのない世界を作るのは、争いの火種になった展開力なのかもしれない。
「話してたらお腹すいちゃった。どうする皆? もう始めてもらう?」
「隠雅たちもすぐきますよ! ここの料理有名らしいじゃないですか!」
「ふむ。まあ、エレナの手料理には及ばないだろうがな!」
謎の張り合いを見せる熱太にエレナは再び顔を赤くする。
もはやレスキューレッドだったのはエレナの方だったのではないかというほどに。
「ちょ、ちょっとやめてよ! さっきの翔香ちゃんのアドバイスを間に受けすぎ!」
「む? では言わない方がいいか?」
「〜〜〜〜! 程々に褒めて!」
やはり大胆ではあるが機微には疎いと翔香は苦笑いする。
しかし変わらない仲間たちにどこかほっとした気分になるのも事実で。
「手料理といえばこの前に春嶺くんが作ってくれた……」
「お、おい! なぜ今なその話を言う! やめろ!」
そして、変わりつつある関係性もまた面白く、全員の胸に厳しくも楽しかった戦いの記憶がよみがえっていく。
ただ、そこで騒ぎすぎたことに気づいたエレナはハッと口を抑えた。
そして店を見渡すものの、客はほとんどいないことに気づかされる。
「あれ? ここって有名店、よね?」
「グルメサイトで調べた限りではそうみたいですね。でも……いつも賑わってるらしいんですが今日は寂れてますね」
「僕は人が少ない方がありがたいけどね」
ただ、この静けさは異様だった。
まるで罠にかかったような気味の悪さが全員を包む。
「そういえばここって、誰が予約したんですか?」
「あれ、集まろうって言ってたのは……熱太くんじゃなかったっけ?」
「俺はこんな洒落た店は手配できん。お前の計らいかと思ってたが……」
そして錯綜する情報に、嫌な予感がさらに増していく。
春嶺は先ほどまで漂っていた美味しそうなスープの香りの中に、火薬の匂いが混じっていることに気がついた。
「皆伏せろ!」
直後、厨房から響くサプレッサー付きの銃声は熱太達が座っていたテーブルを蜂の巣に変える。
「ちぃぃ!」
数人いたはずの客も消え去っており、完全に誘い込まれたと全員が散った先で歯噛みする。
「貴様らヒーローのせいでヴィランが全て死に絶えた!」
「世界を破滅に導く神を消した罪! その命で贖ってもらう!」
厨房の奥からの掃射は暴漢たちへ有利に働き、熱太や春嶺ですら敵の位置を捕捉できない。
「噂のカルト教団か……」
「その実、何も努力してこなかった弱者たちの集まりだそうだ」
ヴィランによる世界のを破壊を待ち望んでいた集団が、必死に牙を磨きヒーローだったものたちへのテロ行為を仕掛けたわけだ。
春嶺のキツい一言に厨房に隠れていた数人が激昂し、カウンターから身を乗り出す。
「うるさい! 世界が滅びるなら努力しても無駄だったろうよ!」
「なのにお前らのせいで……絶対に許さん!」
「くっ……その努力、他のことに使いなさいよ!」
持たざる者たちに、引退後もアスリートとして活躍する翔香の声が届くはずもなく。
「まんまと同窓会の誘いに騙されたわね……」
「僕としても仲間との再会は重要だからね……春嶺くん、武器は?」
「お前とのオフに、そんなものは持ち歩かん」
「だよね」
万事休す、そのような状況において店の扉がベルを鳴らしながら開く。
「皆さん、お待たせしました〜」
金髪とドレスが姫のような風貌を見せるホリィが戦場へとやってくる。
しかし、たった一人の人間が現れただけで戦慄としていた空間が華やぐとはテロリストも予想していなかっただろう。
「あら」
わざとらしく首を傾げるホリィは入り口から一直線に見える厨房の異変に視線を向ける。
全員がタイミングが悪すぎる、と柔らかな笑みを見せるホリィに震えた。
「逃げて!」
翔香が声をあげた瞬間に厨房に隠れていた一人が俺の獲物だと言わんばかりに飛び出す。
シェフの変装をしながらも帽子を深く被った男の銃口がホリィを捉える。
「きたな! お前だけは……お前だけは絶対に許せねぇ!」
人にとって正義は眩しい。
その眩しすぎる正義が弱さを照らし、その光を手に入れられないものが悪を使うのだろう。
事実、ヴィランが消え去って以降、世界には犯罪や戦争が増加傾向にある。
今まで異世に向かっていた意識が、人々に降り注いでいるからだろうか。
「死ねえぇぇぇぇえ!」
そして、ここにまた悪の毒牙に掛かろうとする少女が一人表情を変えることなく相手を見つめている。
「それは無理な相談です」
にこやかでありながら、迫力に満ちた様子で。
引退後も何度か会ったはずのホリィがまるで別人のように感じられる熱太たち。
カエザールの血を引く支配者の威厳を誰もが感じさせられた。
引き金を引くことを躊躇ってしまう一瞬の隙に、扉を開けたままにしていたホリィが右手を上げて合図を送る。
「蘭華ちゃん、お願いします」
直後、耳を澄まさなければ聞こえないほどの小さな銃声の後、テロリストが握っていたサブマシンガンが宙を舞う。
「ぬあっ!?」
「残りは飛彩くんで」
そのまま悠々と歩き出すホリィは全て終わったと言わんばかりに熱太たちのいた席へと歩いていく。
「止まれ、まだこっちには銃が━━」
「久々の集まりを邪魔しやがって……」
腕を抑えるテロリストが声の主を見やると、数人の仲間たちはすでに意識を手放していた。
珍しいスーツ姿を披露しつつ、音もない仕事に唯一残った男は両目を剥く。
「ヒーローより俺を恨むんだな」
目にも留まらぬ拳が最後の一人から意識を奪い去る。
顎を素早く射抜いたことで白目を剥いた男が倒れたことで場は鎮圧された。
「飛彩!」
「飛彩くん!」
「全く、人気者は辛いな」
「そうね〜、まさかこんなことになるなんて」
仲間たちのところへ跳ぶ飛彩と、ホリィと並んで歩く蘭華。
きらびやかなドレスを纏うホリィに対し、蘭華は仕事帰りのオフィスレディが如くスーツに身を包んでいる。
「仕事帰りからのオフが最悪な気分」
隠し持っていたハンドガンを服の中にしまう蘭華は、春嶺を遥かに超える狙撃能力を身につけているようだ。
「ど、どうして襲撃が分かったの? 外は普通に営業してるように見えてたと思うけど……?」
率直な思いをこぼしたエレナは、戦いを学んでいる自分たちより実戦的な風格にたじろいでいる。
「お前たち、普通の大学生だったよな……?」
曖昧な返事の飛彩は手早くテロリストたちを拘束し、どこかへと連絡を取っている。
せっかくの休みなのだから後始末は流石に別働隊に任せるのだろう。
「襲撃を見抜いたのはホリィだぜ」
「えっ、そうなの!?」
驚きの声を上げる翔香が見つめると、照れたような笑みをホリィは浮かべていた。
それこそ自分たちが知っているホリィだと全員が思うほどの。
「監視役が数人、人払いの役目が数人……このレストランの周りに、自然に思われるように立ってましたからね」
ヒーローとしての功績、カエザールの会心によりホリィは率先して会社の行事にも取り組んでいる。
そこで培った人間観察力が雑踏でも生きたのかもしれない。
「そこまではいいのよ。でもホリィったら急に囮になるって言うもんだからびっくりしちゃった」
少しだけ髪が伸びた蘭華は毛先を弄りながら、信じられないものを見たかのように話した。
その事実に熱太や刑はおろか春嶺ですら開いた口が塞がらない。
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