そんな中、からりと音を立てた一つの容器に目が止まる。
「これは……」
それは中身が空っぽになったインジェクターだった。
力がない飛彩はこれで一時的に世界展開力を充填し、ヒーローに匹敵する一撃を繰り出せるのだ。
「展開力が消えちゃったから全部捨てたと思ってたんだけど、まだあったのね」
「はは、懐かしいな……」
甦る戦いの記憶と、展開力が全て消えた喪失感。
メイも飛彩もララクもヴィランの側面を全て失い、人の成分だけが残っている。
それを裏付けるように消えてしまった展開力を、事実としてまじまじと見つめた。
「私、思うのよね」
白衣で腕を組むメイは、どこか達観した様子で自論を語る。
「展開力は実現したい願いを現実に引き寄せる力ってフェイウォンが言ってたでしょう?」
「ああ。メイさんの力が創造を現実にするって知った時はまじでびびったぜ」
茶化すような相槌を打たれたものの、メイは真剣に語るのをやめない。
「フェイウォンは望んだのよ。悪が悪のためにある世界と、悪そのものの仲間を」
「それは……拳を交えてそんな気がしてたよ」
「だから……人も同然な飛彩が異世で生まれて、フェイウォンを撃ち倒したことには意味があるんじゃないかって思ったのよ」
「あいつが止めてほしかったとか言うタマじゃねぇことははっきりしてるぜ」
いつしか黒斗と飛彩だけでなく、ホリィと蘭華もその話に聞き入っていた。
当の飛彩は自分の四肢を見つめてフェイウォンとの最終決戦を五感全てで思い出している。
「ま、どーだろうな。間違ってるってわからせる俺が生まれたんだとしても……」
過去に浸るのをやめた飛彩はこの場にいる面々を見渡し、屈託のない笑顔で笑った。
「その使命は終わったんだ。今の俺は皆と楽しく生きるために誕生したんだって思えてるぜ」
「飛彩……」
実験動物とその研究者。
その関係がいつしか母と子のようになり、様々な仲間に囲まれて絆が増えていった。
ヴィランに生まれながらにして戦い以外に意味を持てるようになることは幸せだとメイは思う。
そして飛彩もまたその境地に達してくれていたことが嬉しいのか、少しだけ涙を溜めた。
今でも特殊部隊で緊張感のある任務などをこなすものの、ヴィランとの戦いに比べれば発生頻度は限りなく低い。
これは飛彩にとってゆっくりと平和な日常に慣れるためのリハビリのようなものかもしれない。
「さ、早く終わらせて遊びに行こうぜ。メイさんたちへのお祝いも買いたいしな」
「ちょっ! 飛彩それ言っちゃダメでしょ!」
「やべっ」
「ははっ。ありがたいな。飛彩が俺たちに贈り物か……なぁ、メイ?」
戦いに身をやつす修羅はもういない。
仲間たちと共に幸せに生きているだけで、贈り物だよとメイは涙を拭った。
「そうね」
少しだけ潤んだ声を出したメイの肩を黒斗は優しく抱き寄せる。
「フェイウォンにもこういう相手がいれば、戦いなんて起こらなかったのかもね」
産みの親へ、戦いの向こうにある幸せを知るべきだったとメイは哀れみを覚えた。
ヴィランとの戦いは現実にも大きな爪痕を残したものの、人々が前に進めていると感じながら。
そして夕方。
センテイア財閥による回収が行われたものの、片付け途中に懐かしいものが出てくるとついつい盛り上がってしまうもので。
おかげで作業が終わって解散した後の三人に、残された時間はあまり残っていなかった。
「悪いな二人とも……休みを一日潰しちまった」
「良いんです。私も昔を思い出して楽しかったので」
「埋め合わせはいつかしてもらおうかな〜」
したたかな蘭華の返答にホリィはキッと視線を向ける。
一緒に住んでるんだからいつでも埋め合わせてもらえるだろう、と。
「明日は授業か。ダリィなぁ〜」
並んで歩く三人はあえて迎えなどを呼ばずにぶらぶらと歩いて行った。
大学近くに借りた部屋の方角へ向かいつつ、ホリィもその辺りで迎えの車を手配している。
「明後日は政治家のパーティに出るんだっけ? じゃあ護衛も必要よね」
「はい。申し訳ないんですが……お願いします」
両手を合わせるホリィは小さく二人へと礼をした。
どことなく寂しそうにしているホリィに気づいた蘭華は少しだけ頭を掻いた後、後悔することを予見しながら飛彩へとある提案をした。
「飛彩さ、明日はホリィの家泊まったら? というか、ホリィの任務がある前日は泊めてもらったらどう?」
「なるほどなー。ギリギリまで寝てられるし、楽で良いかもな!」
「え……蘭華ちゃん?」
まさに敵に塩を送る行動。
発言の意図が読めずに驚くホリィの肩を組み、飛彩に聞こえないよう蘭華はそっと耳打ちした。
「ルームシェアの時は抜け駆けしたし……これでおあいこだから!」
その声と笑顔は明らかに無理をしたものだったが、ホリィは微笑まずにはいられなかった。
飛彩と過ごす時間が増えることではなく、正々堂々であろうとする親友の姿にだ。
「これでだいたい飛彩といる時間は半分こくらいになるでしょ? だから……これからはどっちが選ばれても恨みっこなしよ」
「ありがとう、蘭華ちゃん。借りだとは思わないからね!」
「望むところよ!」
「なぁ、すっごい疎外感なんだけど?」
こそこそと話す二人に歩み寄る飛彩だが、今度は向かい合って笑う二人に意味不明な気持ちばかりを抱く。
「これからはもっと一緒に入れますね飛彩くん」
「お、おう……」
「私のことも、寂しくしちゃ嫌よ?」
「あ? えーと……あぁ……」
夕日が二人を照らしているせいか、いつもより飛彩は鼓動が早まったような気がした。
「さ、行きましょ!」
「ま、待てよ、引っ張るなって!」
茫然とする飛彩の腕を引く二人の笑顔を追いかけさせられる中で、何よりも守りたかったものについて思い出した。
「ははっ……」
もちろん、飛彩たちの未来はこれからも続いていく。
沈む太陽と赤や紫に染まる街が神秘的な雰囲気を三人に纏わせて。
「お前らといると戦いのことなんて忘れちまいそうになるよ」
「いいんじゃないですか? それでも」
「飛彩は誰よりも幸せになっていいんだもん。もちろん私のことも幸せにしてよね!」
「わ、私もです!」
「おいおい、どういう意味だよそれ」
二人が笑顔なだけで、どれだけ幸せな気持ちかを伝えることはない。
気恥ずかしさなどもありつつ、この高尚な感覚を言い表す術を今の飛彩は持ち合わせていなかった。
「まぁ、とにかく……」
暖かい気持ちが勝手にこみ上げてくる心地よさに、初めて戦い以上の充実感を味わう。
その時、二人がとても魅力的に見えていたことは口に出さなかったものの。
飛彩は自分を救ってくれた笑顔が何よりも愛おしく感じるようだ。
「これからもお前らを守れる……生き返れてつくづくよかったと思うぜ、俺は」
戦いは終わった。
しかし、この世から悪が消え去ることはない。
いつか湧き上がる悪の意志からフェイウォンに似た存在が生まれ落ちるかもしれない。
飛彩は守り抜いたこの世界のこれからに、ヒーローが必要ない世界を求めた。
もう全てを守る力が飛彩にはなく、そもそも誰もがそんな力を持っていないからである。
誰もが平和を尊重しあう清らかな世界にはならないかもしれない。
だからこそ飛彩は思う。
自分の大切な存在だけでも、これからもずっと守れるようになりたい、と。
ヒーローの変身は終わった。
だが、異世での戦いでそうであったように変身できるからヒーローなのではない。
その揺るぎない強い意志があれば、人は常に誰かのヒーロー足り得る存在になる。
子にとっての親のように、掛け替えのない友がそうであるように、愛する恋人がそうであるように。
「守ってみせる。これからも、ずっとな……」
飛彩の戦い、いや、人生は続いていく。
変身しなくなったヒーローを守る存在、最愛の人たちを守るヒーローとして。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
見事ヴィランを殲滅し平和を掴み取った、飛彩の物語はいかがだったでしょうか?
ここまで読んで頂いて、もし面白いと思っていただけましたら幸いでございます。
このままあとがきを少しだけ載せさせて頂きます。
各章の設定やキャラに対する想いを少しばかり綴らせていただければと思います。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!