「お返しは一回では済みませんよ?」
宙に身を投げ出しながら、全体重を乗せた肘打ちを飛彩の腹部へと叩き込んだ。
転がって回避することも出来ずに腹部に大きなダメージを負いながら声にならない悲鳴を上げる。
「ララク様が帰ってくるまで痛めつけて差し上げますよ」
素早く跳ね起きたコクジョーは飛彩をボールとして扱うかのように右足を振り抜き、ホールから繋がっている応接室の中まで吹き飛ばす。
黒い鉱石で出来たソファーには柔らかさなど存在せず飛彩に更なる追加の痛みを与えただけだ。
「くそっ……どうなってる……避けられねぇし、当たらねぇ……!」
展開を少なくさせたがゆえに能力の発動が弱まると思ったものの飛彩の思惑は外れ、戦闘開始時のように手玉に取られてしまっていた。
「私の展開下では、実力差など無意味です」
応接室に飛び込んできた隙だらけの飛び蹴りすら飛彩は躱す事が出来ずに左腕で何とか受け止めるしかなかった。
それでも衝撃が身体を駆け巡り、抑えきれない衝撃が飛彩を部屋の片隅へと吹き飛ばす。
見様見真似で作られた書棚が崩れ、硬い岩で出来た本のようなものが飛彩に降り注いだ。
「くっ!」
それからは機敏に抜け出し、大きな応接間の中央に陣取って二次災害を回避できる位置でコクジョーを待ち構える。
「いくらでも防御してください。まあ、全て無意味ですが」
燕尾服の男が見せる動きとは思えないスライディングからの足払いで飛彩は軸足を刈り取られ宙に浮く。
そのまま低い姿勢からコクジョーは飛彩の腹部を殴りつけて天井へと叩きつけた。
避けられずクリーンヒットしていくダメージよりも困惑と焦りばかりが飛彩に募っていく。
「くそっ!」
「まだまだ終わりではありませんよ」
天井への追撃により、飛彩とコクジョーはいくつもの階層を打ち抜いて屋上と呼べるような開けた城の上部まで引きずり上げられてしまった。
「ここなら多少無茶しても大丈夫でしょう」
「いいのか? 全部打ち壊して進んできたけどよ」
「サクケーヌが働けば問題ありません」
「どうかな……あのヌケサクヤローも時間の問題だと思うぜ?」
外に出たことにより、城の中庭で巻き起こる銃撃戦の様子が二人の耳にも届いた。
サクケーヌの苦戦している様子は銃撃の嵐によって巻き起こる光が伝えている。
「はぁ……全く使えないやつだ。まあ、当分は食らいつくでしょうから貴方を倒して下の侵入者も捕らえます。ララク様もお人形が増えて喜ばれるでしょう」
「ふぅ……」
鬱屈とした雰囲気でも外の空気はやはりいいものだ、と飛彩は深く息を吸い込み足や腕を伸ばして準備運動を行う。
対した意味もないものと考えたコクジョーは背筋を伸ばして不思議そうな佇まいを見せている。
「そこの一際高い塔……蘭華たちはそこにいるな?」
「ええ。ですがそこには辿り着けませんよ?」
城の中でも天守閣とも言える塔がそびえる空間まであえて連れてきたのは人質がいる場所では力をセーブせざるを得ないというコクジョーの目論見もあった。
しかし飛彩は獣のような目つきの鋭さを見せ、左腕を突き出す構えをとる。
「ド派手なビームなんて出せねぇから安心しな。今のところ、俺の武器はこの身体だけだぜ」
睨み合いが火花を散らし、再び一触即発の空気が漂う中。
コクジョーはわずかに眉を潜める。飛彩と春嶺とは別に戦場へ潜り込んだ存在の微かな気配を感じ取ったようだ。
飛彩達が潜入して脆くなっていた結界は幾度も不安定な波紋を浮かべて、今にも消え去ってしまいそうな脆さを見せている。
その場所を視界に収めた男は懐から取り出した巨大なネジにも似た封印杭をその場に突き刺した。
「ふっ!」
釘を打つ要領で肘や足蹴を杭に寸分違わず当てていく正確さは飛彩やリージェが見れば舌を巻くだろう。
それを繰り返していくうちに、打ち込んだ場所を中心に一際大きな波紋が発生した。
その綻びを見抜いたその人物は素早く掌底をぶつけて一時的にヴィランの結界を押し開けることに成功した。
何の感情も見せない銀の仮面は強化アーマーとわずかな武装だけを頼りにわずかに開いた入り口の中に走り込んでいく。
暗い世界だが、遠くから聞こえる戦闘音が光よりも鮮明に男の感覚を彩った。
「簡易展開作動……カウントは一分」
あまりにも短い変身時間を呟いた後、銀色の光を残しながら闇の中を全速力で駆け抜けていく。
それは微かな光を放つララクの城とは別の光源となり、まるで流星のように輝いる。
「借りを返す時がきたようだね」
直後、城から天に登る展開の光柱が向かうべき場所だと確信して暗い世界を踏みしめていった。
謎の影が迫っているとも知らぬ春嶺は、真っ暗な侵略区域の天蓋にまで伸びる展開力の光弾を放ちサクケーヌの分裂体を大量に消し飛ばしていく。
そこから逃げようものなら、スコープを光らせた春嶺の視線と共に銃撃の雨が降り注ぐ。
もはや意思を持っているかのように何度も反射して敵を追い続けては体躯に大きな風穴を開けていった。
「もう千匹は倒したわよね?」
「匹って何だよ! 動物みたいに数えやがってぇ!」
問答するのも煩わしいのか、その方向を見ずに反射だけで物陰に隠れていたサクケーヌの頭部を消し飛ばした。
「ちぃ! 会話する気あるのかよクソ陰険野郎!」
すぐさま主人格を与えられたサクケーヌが反論するも春嶺はまともに取り合う気などさらさらないようである。
「野郎、じゃないわ」
再び音源の方向を一瞬で撃ち抜く春嶺だが、クールなように見えつつも内心は焦りが募っていた。
飛彩に対し相性が悪いと先に行かせたものの自分もまた相性が良くないことを数回の銃撃の中で悟ったらしい。
(こいつ……一体でも残ってれば、そこから再分裂出来るみたい。こいつに勝つには同時に全て消滅させなきゃいけないんだ)
その条件こそ、相性が悪いと感じる所以だ。
春嶺の跳弾響(ブラッドバレット)は反射して敵を撃ち抜く攻撃が主であり順々に倒していくのが普通である。
であるからこそ同時に消滅させることは流石の春嶺でも困難と考えたのだろう。
(隠雅じゃ相性が死ぬほど悪いけど、私でも充分悪い相手……想定が足りなかったわ)
「オラオラ押せ押せぇ〜! いずれ女の展開力が切れるぜ!」
展開力だけは無尽蔵のサクケーヌは鎧が破壊された瞬間に再び分裂を繰り返して数を一定に保っている。
有り得ない数に増やしすぎてガス欠を起こすほど間抜けではないようで、自身の能力との折り合いをつけた数で春嶺をじりじりと追い詰めていく。
(こんな小さくて弱いヴィランに翻弄されるなんて……せめて、もう一人居てくれれば)
跳弾の能力は展開の壁を発生させる行為と射撃を同時に行い、入射角と敵や壁にぶつかった時の起動を調整することで威力がなくなるまで反射を繰り返す。
それ故に脳内演算は変身前も後も変わらない。
つまり春嶺の脳にかかる負担は戦闘時間が長ければ長いほど大きなものになっていく。
「おっ、動きにキレがなくなってきたなぁ〜! そろそろか!」
「誰がっ!」
すかさず撃ち込んだ銃弾は中央から逸れたものの、サクケーヌの頭の半分を消しとばす。
今までは中央に打ち込み頭部全てを吹き飛ばしていたのだ。
短時間で機銃掃射並みに展開銃弾を発射したことのなかった春嶺はロングコートで疲れを隠しつつも、肩で息をするような状態である。
「なぁ、なぁ〜! お前が泣いて謝るならペットにして飼ってやるぜ? ララク様も人間を集めてここを豊かにするって言ってたからなぁ」
「……そう」
そのサクケーヌの言葉は迷いを抱いている春嶺の心をさらにかき乱した。
会ったことのない相手とはいえ、飛彩や蘭華達が友と認めたヴィランならば共存の掛け橋になるのかもしれない、と。
だが、こうやっていつものようにヴィランとヒーローが戦い合う構図になっている時点で両者の溝は大きく、やはりララクも友好的とはいえおもちゃに接するような感覚なのだろうかと春嶺は視線を落とす。
「まあ、ララク様がどう考えてようと俺様を崇めるクソ雑魚がいるってのは気分がいいだろうなぁ〜! コクジョー様の許可がありゃあすぐにでも拐いにいくのによぉ!」
「うるさいわね……」
「あぁん? 奴隷第一号が生意気いうんじゃねーぞ!」
そこで初めて春嶺はサクケーヌの拳を頬へと受ける。
「っ!」
わずかに逸れる春嶺の顔はすぐ元の位置に戻る。
しかし、春嶺はまるで諦めたかのように脱力してしまった。
それに手応えを感じたのか嬉しそうな叫び声を上げて分裂身体と共に何度も何度も殴りかかった。
「ははっ、ははぁ!」
これほど一方的に攻め込んだことはない、とサクケーヌは猛攻に打ち震えた。
敵を一方的に嬲るという初めての経験に絶頂感を覚えるほどである。
「ぐっ……うぅっ!?」
遠くから助走をつけて飛びかかってきたサクケーヌの頭突きが春嶺の細い腹部へと減り込み、黒い花畑の中へと溺れさせていく。
「そこも綺麗に作り直してもらうからなぁ〜。さぁ、どこから城の修理をさせようか!」
弱まっていく展開力、星の光すら届かないような闇の世界は逆に春嶺の集中力を高めていった。
見えすぎるが故に世界がゆっくり動くように感じるその力を活用して打開策を練り上げる。
なすがままのようにも見えるが、春嶺はあえて攻撃を受け続ける代わりに考える時間を作り出したのだ。
サクケーヌの貧弱な一撃を受けたが故に断行した一か八かの賭けであり、それは成功する。
そう、春嶺は出来ないことに対して悲観して立ち止まるような弱者ではない。
持てる手札で勝利に至る方法を戦いの中で既に導き出している。
(範囲攻撃じゃ逃げられる……一体ずつ必ず撃ち抜ける銃弾の雨、いや流星群を降らせるしかない)
思い描いたビジョンは一つ。
展開による光弾を放物線を描くように空へと飛ばして、それらが落ちてくる時に銃弾同士をぶつけて反射させて同時に全ての敵を射抜くというものだ。
しかし、その机上の空論じみた作戦しか勝利する方法がないと春嶺は暗に認めてしまったようだ。
一体一体はヴィランの中でも本当に弱いサクケーヌだがヒーローの中でも未来を決定できるホリィでしか勝利が出来ないのではと誰しもが考えてしまうだろう。
「でも……やるしかない!」
敵陣に突撃した春嶺は戦場を駆け回りながら牽制射撃を続けていく。
追って追われてを繰り返す中でサクケーヌの分裂体をなるべく同じ箇所に集めて逃げ場を失わせる作戦だ。
「んあぁ? 自棄にでもなったのかぁ!?」
「ララクのことはどうでもいい。でも、貴方は世界にいちゃいけないヴィランだわ!」
大局を見るのは、目の前の敵を葬ってからと割り切って全ての展開力を両方の銃へとこめていく。
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