数日後。
結果的に派手になってしまったリージェからの侵略区域奪還作戦は大々的に世間に知れ渡ることとなってしまった。
「どこの新聞も俺らのことばっかだぜ。まあ、ヒーローしか映ってねぇけど」
「それどころか、テレビもSNSもネットニュースも今回の件で持ちきりね」
秘密保持のために家に帰ることも出来ない飛彩と蘭華は護利隊の本部、さらにその宿直室を不法占拠して自堕落な生活を送っていた。
詰まるところ、飛彩たちにとって都合の良い謹慎処分である。
「全部ホリィや熱太たちがやったことになってるからなぁ。俺らは帰ってもいいんじゃねぇか?」
「世間は良くてもヒーロー本部側とかうちの司令官以外の上層部を黙らせるのに必死なんだから無理でしょ〜」
「あ〜。どおりで俺たちに作業させられないってメイさん落ち込んでたのか」
「それは……普通に悪いことしたからね。謹慎終わったら身を粉にして働くしかないわよ?」
殺風景な部屋にはビーズクッションや二人の衣服などが運ばれており、もはや同棲数年目のスレた恋人同士のような風格を漂わせている。
まともな訓練もさせてもらえない飛彩は、リージェを倒した燃え尽き症候群、さらに能力に対する安心感や、自己肯定感などが重なり完全に緩み切っていた。
「そういえば自主練は?」
「今は身体を休める時なんだよ」
三つの能力が目覚めたことで、もはや人類最強といっても過言ではない飛彩はランクIのような最低級のヴィランの警報が鳴っても全く動じず、他の奴らでも対応できると言ってだらける始末。
「あんたがすごいだけで他の隊員じゃヴィランには勝てないのよ? いつもは謹慎とか無視するくせに」
「上の言うように大人しくしてるだけじゃねぇか」
「全く……」
愚痴を溢しつつも、飛彩の深層心理については理解しているつもりの蘭華だった。
ナンバーワンヒーローを死なせてしまった自責の念。
そこから派生した全てのヒーローを護る存在になるという過剰な責任感と向き合っていた飛彩が、やっと仲間に背中を預けることを覚えられたのだ。
たくさんの仲間に囲まれて共に支え合う。
そんなずっと欲していた安寧の居場所を充分に享受しても、飛彩には罰は当たらないはずである。
休みたいと思える時に思い切り休ませねば、働き続けていつか朽ち果てると蘭華はため息をついていた。
とはいえ、想いを向ける相手が怠け切っているのも見たくないと、複雑な乙女心に本人すら翻弄される。
「あー、もう! そんなにゴロゴロしてたら太るわよ」
「もう太り始めてる蘭華に言われたくねーよ」
「それ、もう一回言ってみて」
「い、いや、ごめん嘘です……」
柔らかなクッションで顔を隠す飛彩は睨み付けてくる蘭華を見遣りながら、話を逸らすようにして飛彩はテレビの画面へと顔を背けた。
偶然にも、話題が逸らしやすいヒーロー本部の記者会見が行われている。
カメラのフラッシュの的になっているのはレスキューレッドのリーダーである熱太とホリィ。
さらに技術開発局本部長、絡繰英人の姿だった。
「な、なんであいつが!?」
口喧嘩を忘れ、蘭華に詰め寄る飛彩。
春嶺から事情を聞いているのか、気怠そうな様子で経緯を思い出した。
「確か……飛彩が悪意を全て吸い取ったせいでめっちゃ良い人になったとか?」
「そんなこと起きんのかよ?」
「自分の能力なら自分で考えなさいって」
ヴィランの悪しきエネルギーを奪い取り、能力を支配下に置くだけだと思っていた能力は悪そのものに効果があるのだと、この時気づかされる。
「じゃあ俺の力があれば戦争なくなるかもしれねーぞ?」
「一人一人頭掴んで悪い考えを引き抜いていくのが面倒じゃなかったらやってみたら?」
雑な返答だったが、的を得ていた発言だったので飛彩は確かにと黙り込む。
蘭華も蘭華でぶっきらぼうな返事や喧嘩腰の態度を心がけないとほとんど二人だけでいるこの部屋で暴走してしまいそうなのだ。
もう何度目かもわからない深呼吸をする蘭華も気を紛らわせるために記者会見に耳を澄ました。
「今回の戦いで、侵略された区域を取り戻すことに成功しました。汚染された土地も再生できることを確認しております」
技術本部局長を引っ張り出したのは言葉に重みを与えるためだろうと判断できる。
市井の人々は肩書で簡単に騙されてしまうことだろう。
「彼らがヴィランを抑えてくれていた間に、我々の新技術で区域を浄化することができたのです」
昔の飛彩ならば歯をむき出しにして怒るような情報だが、現在はなんとも思っていないかのように頬杖をついてテーブルにもたれかかっている。
「いいの? 手柄取られちゃってるけど?」
「もう、そういうのには興味ねーよ」
「ふっ、大人になったわねぇ」
「同い年だろうが」
他愛のない会話が交わされる中でも英人の会見は恙無く進んでいく。
珍しくヒーロー本部の軍服にも似た隊服に身を包み、生真面目な表情で居続ける熱太。
同じ装衣に身を包み、いつものにこやかな笑顔を封じたホリィがそこにいた。
「我々は侵略されるだけでは終わりません。奪われた世界を取り返す時が来たのです!」
称賛にも似た歓声をあげる報道陣。身振り手振りが相変わらず大きい英人は昂った様子で言葉を続ける。
「我々は特設チームを増設し、速やかに侵略区域の奪還を宣言します!」
この会見と発言内容から既にヒーロー本部と護利隊で何らかの取引があったことが窺える。
「取り返せることを明言したってことは……」
「俺たちの情報で上手く取引できたみたいだな」
ヒーローたちから侵略区域に打って出るということは、飛彩がリージェに対して借りを返す日はそう遠くないのかもしれない。
さらに異世を統べる者と対峙する日も、着々と迫っているのだろう。
しかし記者会見の場というのは予定調和だけでは終わらないものだ。
収穫が少なければさらなる網を投げる者もいる。
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