「どうせ貴方も自分が生きている間、平和なら良いと思っているんでしょう?」
黒斗の出した答えは頭突きだった。額が薄ら笑いを浮かべる男の鼻へと叩きつけられる。
「ぐべぶ!?」
中央制御室の中も騒然となり、慌てふためく職員も現れ始めた。
ドーム内部の情勢と目の前に広がった暴力に思考が追いつかないのだろう。
「クズの考えなど理解できるわけがなかろう」
「ぶぶげぇ……?」
何が起こったか理解できていない管理長は鼻血を吹き出す顔を両手で押さえながら地面を転がる。
「私はこの世界からヴィランを一掃する。これが私の責任であり使命だ」
ざわつく室内に対し、黒斗は手を叩き視線を集める。
「今から全ての指揮権は私が統括する! あのヴィランより飛彩を救出するぞ!」
従来の上司が地に沈められたというのに他の作業員は協力的に黒斗へ接する。
今まで間違ったことをしていた、悪の片棒を担がされていた、そのような自責の念からか顔つきが変わる。
「命令をお願いします! 司令官!」
「武装装置を使う。壊されたところはすぐに修理しろ」
戦地へ投下できなくなった武装をこのドームの防衛装置へと付け替えさせる作戦。
どこの壁際に追い詰めてもヴィランを追撃、足止め作戦だ。
事実、飛彩の攻撃が有効なダメージを与えることを鑑みれば、脱出よりも討伐もしくは撃退を目標とした方が適切だと判断を下す。
「飛彩は死なせない。私も全てを尽くす」
バイザーから送られてくる映像を見つめ直した黒斗は、この侵略された空間、つまり半径数百メートルはあろう巨大な空間を想像して決意を改める。
「行くぞ……作戦開始だ!」
「はい!」
ここに飛彩だけでなく全ての隊員が一丸となって戦う意志が固まった。
未だに拳とリージェの放つ謎の能力との拮抗は未だに火花を散らしている。
「ねぇねぇ? 僕こういう力比べみたいなの好きじゃないんだけど?」
「あぁ!? 女々しいこと言ってんじゃねぇよ!」
「戦いはさ〜圧倒的に無双する方が良くない?」
生まれ持ったエネルギー量を誇るリージェと地道な努力で戦闘センスを培ってきた飛彩が互いの生き方を容認できるはずもなく。
「生憎そういうのとは無縁で生きてきたんでな」
「えー? そんな能力持ってるくせに?」
「だったら大人しく喰らってくれや!」
会話の中で見えた気の緩み目掛け、拳を槍の一突きが如くさらに突き出した。
拮抗がほんのわずかに崩れた刹那、リージェは楽しそうに目を細めた。
「君が、ね」
「ぐっ!?」
放った威力そのものが拳に返ってきたのか空へと飛彩の腕が弾かれる。
胴を曝け出した姿は無防備そのもの。
(なんだ? どうして弾かれた!?)
動揺する飛彩をよそに、リージェは飛彩の腹部へと右手をかざす。
勝負を決めるつもりなのか一気に真剣な表情となり短い踏み込みと共に掌底を叩きつけた。
「楽しかったよ、飛彩、だっけ?」
音を置き去りにする衝撃。
身体の内側を駆け巡る激痛に吐血しながら飛彩はドームの端から端まで吹き飛ばされた。
外にまで響く轟音にドームに大きく亀裂を作ってしまうほどだった。
「あ、僕らの攻撃は通りにくいけど君を使えば壊せるかもしれないんだね〜」
再び笑みの仮面を被ったリージェは悠々と歩み寄っていった。
飛彩の耳に届いているはずもない独り言だが久しぶりの娯楽を手にしたように声音が高くなっている。
「ここもさ〜手狭になってきたし。大きくしたいなぁって思ってたんだー。確かこっちには海っていうのがあるんだよね〜。そういう遊びまできたらもっと面白いかも」
想像をすると止まらなくなったのか、リージェは足に力を込めて跳躍する。
その速度の前には距離など何の意味をなさない。
「君を叩きつけまくったら穴の一つくらい開けられるかも!」
狂気の発想を携える悪意に対し、ドームに大きな窪みを作った飛彩は明滅するバイザーを外して立ち上がる。
「悪いな黒斗。もう情報も渡せそうにねぇ」
深く息を吸った飛彩の眼光に跳躍していたリージェが一瞬だけたじろぐ。
「お返しだ」
恐怖のせいで瞬きすらせず意識を集中させていたリージェの目でも飛彩の紅い閃光は追いきれなかった。
能力の発動すら許さず顔面にめり込んだ紅い脚が天井までリージェを連れ去った。
「テメェは圧倒的に倒してやる」
封印杭の力があるゆえにリージェを叩きつけてもドームは微動だにしない……はずだった。
「がはぁっ!?」
「だいたいなんで兜つけてねぇんだテメェは狙ってくれって言ってるようなもんじゃねぇか」
悪のエネルギーを一切通さない封印杭の能力を超える威力のせいなのか天井に亀裂だけでなくわずかな穴まで開いてしまった。
それはリージェの攻撃よりも飛彩の脚撃の方が上回っている証左に他ならない。
「とにかく。お返しは倍返しにしてやるぜ」
減り込んだリージェを掴み、そのまま地面へと勢いよく投げつけた。
だが能力を使ったのかリージェは弾みながら地面へと着地する。
しかし、新たに作られた頬のあざを拭いながら肩でリージェは息をしていた。
想像以上の威力にめまいがしているようで、どうも足元がおぼつかない。
「ど、どういうことだい……?」
「おいおい、気ぃ抜いてんじゃねぇぞ!」
近づいてくる音源に頭を上に向けるリージェは、視界が再び飛彩の足で埋め尽くされていたことに気づく。
槍のような脚撃に能力を使っても受け止められないと本能で理解させられたリージェは歯噛みしながら回避を選択する。
「ちっ! 避けやがって」
「ちょ、ちょっと……いきなり強くなりすぎじゃない?」
「変なバリアー張られる前に攻撃するしかないからな」
決して視界を塞ぐわけではないバイザーだが、余計な情報などから解放された飛彩の視界はクリアだった。
リージェが何かを仕掛けようとする前に残虐ノ王で一気に距離をつめ、封印されていた左腕で悪エネルギーを吸収し動きを鈍らせる。
その左腕と右足による攻撃がリージェの逃げ道を奪いつつ、的確に攻撃を当てていく。
能力を発動するのに時間が必要なのか、反射のような能力を発動することはなかった。
「ちょ、ちょっと待って!」
「待つわけねぇだろ!」
回し蹴り、振りかぶった左ストレート、その勢いを利用して流麗に繰り出される裏拳。
リージェも身体を退け反らせそれらを躱して反撃に打って出る。
常人では目で追えないスピードの戦いになっているというのに、飛彩はリージェの速度を上回り拳や蹴りを大きく弾きながらカウンターの攻撃を鎧へ叩きつけた。
「その鎧を砕いちまえば防御力も紙っぺら同然だろ!」
「ははっ、顔を殴らないでくれるなんて優しいねぇ!」
能力がないとしてもリージェの格闘センスは卓越している。
一時は飛彩に主導権を握られたがそれに順応して反撃を開始する。
「殴って欲しいならやってやるよ」
「え?」
閃撃の交差の中、リージェの左腕のその外側から絡みつきながら頬へ鋭い拳を叩きつける。
「ぐはぁっ!?」
再びリージェの顔面へとめり込む飛彩の拳。
黒い血を吐きながらよろけた腹部へと紅い右脚を叩きつける。
それでも鎧に傷はついていないようだが、中の肉体へと衝撃が貫通する。
まだまだ飛彩には戦闘速度を上げる余裕があるのだ。
追いついたと思えばまだまだギアがあると知ってしまう精神的苦痛は計り知れない。
「ギャブランほどじゃねーな。肉体がある分弱っちい感じがするぜ?」
「へぇ……君かぁ。ギャブランを倒したの」
「面白い。ヴィランにも知り合いやダチってもんがいるんだな」
「友人? あははっ! そんなわけないじゃん!」
髪をかき上げて再び戦いの構えに戻るリージェ。
そのまま世界を滅亡させるほどの能力を持っていたギャブランとの驚くべき関係を口にする。
「あいつは僕の部下だよ?」
「はっ、寝言は寝て言え」
格の違いを見せ、形勢逆転の展開と思いきや再びリージェを急襲する飛彩。
顔面を鷲掴みにし地面へと思い切り叩きつける。
轟音と共に大きなクレーターが誕生し、地下に埋められている封印杭が剥き出しになった。
「やっぱりギャブラン以下だな」
「き、聞き捨てならないなぁ」
自由はすでに紅い右足が奪い去っている。
ただ踏まれているだけなのに微動だにすることの出来ないリージェは未だに不適に笑う。
「君、喧嘩に強いだけで目は節穴かい?」
「テメェこそ状況分かってんのか? 俺に殺される寸前ってやつだぞ?」
格闘でも能力でも飛彩が圧倒的に上回っているこの状況でもリージェは笑い続けた。
もはやどちらが正義か悪かもわからない構図の中、飛彩は足に込める力を強めていく。
「僕らは概念的な存在だ。死ぬこともなければ生きるっていう感覚もない……ガルムやバイトバットですら肉体があるのに、鎧の僕らは異質なんだよ」
独白にもにた言葉に、本能的に納得させられた。
今までヴィランたちは硬い鎧に身を包まれつつもその中には何も詰まっていないのだ。
ギャブランはカジノコインのオーラ、ハイドアウターは靄のように力そのものと言っても良いだろう
「でも受肉した僕らは違う」
窮地のはずのリージェに気圧される飛彩。
起き上がろうとするリージェに対し、より力を込めているにも関わらず足が押し返されていく。
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