この章もアクション目白押しです。ご期待ください!
飛彩たちはホーリーフォーチュンの護衛という任務が終わり、彼らの所属する組織「護利隊(まもりたい)」の本部へと帰還していた。
秘密裏の組織という割には巨大なビルの中に、堂々と存在している。
「弓月蘭華戻りました……ほら、飛彩も」
「はぁー、ダリィな。隠雅飛彩、戻りました」
不遜な態度で睨みつける飛彩。蘭華はこっそりと飛彩の足を踏みつけた。
「あの……お話って何でしょう? 墓柩司令官?」
「弁明を聞こう」
司令室には帰還後、即座に呼び出されていた。
腕を組みながら、司令の席に座る墓柩黒斗と緊張してかなり姿勢が良くなっている蘭華。
悠然と武器を見ている飛彩がいる。
眼鏡の奥にある切れ長な瞳をさらに細め、黒斗は再び強く言い放った。
「弁明を聞こう」
「えぇと、その……」
「構わねえだろぉ。任務は達成したじゃねぇか」
一切の怯えを見せない飛彩は豪胆なのか、鈍いだけなのかわからない。
「彼女は! 護利隊の存在を知らないヒーローだ! 何故姿を明かすような真似をした!」
「透明だと力がうまく出せねぇんだ。仕方ないだろ?」
「……そんな下手な嘘が通じると思うのか?」
何故、ヒーローに護利隊の存在を知らせないのかというのは前述の通り、ヒーローの士気低下を防ぐためである。
使い捨ての兵士に守られながら変身しているなどと知ったら何と思うだろうか。
今までどおり戦えるだろうか? ヒーローにあらずとも、その事実に耐えられないだろう。
「それよりも今日のは生放送で流してないのか? 俺も映ったと思うんだけど?」
「……それが目的か? 残念だが今回は昇級試験だ。放送などはしない」
それに対する答えは舌打ちだった。
「お前には一度厳しい処罰を与えるべきなのだろうが……ホーリーフォーチュンは試験官がいたと思い込んでいるらしい。ヒーロー本部にもそのように口裏を合わせてもらっている」
「で、では飛彩は……」
「彼女の命を救った功績と引き換えに不問とする。俺は不服だがな」
大きく息を吐いて安堵する蘭華。飛彩はこの結果になることを予測していたようだった。
「だが! ここまで強く警告した意味が分かるか?」
「——わかってるよ」
打って変わって真面目な表情になる飛彩。
「あの女の能力……ありゃチートだ。基本的に誰も勝てねぇ」
「とうとう適合者が現れた。早々に亡くすような事があってはならない」
司令官とはいえヒーロー本部側との中間管理職のような黒斗の表情から気苦労は取れない。
「異世に奪われた場所もあるんだ。そのような悲劇は二度と起こさぬためにも……」
「はいはい、そうですねえ〜」
そう言って、飛彩は窓の近くへ歩いていく。傍若無人な飛彩に蘭華は内心ヒヤヒヤしっ放しだ。
しかし、本当はその先の地平線、その先にある異世化した場所を睨みつけていた。すると、視線の直線上に黒い柱が伸びる。
「来たぞ!」
踵を返す飛彩を制する黒斗。インカムから聞こえてくる情報に耳を澄ましている。
「わかった。アルファチームに守らせる」
自分たちの出番じゃないことを察して気を緩ませる蘭華に対し、殺気を放つ飛彩。
対照的な二人のチームは実験部隊という不名誉な形で運用されている。
「お前たちの出る幕はない。すでに先遣隊が出撃した。」
冷たく言い放つ黒斗だが、出番がない事の方が護利隊では喜ばれる。飛彩を除いて。
「いつもより敵の展開が早いぜ?」
煽る飛彩は自分の出撃許可を求めているのか全身に力がこもっている。
「問題ない」
それと同時に窓の外で広がっていた黒い柱の動きが止まり、霧散する。
「すでに救界戦隊レスキューワールドが対応を始めた」
つまり柱は霧散したのではなく、ヒーローの展開し始めた世界展開が拮抗し、侵略を阻止した状態になっている。
だが、それは先遣隊が死に物狂いでヒーローを護衛しているに過ぎない。
窮地をひっくり返せるまで、三分と言ったところか。遠くを見つめながら黒斗は、復習させるように淡々と語り出した。
「こちらの世界は、『異世』から侵略を受けている。見ての通りだ」
「ああ、そうさせねぇために俺らがいるんだろ」
「異世をこちらの世界に展開される前に、我らの世界展開で一時的に拮抗状態を作る。その間にヴィランズを打ち倒し、侵略を防ぐ……」
本意ではない、のような言い方が飛彩の癪に触る。
「そうしたいんだったら、とっとと変身時間が短くて済む世界展開を作りやがれ」
「……とにかく余計なことはするな。俺でも庇えないことはある」
「へーへー」
厳しいながらも飛彩たちを思いやる心見せる黒斗だが、飛彩にそれが伝わっているかは非常に曖昧だった。
退屈そうに眺めていた景色の中に、ヒーロー本部から走り出す例の少女が目に留まる。
「——あいつ……」
目立つ金髪だな、などと冗談めいた感想と共に、少女を救った時のことを思い出す。
赤くなってしまう顔を腕で擦り、何事もなかったかのように振る舞った。
「黒斗、あのヒーローなんていう名前なんだよ」
「ホリィ・センテイア。そろそろ記者会見でも始まるだろう。お前と同じ高校生だ。彼女はセンテイア財閥の次女でな。我々の重要な支援家の一つだ」
それゆえにいつも以上にピリピリしていたのか、と再度納得する。
「それにしても美人で、可愛くて、金持ちで、ヒーローってよぉ……全く不平等だぜ」
周りに強烈な印象を残す彼女の美貌。すれ違うものは男女問わず足を止めて振り返った。
同時に同情もした。
持たざる者として、持つ者の苦労を全て知っているわけではないが漫画や小説でよく描かれているような重圧というものが、これから彼女を襲うだろう、と。
「ま、めっちゃ可愛かったってとこだけは認めてやるか」
恨めしく睨む蘭華の視線に気づいた黒斗はため息をつきながら、退室を促すのであった。
絶対に出撃するな、と念を押された上で司令室を後にする二人。
黒斗の怒りの言葉よりも蘭華の礼儀がなってないだの、私まで怒られるところだっただの、非常にうるさい小言の方が飛彩の耳に届いては受け流されていた。
いつにも増して説教の量が多い気がした飛彩はワザとらしく耳を塞いで歩いていく。
それでもあまりにもうるさいでの逆に茶化してやる、と飛彩は蘭華へと向き直る。
「な、何よ。私の言った事、ちゃんと理解できた?」
「お前、ヤキモチでも焼いてんのか?」
点々と間が流れ、蘭華は髪の毛を逆立たせてさらに怒号をはく。
「は、はぁーーーーーー!?」
急な大声に思わず仰け反る飛彩。全く予想外の反応だったのか、ガルムと戦った時以上に飛び跳ねてしまった。
「なんで私が! 何で私も守ってほしいとか思わなきゃいけないのよ!」
「そこまで言ってねーよ!」
ポカポカ殴ってくる蘭華を無視して歩き始める飛彩。
それ追いかけながら蘭華は、ずっと殴り続けている。ただ、飛彩には蘭華の顔が真っ赤になっていることは見えていなかっただろう。
「もうっ……」
これ以上、この話題を続けてもあまり意味がないと感じた蘭華は切り替えるように飛彩の隣で歩き始める。
「おやおや、実験部隊のお二人じゃありませんか」
姿を視認した瞬間、護利隊の面々が死んでも関わりたくない人物が、にこやかに手を振って近づいてくる。
それを飛彩は辟易とした態度で迎え入れた。
「苦原刑……なんで、ヒーローのテメェがここに?」
飄々とした様子の男は長く伸ばした銀髪の髪を揺らめかせながら二人に近づいた。
「おいおい、使命を果たしたばかりのヒーローにそんなことを言うのかい?」
身振り手振りで感情を表現する刑はまるで演劇をこなしているようだった。
事実彼にはそのような仕事の依頼も少なくない。
「新人の護衛に君たちがついたって聞いてね。礼の一つでも言っておこうか、とね」
明らかな嫌味。刑は護利隊の存在を知る数少ないヒーローの一人だ。
「捨て駒にしては役に立ったよ」
「おい!」
「飛彩、やめなって!」
守られて当然といった態度の刑は、明らかに少数派だ。
普通なら守られている、死なせているという自責の念に耐えることが出来ないヒーローが多い。
刑は最近になって、それを受け入れ、豹変したかのような様子を見せている。
確かに辛い仕事ゆえに気苦労も溜まるだろう。ヒーローといえど、精神が未熟な者もいるのだ。
「ふっ、世界を救うヒーローを守らせてやってるんだ。感謝してもらいたい」
さすがに蘭華も堪忍袋の緒が切れ、飛彩を押しのけて詰め寄ろうとする。
「貴方ねぇ……」
「刑」
直後、見計らったかのように司令室から現れる黒斗がその場の動きを止めさせる。
「計器の故障の話か? お前の近くの施設で誤作動が頻発していると聞くぞ?」
「……えぇ。同様の現象について確認を。このままでは間違って出動してしまいそうだ」
「ならば俺が出向く。ヒーローがここにいる意味をわかっているのか?」
鋭い視線を物ともせず、刑は長い銀髪をかきあげた。
「ファンが多いからねぇ。確かに見つかっちゃうかも」
「……」
堅物には何を言っても無駄と悟った刑はゆっくりと黒斗へ近づいていく。
飛彩は銀の髪を坊主にしてやろうかと殺気を突き刺すものの、それに気づいて一笑にふした刑は黒斗と一度司令室に消えていった。
「じゃあね、飛彩くん。また会おう」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!