「君の技術を全て奪い……私が完成させるんだ。春嶺を最高のヒーローにね」
確かに英人はゼロから一を作ることの才はないかもしれない。だが一を百に、千に、万に変える才能は間違いなくあるのだ。
「クソが……ヒーロー本部は人を見る目がねぇ連中しかいねぇのかよ……」
「光の柱を立てるのもナンセンス、変身シーンは肉眼で見えるようにお届けせねばならない……だから春嶺には私の改造を施した最新の世界展開を持たせてある」
英人が告げた最新の世界展開をお披露目するように、春嶺は実弾が込められた銃を次元の裂け目から現れた群狼ガルムへと乱射した。
ホリィが初めて相対したガルムよりかなり小さいが、何十頭のガルムが雪崩のように溢れ出してくる。
「世界展開まで……あと、五分」
元々、跳弾響は三分で変身することのできる力だが、光の柱を立てず変身処理を戦闘と並行して行うことにより、戦いながら変身することを可能とした。
これが英人の傑作「跳弾響」である。
この変身能力は守られずとも変身できることがメリットだが、変身時間が伸びてしまうこととが普通の変身者には大きなデメリットになる。
変身する人物の強さがヴィランにも劣らぬ必要があるという部分もデメリットと言えよう。
しかし、天弾春嶺にはそのデメリットは存在しない。
「ふっ!」
乱れ撃ちと思われた射撃もガルムの急所もしくは間接部分を的確に撃ち抜いている。
接近し、飛びかかってきたガルムにはロングスカートを翻しながら肘打ちや回し蹴りを放って踊るように群狼をあしらっている。
「私、小型犬の方が好みなの」
「ガァァァァァァァァァ!」
咆哮とともに牙を剥いて飛びかかったガルムの口の中に銃口を突きつける。
前髪によって隠れた瞳が感情を外に出すこともなく、冷酷にガルムの脳天を吹き飛ばした。
「貴方たちは私を世界展開させるエネルギー源になればいい。そうしたら見逃してあげてもかまわない」
揺れた前髪により、一瞬だけ春嶺の眼光が垣間見えた。
本来ならば丸い垂れ目であるはずだが戦闘時においてその優しそうな瞳はどこにも存在しない。
あるのはただ一つ、捕食者としての鋭い視線のみである。
「ク、クウゥゥ……」
異世からやってきたガルムたちは気づかされる。
好きなだけ捕食できる牧場に足を踏み入れたのではなく、狩人の領域に踏み込んでしまったことを。
「君は援軍が到着すると思っているだろう?」
人の腕をへし折っても平然としている英人はモニターに流れ込んでくる封印されていた左腕の情報を淡々と眺めている。
このレベルの情報は既にメイが把握しているものなのだろう、という様子で辟易しているようだ。
「残念だけどそれは無理だ」
「あの女一人でなんとかなるって? 変身するのを守る連中もいないのに?」
「だからいったろう? 光の柱なんてナンセンスだし、守られて変身するなんてありえないとね」
現実を見せるように地上の廃墟群で戦う春嶺の映像が映し出された。
完全にガルムに包囲されているというのに飛彩と同じ二丁拳銃で傷一つ負うことなくガルムの群れを殲滅していく。
「我々の一番の敵はヴィランじゃない。スポンサーさ。スポンサーがこの戦いを映し出していたらあんなものは撮せない……秘密裏に要人を警護する春嶺にしか扱えない技術だよ」
「スポンサーが悪い、か。意見が合うんだけどな。その性格さえなんとかなりゃ仲良くなれそーだ」
「ハハッ。そうだねぇ……だが君は粗暴すぎる。理想のヒーローには程遠い」
無口で人当たりが決して良いとは言えない春嶺は決して一般的なヒーロー像とはかけ離れているはずだ。
それでも英人は部下である春嶺に心酔し、持てる全ての技術を注ぎ込んでいる。
「春嶺を完璧にするためだ。君の全て、もらっていくよ?」
その一言は、一時はヒーロー側に転属させようとしていた飛彩をひた隠しにしようとしていた黒斗の真意を悟ることになる。
時間がかかっても、間違いなく味方であるメイに飛彩の能力の解明を任せていたのは飛彩を守るため。
非人道的な方法ならばいくらでも解明できるが、それをしないのは一重に飛彩の日常を二人が守ろうとしていた証左に他ならない。
わかっていたつもりだったと飛彩は肌で実感する。感謝の意をを伝えていない自身の愚かさに嫌気がさした。
そしてヴィラン以外にも悪魔は存在するのだ、と。
銃声が乾き切った廃墟に血の恵みをもたらす。
何十頭といたガルムたちは残すところたったの数匹となってしまい、春嶺に頭を垂れて命乞いをする始末だ。
「隠雅飛彩もこのくらいは出来るはず……でも彼と私が力を発揮するのには決定的な違いがある」
じわじわと展開領域が増え、桃色の髪が異常な速度で伸びていく。
本来ならば光の柱の中で可愛らしく様々な装衣を身に纏っていく。この方法が出来るだけでも強力なヒーローだが泥臭いのは英人の性分に合わないのだろう。
自分を求め、自分を強化してくれる英人に春嶺もまた心酔していくのだった。
「飼い主の違いよ」
放ったのは一髪の銃弾。
しかし残ったガルムたち全てが関節を撃ち抜かれ、地面に縫い付けられる。
なんの能力も使役していないにも関わらず神業を披露した春嶺に、ガルムたちはプライドも何もかもを捨てて頭を差し出した。
無表情で次々と撃ち殺していく姿はヒーローというよりかは軍や警察の特殊部隊。
魅せる戦いを行う必要がない分、春嶺は純粋に相手を殺すことに特化した戦いを行うことが出来る。
「クゥ……!」
残すところ最後の一つだけになったガルム。
数百頭も連れてきた次元の裂け目と展開は貧弱な一頭のガルムに合わせて極めて小さなものになっていた。
「もう少し働いてもらう……隠雅が何をするかわからない以上、変身は必須……」
次元の裂け目間際へとガルムを蹴り飛ばす春嶺。
敵の展開力とのバランスを考えていたとはいえ、変身まで残り四分かかってしまう。
それでも護利隊が到着するまで二分程度残すことが出来る。
自分が変身したことはバレないと知っていた春嶺は変身が終わるまで物陰に隠れようと一歩踏み出した瞬間、銃を突きつけられた音を聞いた。
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